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第19話 ご令嬢は七つの海を制すもの



 その日――聖王国史上、最も不幸が量産された日に――聖王国海軍下士官のとある男は、その他大勢の者と同様『自分こそがこの世で最も不幸なのだ』と絶望していた。


 眼前はおろか全周囲にさし迫った死の影に、間違いなく今日が自身の命日になると確信したのだ。


「――右舷より敵船!」


 その声に男は右前方を見やる。

 敵船の衝角が、今まさに彼の乗る軍船にぶつかろうとする瞬間を目撃した。


「何かにつかま……ッ!?」


 咄嗟に叫んだ船長は、警告の言葉を最後まで口にすることは無かった。

 船の破片が直撃し、声を発すべき口もろとも……頭部を失ったからである。


 とてつもない衝撃が船全体を襲う。


 幾人もの男達が冷たい海に投げ出され、突然のことに天地を見失い溺れる者、負傷により泳げない者が続出した。


 しかし、それでも彼らは幸運であったと評さざるを得ない。


 船上に残っていた者は、間髪を入れぬ移乗攻撃――衝角を埋めた敵船より吐き出された敵の白兵攻撃――によって、大半が冷たさすら感じられない死体へと加工されたのだから。


 そして、幸運な者達の中には、聖王国海軍下士官の男も含まれていた。


「…………」


 彼は幸運を噛みしめることも、海の冷たいうねりを呪うこともなく、ただ呆けたように海を見つめる。


 水面に――彼本人にも――巨大な影がさしていた。


 危うげな動作で、彼は恐る恐る空を見上げる。

 影を生み落とした、強大な何かを探して。


「……龍」


 彼は全くを以って幸運であった。

 この海戦において、聖王国海兵の七割以上が命を落としたのだから。


 生き残った彼は、正しく幸運であるはずだ。





----





「まるで……地獄の釜底ですわね……」


 上空より戦場を眺める令嬢は、思わずそう呟いた。


 海峡とでもいうべき狭き海は、聖王国の周辺を中心として異様な光景を作り上げている。


 その情景を一言で表すなら、赤が八割、青が二割だ。


 船。

 船だった物。

 人だった物に、未だ死体に成り下がっていない者。

 そして燃え盛る炎。

 赤黒い色を作り上げている要素は混沌そのものである。

 心に致命的な傷を持つ者が描き上げた絵のような――どこか、引きずり込まれるような恐ろしさがあった。


「こんなもの……ワシも初めて見るのじゃ」


 永くを生きた龍族(ドラゴン)の王をしてそう言わしめる光景は、まさにその言葉通りである。


 未だかつて、ここまで大規模な海戦がこの世界で勃発した例は無い。



 海洋国家である聖王国の軍船は、その数およそ一五〇隻にも及ぶ。

 この世界において、一国が持つ軍船の数としては圧倒的である。


 しかし、対峙する敵――同盟軍は更に四倍するほどの数を海に浮かべていた。


「どうやって、これだけの船を……」


 恐らくは同盟国中の全てから集められるだけ集めたに違いない、と令嬢は分析する。

 だが、そのような手段を採ったうえで大打撃を受けようものならば、今後制海権を失うことは誰にでも想像がつくはずだ。


 相手は名だたる聖王国海軍であり、そして連合国の存在もある。他の中立諸国とて危ういはずだ。

 この状況下で必ず上手くいくと考えるには、博打が過ぎる行動だろう。

 無謀ともいえるほどに、全力を投入してきている。


 明らかに、入れ込み過ぎだ。

 現にこうして、航空優勢どころか制空権を取られているではないか。


 後先を無視したやり口に、令嬢は得体のしれない恐怖を感じた。


「いえ……今はそのような時ではありませんわね」


 恐れているだけで済めば、どれだけ楽だろう。

 合理主義の徒である令嬢は、そんな当たり前のことを思いつつも、それに迎合するような真似だけはしない。


 ただ只管(ひたすら)に、この地獄のような好機を活用するだけである。


「全騎、予定通り海上戦力を叩きますわよ!」


 我ニ仇ナス航空戦力無シ。


 それだけ分かれば良い。


「――急速降下!」


 総勢一〇〇騎の龍族による逆落しからの爆撃が見舞われる。

 仮に異なる世界の鋼鉄製の戦艦に喰らわせたとしても、大損害を与え得る火力だ。


 木製の船団など、鎧袖一触である――はずだった。


「ッ……数が多すぎますわね」


 想定外であったのは、その数である。

 また、誘爆を引き起こすような物も積載していないため、存外しぶとく浮かぶ船も少なくは無かった。


