第13話 幕開け
剣と魔法の異世界において――魔族や亜人と呼ばれる者が存在する世界において、人間に最も近い種族とは何だろうか。
姿形が似た耳長族だろうか?
それとも、生活圏の近い小人族達?
もしくは鉱山族あたりだろうか?
いずれの亜人も及第点ではあるものの、残念ながら『最も近い』とは言い難い。
この世界には、もっと人間に近しい種族が存在する。
力は弱く、小器用で、群れで活動し、派閥を好み、ずる賢く、残忍で、寿命は短く、そして他種族とも交配する旺盛な繁殖能力。
その習性、生態、寿命や繁殖能力といった生物としての特徴までも酷似した種族が居るのだ。
その最も人間に近い種族とも言える存在は――小鬼族である。
小鬼族は魔族だ。
近年、新たな魔王がバラバラだった魔族を纏め上げ、魔族連合国を立ち上げたが小鬼族はそこに含まれていない。
小鬼族は所謂バリバリのタカ派であり、非戦派が主流である魔族連合国とは袂を分かち、独立国を形成している。
繰り返しになるが、小鬼族は魔族である。
だがしかし、その表現は正確では無いのかもしれない。
小鬼族は、その全てが組織化された軍勢である。
彼らの至上命題は正に戦争なのだ。
戦うために、闘うのだ。
戦争が手段ではなく、目的なのだ。
戦いが三度の飯より好きな大鬼族も似たようなところはあるが、流石に彼らほどに狂ってはいないと主張するだろう。
少なくとも泥沼の戦争を延々と――嬉々として行なえるような精神構造はしていない。
彼らは戦えるとなれば、別に人間が相手でなくとも構わない。
侵略こそが、最早本能なのだ。
小鬼族にしろ、人間にしろ、他種族からすれば狂っていると評するに相応しい存在と言える。
ある意味では、理想的な関係なのかもしれない。
ここ十数年の魔族と人間の戦争と言えば、彼らこそが正しく主役であった。
――故に、その報せは激震を起こす。
「……宰相殿。失礼ですが、もう一度仰って頂けまして? 私の聞き間違いかしら、よく理解出来なかったですわ」
急報を受け、令嬢はまず己の耳を疑った。
その次に自分の頭を疑い、慎ましくも最後に伝令の頭を疑った。
「――はい、レディ。一部を除いた人間の国々が、小鬼族と同盟を結びました」
不倶戴天の天敵である――似通っているが故に、自身の醜悪さを鏡写しに見せつけてくる敵と、同盟を結ぶ。
それは如何なる心境からの行動であろうか。
少なくとも令嬢には――恐らく、多くの魔族にも理解できるものでは無かった。
「その情報は……確かですの?」
「はい、残念ながら」
「よりにもよって……何故、その組み合わせなのかしら……」
「何だ? 何か、問題があるのか?」
状況を今ひとつ理解していない魔王の呑気な意見に、自然と頬が引き攣るのを令嬢は自覚した。
「小鬼族と人間が争いを止めれば、実質ほぼ戦争は終わりではないか」
「アナタ……本当に、お人好しと言うか……善人ですのね」
令嬢は思わず目眩を覚える。
そして、それを振り払うように首を横に振った。
「戦いを止めるだけなら停戦条約でも何でも宜しいでしょうに。何よりも、タイミングをお考えなさいな」
「タイミングだと?」
「魔族連合国と龍族の同盟が締結された直後ですのよ?」
何らかの対抗措置を取ってくるのは、予定調和とすら言える。
どこぞの、未だ参戦していない亜人を巻き込む位は想定していた。
しかし、よりにもよって小鬼族とは、誰も予想だにしていなかった。
「何か……目立った動きはありまして?」
「既に前線では戦闘を停止しているようです。それ以外では、現状特に何も動きはありません」
「声明は?」
「不気味なほどに静かです」
「やはり、停戦が目的なんじゃないか?」
あまりの動きの無さに、流石の令嬢も魔王の意見に頷きたくなる状況であった。
多くの人間が魔族連合国と停戦したがっていたのは理解している。
それを切っ掛けに、小鬼族にも停戦を働きかけたいとも考えていたはずだ。
それは令嬢も理解しているのだ。
別に平和を望むから停戦したいのでは無い。
いかに破滅へ突き進みつつある人間とは言え――むしろ、破滅に突き進むが故に、強みを理解しているのだ。
時間は自分達の味方である、と。
あと数世代も時を重ねれば、数も技術も誰にも手を付けられない存在になれる、と理解しているのだ。
優先順位を変え、まずは小鬼族と停戦するのも理解は出来なくもない。
あくまでも、停戦であれば、だが。
「有り得ませんわね……」
「同感でございます」
「ふむ……そういうものか」
自分より頭の良い二人が揃って言うのなら、間違いはないかと魔王は理解する。
「それで? どうするべきだ?」
魔王は自身に不足する物が多いと理解している。
故に自分に足りないものは、持っている者を頼れば良いと心底思っているタイプでもある。
だからこそ、素直に頼ることが出来た。
「問題は数ですわ」
小鬼族は多い。人間に次いで多い種族である。
実際問題、魔族の半数以上は小鬼族と言っても過言では無い。
数の上だけであれば、世界人口の三分のニが手を組んだと表現できるのだ。
戦略次元で考えるまでもなく、数が多い方が有利なのは子供でも分かる話だろう。
「元より大連合が主目的でしたが、これは大いに急ぐ必要がありますわね」
「どこから手をつける? 連合未参加の魔族あたりか?」
「いいえ――」
令嬢は一瞬だけ迷うような素振りを見せるが、すぐに思考を切り替える。
「――まずは人間からですわ」
新章突入でございます。
タイトル通り世界征服に向けて、今まで同様に友情・努力・勝利をテーマに書いていきたいと思います!
応援頂けますと、至上の喜びでございます(五体投地)




