第9話 ご令嬢は可愛いものがお好き(侵攻編)
「ハァ……はぁ……そ、それで……ワシに用事とは、一体全体なに用じゃ……」
半ば服の脱げかけた姿の幼い少女が、息も絶えだえに疑問を口にする。
一部の特殊な性癖の持ち主であれば垂涎モノのシチュエーションだろうが、今現在ここ――龍族の主城に、そのような人物は令嬢以外に存在しない。
故に、十分に危険なままである。
「私、貴女を貰いにきましたの!」
「…………」
「――令嬢よ。流石に引くぞ、それは」
魔王の言葉を肯定するように、幼女は露骨に警戒した。
その様子を見て令嬢は、自身の行動を省みたのか頬を赤く染める。
「――失礼。お人形のように可愛らしかったもので、つい」
その内心は、怯えた顔も可愛いですわー、で満たされているのだが、少なくとも表面上は冷静さを取り繕える程度には、理性的に見えた。
「つい、で絞め殺されたくはないのじゃ」
「愛が深く食い込んでしまったのでしょうね、ごめん遊ばせ」
「重たすぎる愛じゃのぉ……それこそご免被りたいのじゃ」
「ドラゴンなのであれば、その程度は平気なのでは――」
「――レディ、お戯れはその辺りで」
話が脱線しかけていることを察したのか、獣人宰相は珍しく慌てた様子で会話を引き戻す。
「……そうですわね、真面目な話をいたしましょう」
まずは自己紹介を、と令嬢は先程までの態度とは一変した、完璧な淑女の礼を以って名乗りを上げる。
「魔族連合国軍参謀本部総長に任じられております。以後お見知りおきを」
思考回路の特殊性と、肩書の不穏な響きを除けば――外面だけは完璧に淑女のそれである。
「ほぉ……物好きな人間も居るものじゃな。わざわざ魔族と手を組むとは」
「そうせねば、成せぬ目的がありますのよ。それが成せるのであれば、私は何者にでもなってみますわ」
令嬢の率直な言葉に、幼女は愉快げに笑う。
「お主の目的とやらは知らんが、面白い目をしておるの。昔見たことのある目だ」
そう言って、幼女は狼の頭を待つ獣人を意味深に見やる。
だが、当の獣人宰相は素知らぬ顔で――無言の圧力で以って、早く自己紹介を続けろと促す。
「まぁ……良い。知っておるじゃろうが、名乗りをあげておこう。ワシは地母龍――一応はドラゴン共を束ねておる者じゃな」
「存じ上げておりますわ。このように愛らしい姿をしているとは知りませんでしたが」
「その目を止めよ……喰われそうで怖いのじゃ」
令嬢が可愛いものを見る時の目は、捕食者のそれに似ているのだが、本人は知る由も無かった。
「――お主、まさかドラゴンの血を飲むと不老不死になれると信じておる口か?」
「いいえ、生きとし生ける者は必ず死にますわ……いいえ、死ぬべきなのです」
「ふむ……ならば良い。ワシを喰っても美味くは無い……と思うので、止めておくのじゃぞ」
「別の意味でなら、食べてしまいたいですわね」
ドラゴンの王に対しこのような特殊な欲望を吐露した者は、未だかつてこの世界には存在しなかっただろう。
そして恐らく、今後も存在しない。
「――レディ。お戯れはそろそろ……」
令嬢の新しい一面を目の当たりにした魔族最強の二人は、頭痛を堪える羽目となった。
少々長いので分割しております。
次の更新は今夜か明日には行いますので、少々お待ち頂けると幸いです。
また、コメディ成分が薄めの話が続くので、併せて「ネタ」の方に、文字通りネタの追加を行ないます。
笑い成分はそちらで補足して頂ければと思います。




