異様時間 二千十八年・六月六日-06
―リジェネレイト。
それは錬金術師と呼ばれる者達が使役する【即時物質変換技術】だ。
物質の構成材質を識別し、分子レベルにまで解体した後、それを違う外観に再構成する事によって作り変える技術。
等価交換と物質保存の法則による、究極の精製技能である。
「は、はは。そうか、ご同業だったか! だから君は錬金術の事を知っていた!」
「詳しく知ってるわけじゃ無いけどね」
「だが確かに、君は【物質変換術師】だ! そのリジェネレイト速度、製造精度、構築能力、全て一級品の実力者じゃないか!」
「お褒めに預かり、光栄なのかな?」
短刀の一つを男へと向け、スミレは見開いていた目を細め、口を開く。
「説明して貰おうか。アンタが何者か、このホムンクルス達は、どうして生まれたのか」
「ああそうだね、同業者とは仲良くしなければ。私はフリーの長命術師で、依頼があれば何の薬でも作るようにしているんだ」
「ジュリア医薬に雇われたのか」
「ああ。錬金術の観点から、老化停止に繋がる薬学の開発を依頼された。奴らは錬金術も、ましてやキミアの事を何ら理解していないから、一人で実験をしたいと言ったら簡単に了承してくれた」
「そしてこの平屋を、ジュリア医薬がお前に貸し与えた」
「だが老化停止に関しては、オレもまだまだ研究途上でね。マウスだけだとどうしても研究がはかどらない。だから」
「人間を拉致し、人体実験に使った」
「そう、そうなんだよ! 君は頭がいいね!」
ペラペラと喋り出す男の声に、少しだけ苛立ちを覚えたスミレは、気になっていた事を一つだけ、尋ねる事とした。
「人体実験って、何をした」
「ああ、これだよ」
彼は、ポケットの中から一つの注射器を取り出した。その中には薄緑に光る液体のような物が入っており、それを針の先端から僅かに溢れさせた。
「まだ調合中だが、薬品によってテロメアの長命を施す方法を考えた。だがどうにも遺伝子情報にエラーが発生するらしくてね。どんどん肌は爛れて無くなっていき、最後にはこんな朱色の、のっぺらぼうだ。笑えるだろう」
「……笑えないよ」
「なぁ、錬金術師。どうせなら手を組まないか。君も術師の端くれなら、新たな試みには興味があるだろう?」
「お断りだ。私は、錬金術師なんかじゃないからな」
一言断りながら。彼女は、床を軽く蹴った。
――刹那の時間で。スミレは、男の眼前へと詰め寄っていた。
双剣の柄を男の顔面に叩きつけて、さらに首元へ回し蹴りを叩き込んだ。男は床に身体を預け、口から僅かに血を吐く。
「あ、がぁ……!?」
「一つ、私の話をしてあげるよ」
一瞬の事で何が起こったのかを理解しようとした男は、スミレの言葉にまず、顔を上げようとした。
そうして目に入った光景に、男は息を詰まらせた。
残っていたホムンクルス、計四体の身体がバラバラに切り伏せられており、破片を床にまき散らしていた。
血を吐き出す機能も無いホムンクルス達の切断面は、明らかに刃物で叩き切られた痕が見える。
「私、リジェネは使えるけれど、覚えたのは最近でね。それまでは『精神異常者』って呼ばれてた。――本来『見えちゃいけないモノ』が視える。知り合いいわく【魔技眼】って言うんだってさ」
スミレの言葉に、男は目を見開きながら、表情を歪ませた。
「魔技、眼……!? お前、錬金術師の対極、【魔技師】って、そう言う事なのか……!?」
「半端者だよ。錬金術師としての変換回路も持ってれば、生まれながらに魔技眼を有し、身体能力の【強化】しか出来ない魔技師見習いで、華の女子高生さ」
「有り得ない……! 錬金術師は理を求める者だ。マナなんて非ィ現実的な力を用いた、魔技なんてモノを、使おうと思う筈がない……!」
「だから言っただろう、半端者だって。普通の女子高生にとったら錬金術も魔技も、神さまだって【異端】なモンだ。だから使えるなら使ってやろうって考えでしかない」
「この……人の理に逆らった異端者め! 人の英知を求めるオレを殺すか!? この、キミアであるオレを!」
「人の英知……?」
彼の発した言葉に、スミレは厳つい表情を浮かべつつ、男の髪をガッシリと掴み、眼前に広がる、ホムンクルス達の末路を、しっかりと見せつけた。
「お前が求める人の英知とやらは、一生懸命に『今』を生きていた人達を、こんなキモイだけの、怪物に仕立てあげるモンかよ」
「う……っ」
「私は今日、この怪物共の元になった人たちの家族と、知り合いと、仲間と会ってきた。皆それぞれ生きるべき生活があって――『過去』も『今』も『未来』もあったんだ。
お前は錬金術師でも、ましてやさっきから名乗りたがってる、キミアなんて仰々しいモンでも何でも無い。
ただ頭のイカれた、実験大好きのマッドサイエンティスト。人の生きる『今』と『未来』を殺す、お前こそただの【異端者】でしかないんだよ……!」
力強く、男の顔面を床に叩きつけて、彼が気絶した事を確認したスミレは。
スマートフォンをポケットから取り出しつつ、短縮設定のされていた人物に、電話をかけた。
数コールの後、電話が取られた。
「ミズホ」
『はいはい』
「お腹空いた」
『うん。もうちょっとでできるから、早く帰っておいで』
電話先の相手――ミズホの言葉を聞いて、スミレは歩き出す。
女子高生一人と、血を流して倒れる中年男性、バラバラに処理されたホムンクルス達。
――その光景は、確かにただ【異様な】光景でしかなかった。