 しかし、如何に想定外があろうとも問題にはならない。


 この世界における戦争とは、つまるところ平面の戦いでしかない。

 かつて令嬢が反乱鎮圧で示したように、龍族達がその本能により永く示し続けているように、制空権を得ているということは、覆しようもなく圧倒的に優位なのだ。


 加えて龍族とは、戦闘機と戦車をかけ合わせたような化け物をホバリング可能にした――物理法則に真っ向から逆らう生物である。


 この事実を以って、海に浮かぶだけの木片如きに負けるなど有り得ない話であった。



 だからこそ、ソレらが一騎の龍族に突き刺さった時、その場に居る全員が何事か理解できなかった。


 苦悶の声をあげるドラゴン。

 突き刺さった無数の鉄槍。

 噴き出す血飛沫。

 ドラゴンが一騎、堕ちていく……。


 何が起きたのか分からぬまま、令嬢はその様を見ていた。墜落していく龍族の一人を。

 最中、落ちていく視線の先――海上に浮かぶ軍船の一隻が視界に入る。その船首に備え付けられた物も。


「――攻城用弩(バリスタ)!? 何故、あんなものが船に!」


 それは文字通り、攻城用の兵器であった。

 元の世界において稀に船にも載せられていた、と令嬢も知識の上では知っている。


 しかし、確かに貫通力は高いが、船を沈めるには喫水線より下に何度も当てる必要があるため、あまり軍船には有効な代物では無いとも知っていた。


 この世界においては、船に積まれた実績すら無い。


 つまりは、


「……対龍族用ですの!?」


 読まれていた……いや、龍族との同盟は公然の事実であるから当然のことではある。

 しかし、防空という概念を、未だ航空兵力の運用がまともになされていない世界において、こうも素早く用意されたことに驚愕した。


「ですが、然程の数では……ッ」


 無論、令嬢の言葉通りではあった。


「――雑兵風情が!! ふざけるでない! 者ども、突っ込むのじゃ! 龍族の力を見せてやれい!」


 地母龍が激昂し、龍族による猛攻撃が断固として実行される。


 結局のところ、どれだけ工夫を凝らしたところで最終的な優勢は変わらず、龍族精鋭の損害は四騎と記録されるに留まった。



 この海戦は後の歴史書に、史上初めて大規模な航空戦力の運用が行なわれた戦いとして記される。

 後世にまで語られる歴史的な海戦において、彼女達は圧倒的な勝利をおさめたのだ。



 戦闘終了後、聖王国城内に入城するやいなや会談の場が設けられた。

 無論のことながら、議題は連合国加盟に関する交渉である。


 海上戦力の約七割近くを喪失した聖王国(島国)に、事実上選択権は無い。

 さほど時間もかからずに、調印は完了した。







「くっ……これが悪魔との契約……!」


 会談が終わり、聖王国女王が苦し紛れのような言葉を吐いたことにより、一気に場が弛緩する。

 張り詰めていたものが霧散していくのを、全員が感じた。


 それは令嬢とて、例外では無い。

 全てが終わり、令嬢は内心で安堵していた。


「悔しい……でも、感謝してしまう……!」

「こやつは何なのじゃ? また、頭が変なのが湧いてきよったぞ」

「滅ぼされそうになったり助かったりで、大変だったんだろう……そっとしておいてやるが良いさ」

「ふむ……まぁ、また大変なことになったら、呼ぶと良いのじゃ」

「くっ……優しさが傷に染みるわ……!」


 令嬢は思う。


 戦場で感じた得体のしれない恐怖と疑心は、杞憂に終わったのだろう、と。

 どうにか、敵の一心不乱ともいうべき初手は受け流せたのだ、と。





 令嬢は、安堵してしまったのだ。





 令嬢を真に驚愕させたのは、数日後――魔王城に帰還した直後であった。

 珍しく慌てた様子で、獣人宰相が駆け寄ってきたのである。


 令嬢は背中に冷たいものを感じた。


「――魔王様、レディ。伝令とはお会いに……ああ、いえ、入れ違いになられたのですね」

「どうしたのだ、宰相よ。何を慌てている」

「緊急のご報告がございます……」


 戦場で感じた、得体のしれない気持ち悪さを思い出す。


「小鬼共が……」


 敵は、一体、何を賭けていたのか。


「――奴らの国と隣接している中立国……七カ国が……陥落いたしました」


 令嬢は思い知ることになった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 船長が頭部を失うところ、カコイイです!
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