第16話 ご令嬢は虎子を得るもの
その姿を目にし、令嬢と魔王は素直に困惑した。
数千年も生きる耳長族の長老と言うからには、どんな年寄りが出てくるのかと考えていたのも一因だろう。
「当代の魔王とは初見になるか……お初にお目にかかり光栄だよ。私が耳長族長老だ」
若々しい……と、言うよりは幼いと評するべき声を発する耳長族長老は、どう見ても――人間の基準からすれば声変わりを迎える前の少年に見えた。
無論、地母龍なる永遠の幼女を見知っている二人からすれば、それだけでは驚いたとしても『困惑』まではしなかったはずだ。
感性のネジが外れ気味な令嬢をして、驚愕の表情を作らせている理由は別に有る。
「貴方が……と言っていいのかしら? それとも貴方達が、と言う表現が正しいのかしら?」
令嬢の疑問に対し、幾つも並んでいる全く同じ顔――その中の一つだけが笑顔を浮かべる。
「これらは予備だ。今は、この肉体こそが私だよ」
その回答は困惑を通り越して、何かおぞましいものにすら感じられた。
「さて……君達のことは聞き及んでいるよ。そのうち来るだろうとは思っていた。想定よりも随分と早かったことが意外ではあるがね」
「では、我々の目的も理解されていると認識して宜しいですわね?」
「無論だとも。令嬢殿」
どうやら情報は筒抜けらしい、と令嬢は判断するものの然程隠している訳でも無いかと目を瞑る。
むしろ思っていたよりも真っ当に意思疎通が出来ることを喜ぶべきだ、と切り替えることが出来た。
「今日は、君達の言うところの連合国へ勧誘に来たのだろう?」
「ええ、その通りですわ」
「ならば、どう応えるかも分かるのではないかい?」
「――お断りになるのでしょう?」
「見ての通り、なのでね」
その言葉につられるように、令嬢と魔王は世界樹の中に作られた宮殿――と、呼ぶべきかは分からない建物を見渡す。寒々しい金属の壁に覆われたその空間を。
不可思議な懐かしさと共に、言い知れぬ違和感を抱かざるを得なかった。
決して口にすることは無いが、記憶の彼方に存在する『剣と魔法の世界では無い場所』を想起させる雰囲気がある。
眼前に並ぶ全く同じ顔の人物達が、それを更に補強していた。
「我々は戦争には興味が無い。ただ研究をしていられるのであれば、それで構わない」
「戦火が自らには及ばないと?」
「我々が滅びることは無いのでね」
「大した自信ですのね……」
「そう思うかね?」
何を根拠に微笑むことが出来るのか、令嬢の興味はそちらに移る。
「――こちらでは、どういった研究をなさっているの? 後学のためお聞かせ願えないかしら」
「興味があるのかね?」
「ええ、とても。貴方がたの行動原理には興味が有りますわ。もしかすると、交渉の材料になり得るのでしたら尚の事ですわね」
「なるほど……実に率直なようだ。若々しい反応は、ここでは新鮮だよ」
明らかに令嬢より年若い見た目の長老が、くつくつと笑う様は傍から見れば違和感を覚えるのだろう。
だが当人達は不思議と、そういうことなのだろう、とすんなりと受け入れる。
「聞いてしまうと問題の有る内容なのかしら?」
令嬢は幾つも並んだ同一の顔を見渡す。言外に含んだ意図は露骨であった。
「いいや? 特に構わない話だとも」
「では――?」
長老と呼ばれる少年もどきは、肩をすくめ了解を示す。
「簡単に説明すると、我々の研究は『不死』と『反魂』を主としている」
「反魂……だと?」
長老の言葉に、令嬢よりも魔王が反応を示した。
「あぁ――君は、当世でも随一の魔法使いだったね。興味が有るかい?」
「以前、蘇生魔法を研究したことがあったのでな……」
「へぇ……どうだったんだい?」
「そもそも魂の存在が把握できなかった――実在を証明できない、と言った方が正しいのだろうが」
魔王は自身が異世界からの転生者だと認識している。
故に魂は実在するものとして考えていたのだが、遂にその根幹を理解するには及ばなかった。
「肉体を修復し生命活動を復帰させたところで、どうしても蘇りはしなかった……動かぬ肉塊と化した……」
魔王はその持ち前の優しさ故に、幾度も死を乗り越えようと足掻き失敗し、蘇生魔法などお伽話に過ぎないと諦めていた。
