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第20話 されど、大地を制すには至らず



 魔王城大会議室。

 連合国軍緊急幹部会。



「やられましたわ……」


 あまりにも衝撃的な報告を受け、令嬢は素直に認めた。


 一心不乱にも思える海戦が、ただの陽動であったことを。そして、自分がまんまと踊らされたことを、認めざるを得なかった。


「彼奴らからすれば、ワシら龍族(ドラゴン)が最も脅威だったのじゃろうな」

「それはそうなのですが、それにしても……」


 いくら何でも、それは博打に過ぎるのではないか、と口にしそうになる。


 もし、想定以上に中立国の攻略に時間がかかったら? 連合国が奇襲を奇貨とし呼応したら? 航空戦力を聖王国に派遣しなければ? それに残った中立国が今後どんな反応を見せるかも分からない。


 令嬢の頭脳はあらゆる可能性を網羅していく。


 だが、それらに全く意味はない。

 確かに博打かもしれないが、彼らは賭けに勝ったのだ。


 令嬢もそれを理解しているからこそ、泣き言のような言葉を口にせず済んだ。


 ただ只管(ひたすら)に自身の読みの甘さを責めるだけである。


「アイツらの狙いは何なんだ? 俺達を直接攻撃する訳でも無く、何故中立国を襲ったんだ?」


 魔王は素直に疑問を口にした。

 一国の首相にしては頼りない限りだが、彼の美徳でもある。

 間違えないためには、分からぬことは素直に聞けば良いのだ。


「あくまでも想定ですが、連合国を一息に攻め滅ぼせるほどの戦力差も無く、隙を見せれば潜在する敵に側背を突かれるからかと……」


 だからこそ、令嬢も今まで質問に答えなかったことだけは無い。


「我々の目を餌に誘導し、その隙に将来の脅威を一撃で排除した……そんなところ、ですわね」

「つまり、どういうことだ?」

連合国勢力(わたくし達)に加担する国を減らしたい……のも勿論ですが、物理的に包囲網を敷かれるのを恐れたのかと」


 令嬢は中立国を扇動することによって、人間・小鬼族(ゴブリン)同盟の取り囲みを狙っていた。


 四方八方から攻め立てられれば、如何に数が多かろうと一正面に回せる戦力は減る。

 仮に攻めなくとも、潜在的な敵に囲まれれば防衛戦力の配備が必要となるのは自明の理であった。


 人間と小鬼族が同盟を組むなどという想定外さえ起きなければ、本来人間に対して使うつもりだった戦略である。

 真綿で締め上げるように疲弊させ、最終的に有利な条件で終戦に持ち込むつもりだったのだ。


 令嬢の試みは途中までは上手くいっていた。

 中立を表明する国が多発し、敵同盟軍が暴走するまでは完全に想定通りだった。

 暴走を奇貨とし、こちらの味方を増やせるはずだったのだ。


 ただ想定外があるとすれば、暴走の規模があまりにも大きく――敵が狡猾だった点だろう。


「包囲網を形成するはずだった中立国の一部を徹底的に叩くことで、その他の中立国を臆させる狙いもあるのでしょう」


 確かに敵は聖王国を支配し得る可能性と、軍船六〇〇隻余り――海の過半を失った。

 だが、その対価として得るのは、周囲を取り囲まれる危険の排除。

 同盟側からすれば、割の良い取引であろう。


 一歩間違えると即座に包囲される危険を承知のうえであれば、だが。


「なるほど、まんまとしてやられた訳だな」

「ええ……そう、ですわ……自分の無能さ加減に腹が立ち過ぎて、思わず首を括りたくなるほどに……」


 令嬢は疎まれることはあれど、躓きとは無縁の人生だった。

 想定外の失敗に――ましてや自分自身の甘さが原因ともなれば――誰よりも自責の念を抱き、内心静かに挫けかけていた。


 何を大げさなと思う者も居るだろう。

 だが、如何にも純粋培養の優等生らしい反応ともいえる。


「令嬢よ……」


 その言葉を聞き、魔王は眉をひそめた。

 彼にしては非常に珍しい表情である。


 端的に分類すれば、それは怒りに似ている。


「……それは聞き捨てならん発言だ。魔王として命じる――取り消せ」

「え……?」


 にわかに会議場がざわつく。

 魔王という人物をよく知る人ほどに困惑する発言だった。


 彼はどこか優柔不断で頼りなく、強大な力を持ちながら使いどころを理解していない……助けてやらなくてはと思わせる性質(たち)の男である。

 そして何より、優しさの人なのだ。


 それが一体全体どういう心境の変化か、苛烈で知られ傍若無人なる令嬢に、何と言った?

 全員が同じ想いを抱く。


()()にこれまで着いてきた者のことを考えてくれ……俺も、その一人だ」

「それは……」

「一度の失敗くらい……などと軽薄なことは言わん。致命的な失敗だった可能性もあるだろう」


 呆然とする令嬢を真っ直ぐに見つめながら魔王は続ける。


「だが、俺達が居るだろう。どうにか出来る方法があるはずだ……皆の力を合わせて考えるんだ。一人で抱え込むんじゃない」


 正直なところ、魔王のように純粋に令嬢を信頼している者が全員という訳ではない。

 当然の話ではあるが、精々のところ一年強ほどの関係性では限度がある。


 その能力ともたらした結果によって信用はしているものの、それは決して心からの信頼では無いのだ。


 だが、


「――まぁ、その通りでござりますなぁ。奥方殿も、拙者らをもう少し信用して頂かねば」


 蜥人族(リザードマン)族長が努めて明るい声で笑う。


「――然り。我ら謀反人一同は奥方様に救われた身。一命に代えましても、敵の全てを打ち破ってみせますぞ」


 馬人族(ケンタウロス)族長が厳しい顔付きのまま、忠節の意味を口にする。


「――何ナリト、ゴ命令ヲ」


 豚人族(オーク)族長は言葉数少なく、覚悟を決めた。


「ま、何も令嬢さん一人で抱え込むことじゃないわな。そもそも、何で抱え込んでんの?」


 大鬼族(オーガ)族長は軽薄なままに、独特な慰めを口にする。


「つまり、こういうことだ。もう少し俺達を頼ると良い。まぁ……今まで頼りきりだった者達の言葉では無いのだがな」


 ――それでも、一年間で得たなりの信用と、これからを願わせるだけの関係性は築けていた。

 魔王という頼りない男を通して、彼のどこか暴走しがちな相方も助けてやろうか、と思わせる程度には。


「――――宰相殿」

「――はっ」

「……敵が動員した兵力、それに中立国の反応……いえ、とにかく分かるだけの情報を」

「承知いたしました」

「まずは……状況の把握からですわ。全員、絶望する覚悟は宜しいですわね?」

「「おう!」」



 この日――連合国という国は、無意味な勝利と曖昧な敗北を以って、初めて一つになった。


 令嬢という部外者が、真に連合国の一員となった日である。










 なお、再びの奥方呼ばわりに猛抗議があった旨をここに記載する。

 暴力の行使が無かった旨も、だが。




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