第14話 ご令嬢は確信されるもの
「くっ……この悪魔め! 我々に従属しろと言うのか……!」
古今東西、魔王とは人間に決断を迫るものである。
時にそれは世界の半分であり、時に隷属を求め、またある時には死を求める。
如何なる時も、それは苦渋の選択を強いるものだ。
「小国と言えど、我らは誇り高き聖王国……! 悪魔などには屈しない!」
逆説的に考えるのならば、罪なき人々に恐ろしげな選択を迫る者こそを、魔王と呼ぶべきなのかもしれない。
故に――
「いや、俺達は……」
「――その通りですわ! 素直に連合国に加わらなければ、滅ぶだけでしてよ?」
高笑いをあげる令嬢こそが、真に魔王と呼ぶに相応しい存在なのだろう。
「令嬢よ……頼むから落ち着いてくれ。驚くほど警戒されているぞ……」
本来の魔王であり、正しく悪魔族である男が、懇願めいた表情で目頭を抑える。
最早頭痛を通り越して、精神が痛みを感じるほどの様相であった。
「……失礼。少し興が乗り過ぎてしまいましたわね」
自身の行ない――ステレオタイプな『おーほっほっほ』等という笑い声を上げる様――を省みて、思わず赤面する令嬢。
それもこれも全て目の前の聖王国女王なる、この世界に腐るほど存在する聖女の一人がいけないのだ。
聖女は巨乳たるべし、等という決まりでもあるのだろうか。
聖王国女王にして聖騎士で聖女で巨乳。
自身とは比べるべくもない圧倒的な戦力差を前に、令嬢は冷静などでは居られなかったのだ。
「……まずは、誤解を解く必要があるようですわね」
「誤解だと……? 魔族の軍門に降れという言葉に何の誤解があると言うのだ? 我ら人間が奴隷に堕ちるのは、火を見るより明らかだろう!」
いや、むしろ奴隷であればまだマシだ――と続く言葉こそが、正に人間が抱く魔族のイメージそのものだった。
それは概ね小鬼族が原因と言える。
彼らは捕らえた敵を性的、ないしは物理的に喰ってしまうことが多々有るのだ。
宗教上の理由や、その時の食糧事情、威圧目的等、様々な要因はあるが、魔族と呼ばれる他の種族からしても概ね理解しがたい行為である。
「誤解は二つありますわ」
「二つ……?」
「まず一つ目。五体満足の私を見て、奴隷以下の扱いに見えますこと?」
「その前に確認なのだが――貴女は……人間、なのだろうか?」
「それは、どういう意味ですの?」
「貴様が恐ろしげに見えるんじゃないのか?」
「…………」
少々お待ちを、と淑女に相応しい――優雅な礼を以って断りを入れた令嬢は、真横に立つ迂闊な男を無言で叩き伏せる。
顔に固定された引き攣った笑顔が恐ろしかった、と女王は後年語ることになるが、それはまた別の話である。
「――酷い扱いを受けていない、ことは……理解した」
無論、酷い扱いをしていることも理解した表情を、女王は浮かべていた。
「小鬼族以外の魔族……の大半は、想像しているような蛮族ではありませんわ。私が保証いたします」
「そうなので、あろうな……」
ボコボコにされた魔王を見る限り、人間のほうが余程恐ろしい生き物なのかもしれない、と女王はこの日より考えを改めることになる。
令嬢は未来のことまでは見通せないが、理解を示した様子の女王に話を続ける。
「そして一番大事なことですが……魔族の軍門に降れとは申し上げておりませんわ」
「先ほど貴女は、同盟を結ぶではなく、加われと言っていたであろう?」
「えぇ、その通りですわね」
「つまるところ、傘下に加わるという話ではないのか?」
「連合に加わる――つまり、身内になるべきだ、というお誘いでしてよ」
あくまでも共同体内において、ある程度は対等な関係を想定していた。
ここで人間だから魔族だからなどと種族を理由とする区別をしてしまえば、令嬢の目的にとって害にしかならない。
種族の垣根を超えて団結しなければ、数で及ばない勢力など勝負の舞台にすら上がれないのだ。
「魔族の身内だと? 冗談だろう? そもそも、それ以前に何のメリットがあると?」
「滅びずに済みますわ」
「見たことか。加わらなければ滅ぼすということではないのか」
「酷い誤解ですわね。人間に滅ぼされるという話ですわ」
「なん、だと……?」
「正確には人間の大国に併呑される、が正しい表現かもしれませんが」
聖王国は現状、小鬼族と同盟を結んだ国々とは協調していない。
勿論、魔族連合国とも何ら関係は無かった。
つまるところ、中立の立場を取ろうとしているのだ。
「中立……実に平和的なイメージの立ち位置に見えなくもないですわね」
「――違うのか?」
魔王の素直な疑問に、令嬢は朗らかな笑顔で首を横に振る。
「真逆ですわよ。中立とは如何なる勢力の味方でも無い……つまり、全てに対して潜在的な敵であると宣言するも同然ですわ」
「その意見は極端に過ぎるだろう! 現に我々聖王国は今までも中立を保ってきた!」
「今までは、人間、小鬼族、魔族連合国の三竦みになっていたからですわ」
令嬢の言葉を補足するのであれば、聖王国が島国である点も大きかった。
前線では激戦を繰り広げてはいたが、大局的に見ればここ数十年勢力図に大きな変化は無く、三竦みの状態が上手く機能していたとも表現できる。
端的に言えば、どことも直接国境を面していない島国の宗教国家など、手を出すだけ手間でありメリットも無かったのだ。
「勢力図が大きく書き変わりつつある現状、両陣営ともに潜在的な敵を減らし、自陣営の数を増やすことに注力し始めますわよ」
現に令嬢達がそうしているように、だ。
むしろ令嬢達のやり方は紳士的――淑女的と言える。
「今後、中立を保てる国――両陣営に手出しされないだけの勢力は、最早無くなりますの」
「そんな馬鹿な……」
それではまるで神話における最終戦争ではないか、女王はそんな言葉をギリギリで飲み込む。
口にしたが最後、現実になってしまいそうで酷く恐ろしかった。
女王は恐怖を振り払うように首を横に振る。
「――状況が変化していることは理解した。だが、答えは変わらない。魔族とは手を組めない。どちらの魔族とも、だ」
「承知いたしましたわ。もし気が変わりましたら、ご連絡くださいまし」
もう少し時間が必要だろうと判断した令嬢は、誰もが意外に思うほどアッサリと了承を告げる。
現状で上手く話が進むなどとは、最初から考えていなかったのだ。
今は、これで十分だと認識している。
「最後に一つ聞きたいのだが……」
「何でしょう?」
「何故……人間の貴女が、魔族と手を組んでいるのだ?」
暗に嫌悪感は無いのか、という質問でもあった。
人間が持つ魔族への感覚など、多少の違いはあるがこのようなものである。
だが……
「人間、魔族、亜人……そんな区別に何の意味も無いからですわ」
令嬢はよく理解していた。
所詮は見た目の違い程度、もしくは風習の違い程度でしか無いと。
そして、同じ人間同士ですら苛烈に争うことも、よく知っていた。
このまま全種族でそれを続けていれば、いずれは仲良く誰もが共倒れしてしまう。
それだけは阻止しなければいけないと、令嬢は確信しているのだ。
「それに……」
人は人を愛することが出来る。
きっとその心に、種族の垣根など無いと令嬢は信じていた。
所詮は見た目の違い程度でしか無いのだから。




