第21話 ご令嬢は立ち上がるもの
「――では、現状で敵方についた中立国は全体の六割程度ということですわね」
「その通りでござりますなぁ。恐らくは地政学的な――というほどの問題でもないと思われるでござる」
議長である令嬢の質問に、連合国諜報部門の長にしてニンジャマスターである蜥人族族長が明瞭に回答する。
「拙者ら連合国から遠い国ほど敵方についておりますが、比較的こちらに近い国はそうでもないでござる」
「念のためですが、理由は確認できておりまして?」
「間者達から詳報が届いておりませぬ故、拙者の推測も混じりますが……恐らく、中立であった人間共も心情的には敵同盟軍に味方したくないのかと思うでござるよ」
彼の普段の言動からは想像も付かぬほどに論理的な回答である。
当然の話ではあるが、情報収集や分析を一手に担う部門の長が無能であるはずも無かった。
「どうにも奴ばらめ、滅ぼした国を徹底的に略奪しているようでござって……他国の話ではござるが、何ともかんとも同情を禁じ得ない惨状のようでござる」
「残ッタ他ノ中立国ヲ取リ込ムニハ、逆効果ナノデハ?」
「然り。真っ当に考えるならば人間達の代表国――ゴトフリート王国が、黙っていないのではないか? それとも小鬼風情の言いなりか?」
蜥人族族長の言葉に、各々族長達が自身の意見や疑念を口にする。
やはり彼らとて、元は一種族をまとめ上げる首長であり、現在も種族代表として絶大な影響力を発揮する豪傑達である。
必要とされる教養を持ちあわせており、何より現実を知る者として一家言ある武人であった。
そんな彼らの姿を改めて目にし、令嬢は自身を省みると共に内心で謝罪した。
「……失礼。奥方様の故郷を悪しざまに評する意図はございませんでした」
「いいえ、お気になさらず。全く気にしておりませんわ」
令嬢の視線を妙な方向に勘違いした馬人族族長は、厳しい顔を申し訳なさげに歪める。
「むしろ、その呼び方のほうを……いえ、何でもありません。よしなにお任せいたしますわ」
「御意に。好きにさせて頂きます」
蜥蜴や豚の顔に比べると読み易い表情が、楽しげに歪む。
その意味を令嬢は考えてみるが、すぐに放棄した。
今はそのような愉快な妄想を弄ぶだけの時間も、脳の空きも存在しないのだ。
考えることは幾らでも有る。
例えば、元身内が考えそうなこと、等だ。
「――先程の疑問に関して私見となりますが、攻め落とされた国の難民受け入れや中立国の取り込みは、ゴトフリート王国が中心となって実施しているはずですわ」
「確かに、その傾向はあるようでござる。まだ詳細までは不明でござるが、難民の流入やら外交の活発化が見受けられますなぁ」
「恐らく悪評は全て小鬼族に押し付ける算段ですわね。そのうち側背を突くために」
「ナルホド……我ラト小鬼族双方ガ疲弊シタ段階デ、今ノ悪行ヲ盾ニ奇襲ヲカケル訳デスナ」
「そういうことですわ……どうせ、我に正義は有り、と声高に叫ぶつもりでしょう」
「中々に腹黒い話でござりますなぁ」
「わたくしの父が宰相ですのよ?」
あぁ……と、納得して良いのか何とも言えない空気が漂った。
「――さて、敵同盟軍に恭順していない国は如何ですの?」
「それは私のほうから」
獣人宰相が礼節を弁えた狼の表情で一礼する。
「蜥人族族長殿の仰る通りですが、地理的に連合国へ参入しやすい国からは直接、間接を問わず既に動きがございます」
「動きの無い国はございまして?」
「人間達が支配する国では、ほぼ立ち位置を明確にしているかと思われます」
ある意味、当然の流れであった。
曖昧なままにして滅ぼされことを善しと出来る者は、確かに少ないだろう。
「これで、世界は二分された訳ですわね……随分と地図が分かり易くなったこと」
現時点で分かっている情報が書き込まれた地図は、令嬢の言葉通り東西で世界を二分している。
「東が我ら連合軍……」
「西ガ小鬼共ト人間ノ同盟軍……」
「些か面積に隔たりがあるでござるなぁ」
支配領域の面積もそうだが、むしろ人口も同様の比率で差をつけられていることの方が問題であった。
現状では全体の六割以上が同盟軍の支配下にある。
「我関せずを示している魔族や亜人が一定数居ることも問題ですわね」
主に世界地図の東や西の端――今後の戦闘で影響を受けない辺りに、少数ではあるが空白地帯が残っていた。
「急ぎ連合へ加盟していない魔族との交渉をいたしましょう」
「亜人は如何いたしますか?」
獣人宰相は地図の西側を示しながら、念のためといった様子で確認する。
「距離が有り過ぎますわね……現状では、もう無理でしょう」
「承知いたしました」
包囲が前提の頃であれば交渉の余地も意欲もあったが、現段階は既に正面衝突直前の様相となっている。
