第12話 魔王様の日常
今更ではあるが、魔王という存在を想像してほしい。
あぁ、少し待って頂きたい。
あくまでも一般像としての魔王を思い描いてほしい。
角が生え、緑色の肌を持ち、コウモリのような羽があり、腕が四本の巨体に、牙が生えているような姿だろうか。
それとも二足歩行のドラゴン、死の神官、破壊神、次元の狭間に居る存在。そんな姿だろうか。
どのような姿を思い描いても構わない。
恐らく、彼らが世界征服ないしは人類滅亡を標榜している点では共通しているだろう。
魔王とは、悪の存在である。
これはどのような世界であれ、概ねは共通認識として通じる話だろう。
逆説的となるが、どのような言語であれ、悪の親玉を指す言葉として『魔王』という称号はあるのだ。
闇に蠢く巨悪を表現した言葉を翻訳すれば、『魔王』に行き着くはずなのだ。
「〜〜♪」
剣と魔法の異世界――この世界においても、概ねの認識は間違いなく同じだ。
いくら実態が乖離していようと、世間一般における認識ではそうなっている。
「ふぅ……やはり魔王城で迎える朝が一番良いな」
特に人間が持つ『魔王』というイメージは、実際の姿を目にした者が少ないため、空想上の姿が先行し過ぎていた。
曰く、山のような巨体である。
曰く、人間を主食としている。
曰く、別世界よりきた破壊神である。
曰く――と、数多の曰く付きの存在であるのは間違いないだろう。
果たして、誰が想像するであろうか。
「こうしている時が、一番落ち着くな……」
誰よりも朝早くに目を覚まし、手ぬぐいを首に巻き付けながら、土いじりをしている悪魔族の青年こそが魔王その人であると。
誰がどう見ても農夫にしか見えない姿だった。
もしくは用務員のお兄さんである。
あえて補足すると、これも人間のイメージとはかけ離れているのだろうが、実際のところ悪魔族と呼ばれる種族には農夫が多い。
まず、悪魔族……などと仰々しい名称に問題がある。
よく誤解されるのだが、その実態はただ肌が青黒く、頭に角が生えただけの種族に過ぎないのだ。
先天的に強い魔力を持つ者が多いが、比較的穏やかな性格で、農夫の次に学者や魔術師を多く輩出している種族である。
「さて……そろそろ時間か」
趣味の土いじりを終え、さっとシャワーを浴び終えると魔王の仕事が始まる。
主な業務内容は拷問や破壊活動――などでは無い。
概ねは事務仕事に類するものだった。
王ともなれば、採決せねばならないことを処理しているだけで一日が終わってしまう。
ある種の者にとっては、拷問以外の何物でもない時間だろう。
だが、暫く留守にしていたため、思っていた以上に書類が溜まっていることに嫌気はさしたものの、魔王はこの手の仕事を嫌ってはいない。
多くの人がより良い生活を送れるのだと考えれば、やる気にもなれた。
魔王は人一倍真面目な魔族である。
前魔王から座を奪ってしまって以来、戦争で疲れ果てた国々を良くしようと日夜奮闘してきた。
魔王は自身のことを、決して有能では無いと考えているが、バラバラだった魔族の半数以上をその実直な人格で纏め上げ、連合国を作り上げるまでに至った男である。
能力そのものより、自然と人に好かれる人格面こそを評価すべき器であった。
そして、魔王は確かに有能では無いかもしれないが、決して無能では無い。
事実、魔族連合国に参加していない幾つかの種族を除けば、ここ数年は大規模な戦闘を発生させていないのだ。
魔族と人間の争いが無くなるにまでは至っていないが、自分の手の届く範囲で戦争被害が激減したことを、魔王は内心で誇っていた。
しかし、ここ数ヶ月ほどは風向きが変わってきている。
そよ風が暴風に変わりつつある、と表現しても良い。
どうにも最近は軍部――の極一部が、すぐに暴走し始めるのだ。
原因は分かっている。
それもこれも全ては……。
「……何故、俺の執務室に貴様の机が用意されているんだ?」
「職務上、ここが一番効率が良いからですわ」
このとんでもない人間が原因である。
人間最大の国家の公爵家令嬢であり、魔族にとっては停戦のための『元』人質。
現在は魔族連合国のタカ派とでも言うべき存在と化している乙女。令嬢その人である。
平然と魔族の中に入り込み、いつの間にか誰しもに恐れられるようになり、傍若無人な振る舞いを許容される存在。
それでいて驚くべきことに、大半の者に悪感情を抱かれていないのだ。
何とも恐るべき傑物である。
そんな彼女が、何を考えたのか机を並べ同じ部屋に居座っていた。
「宰相……すまんが、胃薬を持ってきてくれないか」
「――承知いたしました」
小間使いのような扱いをして申し訳無いとは思いつつ、宰相の背を見送った魔王は盛大にため息を吐く。
「令嬢よ……一応確認するのだが、何をしているんだ?」
「見てお分かりに……は、確かになりませんわね。丁度良いですわ、説め――」
「待て待て。貴様の丁度良い、は絶対に悪いやつだろう」
具体的には、魔王の都合的に非常に悪く、胃腸への負荷も高いものとなる。
「失礼なことをおっしゃいますのね。今後の攻勢計画の草案ですのよ? 早々に準備を始めて損はありませんわ」
「いつ、どこに攻勢をかける気だ!」
案の定と言うべきか、魔王は胃がキリキリと痛むのを自覚する。
「連合国傘下外の魔族の併呑、人間と同盟関係にある亜人の切り崩しも含めての攻勢ですから、いつでもどこにでも、と言えますわね」
直接的な戦闘ばかりが攻勢ではない、と令嬢は無い胸を張って主張する。
「世界征服でもする気なのか、貴様は……」
「――そうですわよ? 今さら何をおっしゃっていますの?」
いっそ朗らかとさえ表現できる笑みを浮かべる令嬢。
未だかつて、これほどまでに気軽に世界征服を宣言した者が居るだろうか。
「悪夢だ……」
頭痛薬も必要だったな、と痛みを堪えながら、魔王は数ヶ月前の出来事を頭の中で反芻する。
あの雨の日、魔族の領地に彷徨いこんだ馬車を何ゆえ助けたのか、等と魔王は悔まない。
何にしたところで、人を見捨てることなど魔王の選択肢には存在しないのだから。
そして、その後に策を巡らせたのは自分達であり、彼女がただの被害者であることを理解している。
自分達の思惑以外の何かが存在することも理解している。
そうであれば、これも自業自得が招いた結果だと納得も出来た。
「私を攫った時点で、こうなることは決定事項ですのよ」
繰り返しになるが、魔王とは世界征服を標榜すべき存在だ。
例えそれが本人の意思でなくとも、そうなってしまう因果な存在でもある。
悲しむべきは、この世界において最も運のない存在であることだろう。
たまには魔王様にスポットライトを当てた日常回です。
あの雨の日の過去話は、またいずれの機会にさせて頂きます。
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