2.こんなヤツは嫌いだ
1月1日、カイルは家の者たちより早く起きあがった。
領都をぶらつきながら見繕っていた庶民の平服を持って、そっと屋敷を抜け出した。
途中の路地で平服に着替える。
大聖堂の隣にある公会堂には、自分と同じ年の子どもが集まってくる。
そこに行けば、噂の少年に会えるかもしれない。
カイルは、マロネ村の少年のことを聞いた時、どうしても友達になりたいと思った。
街道に巨大化した魔物が現れ、領都へ行商に来ていた夫婦が襲われ、天涯孤独の身となった少年がいる。
その後、彼は両親の遺した土地で作物を作り、村の大人に委託して領都へ卸しているという。
自分と同じ年なのに、なんて「大人」なんだろうと思った。
ボルドー伯の息子という肩書きに守られてきた自分が幼稚に感じられた。
そんなことを考えて歩いていると、大聖堂の裏手に着いた。
「おはようございます! 起きてください!」
クローラさんの声だ。
「ちょうど良かった。どちらが男性側だろう?」
カイルが二棟の建物を見比べていると、第一公会堂の方から男の子が数人出てきた。
「みなさん、お目覚めになりましたか? まずは、昨晩支給致しました毛布をたたんでください。たたんだ毛布はこちらへお持ちください。そのまま公会堂の外に出ていただくと、ささやかですが朝食を準備致しております。」
クローラさん頑張ってるなあ。
食べるふりをして探してみようか……
「あなたは毛布一つもたためないのですか?」
「なんだよ、うるせえ女だな。お前がたためばいいだろ!」
あぁ……ああいう馬鹿ガキは大嫌いだ。
虫酸が走る。
「きゃっ」
馬鹿ガキは、手にした毛布を女性神官に投げつけた。
「「おいっ!」」
公会堂の中からも声が聞こえたようだが、馬鹿ガキは気づいていない。
甘やかされて育てられ、大した訓練も受けてはいないだろう。
「なんだよ、お前は?」
こんなヤツに名乗るつもりはない。
「まず、クローラさんに謝れ! 次に君が使った毛布をきれいにたため!」
「はあ? 誰だよお前は? 俺は……」
まさか、こいつは殴ろうとしているのか?
体幹も鍛えていないヤツの拳など、なんともない。
「カイル様!」
あぁ!クローラさん、せっかく黙っていたのに……
馬鹿ガキの拳は空を切る。
お、気づいていないようだ……ちょっと遊んでやろう。
こいつの動きは、戦ったことのない、素人の動きだ。
「君は何を踊っているんだい? 早くクローラさんに謝りたまえ」
「くそ、くそ」
カイルは、突進してくる馬鹿ガキをするりと避けた。
「下品な言葉はよく知っているようだね。ママからごめんなさいという言葉を教えてもらってないのかい?」
「があああっ」
頭に血が上った馬鹿ガキが、回し蹴りを入れようとしたが、軸がふらついている。
避けると、予想どおり転けてしまった。
「あはははは」
「クスクス」
洗礼を受けに来ていた地方の少年・少女たちも笑っている。
早く、そんな幼稚なことを止めて、大人になってほしい。
「君は、神聖な儀式をなんだと思っているんだい? 洗礼は一人前の大人になるための通過儀礼だ。」
「ふん、うるせえっ!」
そう言うと、馬鹿ガキは逃げるように去って行った。
今から洗礼を受けずに、どこに行くのだろう。
領兵に捕まえてもらった方がいいかな……
それよりも、マロネ村の少年はいるかな?
「クローラさん、大丈夫ですか?」
「あ、はい。あの、ありがとうございました」
パチパチと子どもたちから拍手が贈られる。
「じゃあ、お仕事を続けてください」
と言った途端、女の子たちが群がってきた。
いろいろな香水の匂い、人いきれ、まるで社交場の女性たちのようで、かなり苦手だ。
「カイル様! このような所でお目にかかれるなんて……」
「ありがとう」
「カイル様! 先ほどの身のこなし、素敵でしたわ!」
「ありがとう」
あまり息をしたくないが、無視をするわけにもいかない。
「「「カイル様ァァ!」」」
「みんな、ありがとう。 ところで、さっきの、一人で踊っていた男の子は、どこの子かな?」
カイルが尋ねると、三つ編みをした女の子が答える。
「あいつ……ゴホン、彼は、アカン町の商人のドラ息……いや、ご子息で、ゼイムスです。ちなみに、私はアカン町のアンゼリカと申します」
「ゼイムスって言うんだね。アンゼリカ、ありがとう」
「いえいえ、お見知りおきを」
アンゼリカは頬を紅潮させてのぼせてしまった。
倒れないでくれよ。
「じゃあ、この中にマロネ村の子はいるかな?」
「はい、はいはいはいっ! マロネ村のカリナです! スリーサイズでもなんでもお尋ねください!」
「ちょっと! カリナ、止めなさいよ!」
この子も危ないな。
でも、同じ村ならどこかで会えるかもしれない。
「あはは、女の子にそんな失礼なことは聞けないよ」
バタバタと何人かの女の子が失神する。
「あれ? 大丈夫かな? ちょっと起こしてあげて?」
なんで、これくらいで倒れるのだろう?
「「「はーーい」」」
「朝食を食べたら、大聖堂の中庭に来て」
マロネ村の二人にそのことだけを伝え、早く抜け出したかった。
カイルは途中の路地で、もとの服に着替え、近くを通りかかった領兵を呼び止めた。
「……というわけで、神官への暴力の容疑でアカン町のゼイムスを捕まえてくれないか? 保護者同伴でないと、まともに洗礼も受けられない子どもだと思う」
「はっ! かしこまりました。早急に手配致します」
両親と本人にキツくお灸を据えてもらうこと、自分がその場にいたことを口止めしてもらうことを伝えて、急いで屋敷に戻った。
廊下で執事のポールに見つかり、部屋にいなかったことを問い詰められたが、ありのままをすべて伝えると、
「わかりました。旦那様と奥様には黙っておきましょう。ただし、大聖堂までは私ポールが同行致します」
という条件を出されてしまった。