飛び地が出来たところで、すぐに消えてなくなるだろう。
無意味な死を量産するくらいであれば、放っておけば良い。
捉え方によっては甘い考えであるが、令嬢とて人間性を廃棄した覚えは無いのだ。
「では、魔族との交渉は某にお任せを。昔なじみもおりますれば、比較的容易くもなりましょう」
「ワシら龍族からも幾人か出そう。長命ゆえ顔が広いのが多いのでな。馬人族と龍族以上に素早く動ける者もおらぬ故、適任じゃろ?」
「お二人とも、お頼みいたします。方法はお任せいたしますわ」
「うむうむ、大船に乗った気で任せると良いのじゃ」
「御意に」
魔族のほうは恐らくこれで大丈夫だろう、と令嬢は判断する。
「恐らく敵軍も次こそは、陸上兵力で国境を押し上げてくるはずです。大軍を以って寡兵に当たるのは常道中の常道ですわ」
「奴らも西側の中立国を潰してまだ数日だ、多少は時間があるだろ。俺っちの軍団が国境防衛にあたるぜ」
大鬼族族長が名乗りをあげる。
その性格的には、攻勢こそを好むものかと思っていた。
「意外ですのね」
「一番最初に大軍とやり合えるかもしれないだろ? まぁ、任せておけよ、令嬢さん」
ふむ、と令嬢は地図に視線を落とし、逡巡する。
「国境は広いですわ。豚人族族長、大鬼族族長の両軍団を主軸とし防衛兵力を国境に貼り付けます。更に前線の援護として空軍をやや後方に配備ですわね」
「ちと、空軍使いが荒くないかのぉ……」
地母龍のボヤきを笑顔で交わしながら、令嬢は方針の如く達する。
「来たる攻勢に対する基本は前線の維持……また、どこかのタイミングで人間は小鬼族を裏切ると予測されます。そのタイミングに併せて総力をあげ反撃を」
令嬢は自身の言葉に不安を覚える。
これでは、まだ足りないかもしれない。
何もかも確実といえるものは無い。
だが、もしこれで駄目なのであれば、もう受け入れるしか――
「――いえ、違いますわね」
令嬢は、ふと我に返るように停止した。
一見すれば呆然としているようにも映るが、内実その頭脳は全力で回転している。
「レディ。どうなさいましたか?」
令嬢の独り言ともつかない言葉と様子の変化に、獣人宰相は何事かと見つめる。
そして、彼は気付いた。気付けてしまった。
令嬢の瞳の奥底に、彼女にとっての――人として最も優れた部分が仄暗く燃えていることに。
それはすなわち、覚悟である。
「地母龍殿、馬人族族長殿……一つだけお願いしても宜しいかしら」
急に名を呼ばれた二人は、互いに顔を見合わせる。
「何か、とてつもなく嫌な予感がするのじゃ……」
「別に大したことではありませんの。交渉の件……もし、断られた場合の話ですの」
「うむうむ。物凄く聞きたくないのじゃぞ?」
地母龍の引きつった笑顔に、令嬢はいっそ清々しいまでの笑みを返す。
「もし、この後に及んで日和見を決め込むと判断されるのでしたら、我々が滅ぼすとお伝え願えませんか?」
ほら案の定なのじゃ、と龍族の王はゲンナリした。
その隣で馬人族族長は覚悟を決め、重々しく頷く。
「宰相殿――わたくし、気が変わりましたの」
「……承知いたしました」
「あら、話が早くて助かりますわね」
「恐縮にございます」
獣人宰相は敬意も新たに、令嬢へと最敬礼を捧げた。
「……おい、令嬢よ。俺にも分かるように言え」
「亜人達への対応ですわ。同様に、交渉をいたしますの」
それは、交渉というよりは脅迫と表現した方が正しい。
「また、敵同盟軍に加盟した元中立国にも――いえ、可能な限り全ての人間国家に、積極的な離反工作を行ないますわ。そちらには、極力分かりやすく徹底的に優しく……どんなバカにでも分かるように、ですわね」
「遠いから諦めるのではなかったのか?」
「聖王国の残存する海上戦力と空軍力をちらつかせて、ちょっと説得するだけですわ。敵同盟軍への加盟に積極的でもなく、戦意旺盛でもない国であれば、厭戦ムードくらいは漂うかもしれませんわね」
包囲網形成の芽が蘇るのであれば尚良いが、少しでも戦意が低下するだけでも効果はある。
何より、やって損が無いのだから、やらない手は無いだろう。
「わたくしとしたことが、人間性の意味を忘れてしまいそうになるなんて、と反省していますの」
「一応聞くが……いや、やはり聞きたくない」
魔王は自分が汚れてしまいそうで、思わず天を仰ぐ。
「自分の嫌なことは、人も嫌ですものね。積極的に行わないといけませんわ」
いよいよ最終章突入となります。
遂に完結が見えてまいりました。
このまま今暫く、最後までお付き合い頂けますと幸いです。
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