5.自問
大聖堂を出ると、既にボルドー家の儀礼用の馬車が停めてある。
御者台にはポールが、ワゴンの中には誰も乗っていないようだ。
カイルは一つため息をつき、颯爽と乗り込む。
洗礼に来ていた子どもやその保護者、街中の人々が、大きな歓声を上げている。
馬車は、流れるように走り出す。
カイルは車窓から手を振って、領民の歓声に応えた。
(あの娘たちには、悪いことをしたな)
ちょっとした約束さえも果たさずに、王都へ向かわなければならない我が身を、カイルは浅ましく感じた。
洗礼の瞬間、カイルは自分の耳を疑った。
おそらく、我々が「神」と呼ぶ存在が、光となって現れ、≪勇者≫と≪魔王≫の誕生を告げたのだ。
その後は、神の声というより、神の意識に同化したような気がした。
≪勇者≫と≪魔王≫は不可分の存在で、この世界のどこかで、まるで双子のように≪魔王≫が生まれたという。
(なぜ、そのような仕組みを作ったのだろうか?)
(なぜ、私が≪勇者≫なのだろうか?)
カイルは揺れる馬車の中で考える。
しかし、答えは出ない。
さらには、自らを心身共に鍛え上げ、最強の武具を身に纏い、≪魔王≫と戦わねばならぬと告げられた。
伝説にあるような仲間集めは必要ないようだが、最強の武具というものが、厄介だ。
(王都で情報を集めねばならないだろう)
カイルは、今後について、一応の方針を固めた。
***
馬車は王都に入り、王宮に向かう。
現王クロムウェルは、かなり派手好みだと言うのが世間の認識だ。
確かに、王宮も庭園も豪奢に作り上げられている。
ポールが衛兵に告げる。
「この度、ボルドー辺境伯のご子息、カイル様が≪勇者≫の称号を授けられた。クロムウェル国王にご挨拶を申し上げるために馳せ参じた。通行を許可いただきたい」
「な、≪勇者≫と? わかりました。すぐにお取り次ぎいたします」
衛兵の一人が、王宮へ走る。
しばらくして通行が許可され、カイルは王宮の中へ入って行った。
玉座に座っていたのは、ふくよかな体格をした白髪、白い髭をたくわえた男性だった。
横には苦虫を噛み潰したような顔をしている、侍従が控えている。
「おお、カイル殿。そなたが来るのを待っておったぞ。その昔、伝説の≪勇者≫アリスは、光の剣、光の盾、光の鎧を探し、この世界を乗っ取ろうとした≪魔王≫を封じ込めたという。しかし、≪勇者≫の誕生は≪魔王≫の復活を示す。このままでは世界は闇に飲み込まれ、やがて滅んでしまうことだろう」
「はい。」
「勇者カイルよ! どうか≪魔王≫を倒してくれ! わしらには何もできぬが、わしからの贈り物じゃ! そこにある箱を開けるがよい。そなたの役に立つ物が入っておるはずじゃ」
カイルは一つ目の箱を開けた。
錆びた剣、錆びた盾、錆びた鎧が入っていた。
「それは、≪勇者≫アリスの装備だと伝えられている。隣の箱は、通行許可証じゃ。500年前に、この世界のあらゆる国が統一して作ったらしい。これで、カイル殿はいずれの国でも通行ができるだろう」
二つ目の箱を開けると、書状を入れる筒が入っていた。
念のために、中身を確認したが、確かに各国の言葉でかかれた通行証のようだ。
「お気遣いありがとうございます。一度、自宅へ戻り、準備を整えて旅に出ようと思います」
「あいわかった。くれぐれも気をつけてくれ≪勇者≫カイル。」
「もったいないお言葉、恐悦でございます」
が、がんばってみます。