第17話 ご令嬢は暮らしたい
魔族というものを一言で表すならば、『烏合』という単語が最も当てはまる。
より正確には、烏合ですら無いと表現できる程に。
そもそも魔族とは複数の種族を指す言葉であり、その実態は全く別の国々に過ぎない。
例外を除いて魔族と呼ばれる者達は種族毎に国家を形成しており、統一した意思等は持っていない――精々が寄合じみた希薄な同盟関係程度である。
極々単純化してしまえば、そもそも『魔族』なる種族は存在しないとも言えた。
あくまでもそれは、人間の都合によって分類された蔑称に過ぎないのだ。
――少なくとも先代魔王の時代までは。
元来、この世界において魔王とは、魔族と呼ばれる種族を束ねる王への呼称ですら無かった。
魔族の中から発生する特殊な個体を指す単語に過ぎないのだ。
概ね魔王となった存在は、その強大な加護を背景に覇道を目指すものだが、精々その支配領域下における王というのが実情である。
極端に言えば、数多居る王の一人であり、魔族という希薄な同盟の頭目でしかない。
事実、未だかつて歴代魔王の中で、世界はおろか――魔族と呼ばれる種族群の完全統一を果たした者すら一人として居ない。
故に――
「はーなーすーのーじゃー!」
地母龍なる龍族の王にして、全種族中でも一、ニを争うほどの強者を気軽に呼び出せる魔王は、未だかつて存在しなかった。
「やめよー! 精霊の影が濃いのじゃー!」
「はぁ……最近は外遊ばかりで、些か疲れてしまいましたの。本当、癒やされますわぁ……」
ましてや抱き枕にしたい、という出鱈目でふざけた理由を以って呼び出すなど、まかり間違っても有り得ない行為であった。
「そんなことのためにワシを呼ぶなー!」
無論、現魔王はそのような狂人では無く、それを実行できるだけの権力も理由も持ち合わせていない点において、歴代魔王達と何ら変わらないと言えるだろう。
――閑話休題。
「それで……本気でワシを抱き殺すために呼んだ訳では無いのじゃろう?」
小一時間ほど癒やしを堪能した令嬢は、妙に艶々した表情で逡巡する。
対する地母龍は、何かを失ったような消耗っぷりであった。
「勿論、それが一番ではあるのですが、残念ながら他にも用事はございますわ」
「それが一番とは……相変わらずじゃの……」
龍族の王たる絶対強者は呆れたような、それでいて怯えたような態度で応じる。
「それで? ワシに何用なのじゃ?」
「端的に申し上げたほうが宜しいのでしょうね」
「うむ、そうして欲しいのぉ」
地母龍が乱れた服を整えるのを待つように、令嬢は続く言葉を一瞬言い淀む。
何と言うか考えたのもあるが、事後感のある姿を眺めるのが好きでもあった。
結局色々と考えた挙句、素直な言葉で伝えたほうが良いだろう、と令嬢は決める。
その間、同席している男連中――魔王と獣人宰相――は礼儀正しくも目を逸らしていた。
乱れた白い薄手の服が整った頃合で、令嬢は意を決する。
「――私と一緒に暮らしましょう!」
「……」
この世界において、その言葉は『結婚しよう』に近しい響きをしている。
妙に紅潮し恍惚とした表情を浮かべる令嬢に、その場に居た全員は各々の方法で共通した想いを表明した。
反応の違いはあれば、所謂どん引きである。
「――おい、魔王よ。お主の女……遂に狂ったのか? 何があったのじゃ」
「俺の女では断じて無い……が、狂っているのは否定せんし、元から――」
魔王の言葉が終わるのを待つことなく、素早く暴力が行使されたことは説明するまでも無い事象であろう。
最早、お約束である。
むしろ何故に迂闊な言動を改めないのだろうか、ワザとなのか? とすら周囲に思われ始めているのは、本人のみ知らぬ現実であった。
「――失礼。言葉が不足しておりましたわね。ご説明いたしますわ」
「うむ……ほどほどに、な?」
何に対してかは分からない言葉を吐きつつ、幼女もどきは引きつった笑みを浮かべた。
「まず確認ですが、現状はご理解されておりますわね?」
「魔王が死にかけておることかの?」
血だまりの中、急速に再生しているものの魔王は未だ虫の息であった。
元々ここまでダメージを追うことなど無かったのだが、近頃とみに魔王としての防御力と再生力が落ちてきていることが原因である。
しかし、当人達にあまり自覚は無かった。
ましてや令嬢に加護を弱体化されているとは、露程にも気付いていない。
「そんなどうでも良いことではございませんわ」
「どうでもとは……魔王も憐れじゃのぉ」
地母龍にしては珍しく、素直な憐憫の眼差しを年若い魔王へと送った。
「――念のため現状からご説明いたします。現在、どちらにも協調していない国との顔合わせは、ほぼ概ねが完了いたしましたわ」
そのために四ヶ月以上を要したが、人間達も似たようなことをしていたため現段階では大きな問題は発生していない。
「成果の程はどうなのじゃ?」
「半ば予想通りですが、ほぼ全滅ですわね。宰相殿、私達が出ている間に追加で反応はございましたか?」
「いえ、残念ながら……」
言葉とは裏腹ではあるが、獣人宰相も『まぁ、そんなものだろう』程度に捉えている。
「大丈夫なんじゃろうな?」
「問題ありませんわ。今後を予想し得る材料が無い時点では、様子見が入るのは当然ですもの」
「ふむ……急激な変化に追いつけていない、という点も考慮すべきかの」
「その通りですわね」
小さな国であれば尚の事、その傾向は強い。
わざわざ危険を冒さず、中立として上手く立ち回ることを考慮しているのだろう。
戦力の少ない国が最大の利益を得るには、という側面では正しさを認めなられなくもない判断ではある。
だが、交戦国の事情や心象を考慮していない、という点ではやや一方的に過ぎるだろうか。
無論、関わり合いになりたくない国が大半なのであろう。
「次はどのように動くつもりなんじゃ? 日和見しておる国でも攻め落とすかの?」
「随分と好戦的ですのね」
「一応は龍族ゆえ、な? まぁ、本気にするでない。一応言ってみただけじゃ」
「何にせよ、その必要はありませんわ。今は特に動かずとも平気です。強いて言うならば、準備を進めるくらいですわ」
「ふむ……なるほどの。要望のあった兵力は、共に来ておるから安心すると良い」
令嬢は礼を述べながら、各種族から集結している兵力について考えを巡らせる。
果たして戦力化は間に合うだろうか、と。
「――ワシは、他の族長と同様の扱いかの?」
「少世帯ですが、空軍を設立いたします。そちらの軍司令官をお願い出来まして?」
「承ったのじゃ。微力を尽くそう」
「お頼み申し上げます」
どちら付かずの対応を取っていた国の一つが、人間・小鬼族の同盟軍に攻撃を受けたという報が入ったのは、この日より十日後の出来事だった。