しかし、
「肉体、記憶……そして、魂。恐らく魂は生物を生物たらしめる根幹なのだよ。それが無い限りは生きる屍と化す」
――眼前にそれを諦めきれていない存在が鎮座している。
「貴様は、それを克服したというのか?」
その事実に、魔王は目眩にも似た衝撃を受けた。
「現段階で魂を自在に操ることは不可能だ。無からは作り出せないし、既に離れたソレを呼び戻すことも出来ない」
「では、どういうことだ?」
その若い体は、と口にはせずに魔王は視線で問いかける。
「肉体を複製しているのだよ。複製した肉体には既に魂が有るのでね」
「それでは、ただの別人では無いのか?」
魔王は居並ぶ全く同じ顔を、順繰りに見回した。
「驚かないのだね?」
「最初に見た時は驚いたが、こうも同じ顔が並んでいるのだ。誰にでも察しが付く」
「なるほど……あまり頭は良くないと聞いていたのだが――誤った情報だったらしい」
「本人に吐く台詞では無いな」
少年の顔はくつくつと笑いながらも、目の前の二人を昆虫標本でも見るような眼で観察する。
魔王その人が平静であることは想定内であった。
しかし、肉体複製の話題に驚愕しなかったどころか、その隣に立つ人間の少女すらも同様に理解している様子であることに興味が湧いた。
「それで……別人では無いか、という疑問だったかな? 勿論別人だ、と答えておこう。意味は理解できるかね?」
「む。それは……」
「――記憶を複製しているのでしょう?」
逡巡する魔王に代わり令嬢が答える。
「なるほど……やはり、随分と察しが良いようだ。君達は」
「お褒めに預かり光栄ですわね」
令嬢は言葉とは裏腹の表情を浮かべながら、これは無理だろうとだけ理解した。
想定していたよりも斜め上に理解不能な人種であることは把握できた。
より正確には、それしか分からなかったとも言える。
そんな相手との交渉など叶うはずがない。
「さて、随分と脱線してしまった」
感情の籠っていない笑みを以って、長老は本題を口にする。
「連合国への加盟は断ろう」
「で、しょうね……」
「だが、極々限定的な同盟程度であれば構わないとも考えている」
想定外の言葉に、令嬢は意外であるという表情を一切隠すことが出来なかった。
「……どういった内容でして?」
「義務を伴わない防守同盟と言ったところだろうか」
「つまりは、名目上だけの同盟関係ですわね」
「然り。現状では、有名無実だとしても有効なのでは?」
「――承知いたしましたわ」
既に多くの国に連合国加盟や同盟締結を打診し、一割程度も結果が出ていないのが現状である。
過半数以上の国は保留であることから、様子見をしているのは一目瞭然であった。
極々当然の流れであるが、誰しもが負ける側にはつきたくないのだ。
故に実態は兎に角、勝てると思わせられるだけの材料が必要となる。
もしくは、絶対に向こうにはつきたくない何かがあるか、だ。
その点、魔族連合国なる怪しげな団体に味方するか否か、などという無理筋が曲がりなりにも様子見されるのは、小鬼族と同盟を組むことへの拒絶感が余程強い証拠でもあった。
そういった兼ね合いにおいて、如何に実態が伴わなかろうとも有力種族との限定同盟は悪い話では無い。
無論――
「見返りに何をお求めかしら?」
支払う対価次第ではあるが。
「特には無いさ。強いて言えば、我々としても小鬼族とは関わり合いになりたくないのだよ」
「中立を保つ自信が有ったのではなかったかしら?」
「それは勿論だがね。君、防波堤は必要だと思わないかい?」
なるほど、と令嬢は口にしながら全く納得がいかなかった。
とは言ったところで、今ここで話をややこしくする訳にはいかないとも理解している。
タダより高いものは無いと分かっていながらも、現状では頷くのが最も合理的だと判断せざるを得ないのだ。
それが後に、どのような結果をもたらすか分からないとしても。
ご高覧頂き、誠にありがとうございます。
長命種が純朴な生活をしていることに違和感を覚えたため、本作におけるエルフは大分マッドな種族となりました。
如何でしたでしょうか。
ご感想等頂けますと幸いです。




