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異端の百合園  作者: 音無ミュウト
第一章
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異様時間 二千十八年・六月六日-05

 伊勢門通り三丁目五番地にある平屋は、確かに広い立地と、周りに民家が点在している他は、不動産屋が管理している何もない土地が殆どだった。


スミレは『一キロ程遠く』から平屋を観察する。


見た所、普通の木造建築。だが建てられてからの年数劣化が激しいのか、木材が所々腐っているようにも見受けられた。



「――八人」



 家の中を動く人影は八人分。五月の終わりから今日まで失踪していた人数は七人であるからして、拉致監禁を行っている当事者が一人と仮定し八人という計算は成り立っていい筈だ。



「ビンゴかな」



 スミレは伊勢門通り四丁目にある雑居ビルの屋上から見えた景色を見終わると、フッと息を付いて目を揉んだ。



「まだ、千里眼は疲れるな……」



 胸ポケットから目薬を取り出して、それを目に投じる。ポケットにしまおうとした時、その目薬を開発している会社がジュリア医薬である事に苦笑しつつ、スミレは屋上から――跳んだ。


力強く屋上を蹴り付けたスミレは、二階建て民家の屋上に足を付けると、瓦を蹴る様にして再び跳び、平屋の眼前に着地した。


少しだけ乱れた髪の毛とスカートを整えた後、スミレは平屋の玄関を開け放った。鍵はかかっていない。



「おじゃまします」



 声を上げながら、玄関で靴を脱ぐことなく、土足で歩き出す。日本の古き良い趣を感じさせる、ギィギィと軋む床の音を聞きながら、スミレは居間への扉を、開け放つ。



――そこには、七つの『何か』があった。


のっぺらぼう。


天辺からつま先まで、まるで火傷によって全て爛れたかのように、薄い朱一色に染められた人形のような物体が、ゆらりゆらりと居間を歩き回りながら、顔面らしきものをスミレへと向けた。



「――何だ、コレ」



 スミレが小さく呟くと、問いへ答える様に、人の声が聞こえた。



「失敗作だ。強いて名前を付けるなら、ホムンクルスって所かな」



 男の声だ。声の主は居間の奥に居て、その乱雑に生やしたボサボサの茶髪と無精ひげ、そして年季が入っているのか皺だらけの白衣を身にまとった中年男性である。



「ホムンクルス、ね。アンタ、錬金術師か何かか」


「キミアと呼んでほしいな。オレは変換するだけしか能がない、あんな連中とは違う」


「キミアって長命術師だっけ。キミアさん、アンタは失踪者使って、何をしてんだ」


「ちょっとした実験だよ。ここに居るのは全部失敗作だけれど、産みの親であるオレの命令は聞いてくれるんだ」



 止まれ、と。男が命じた言葉を律儀に守っているのか、歩を止めてその場で立ち尽くすホムンクルス七体。


異様な光景。


スミレは自身の眼に映る光景を、そう形容するしかなかった。



「ところで君は誰だ。見た所女子高生みたいだが」


「少なくとも美少女探偵では無いらしいよ」


「まぁ、いい。どうせ今日の実験体が無かったんだ」



 パチンと。男が指を鳴らすと。


ホムンクルス達はその場でスミレへと体を向けて、腰を落とした。



「捕えろ」



 再びパチンと指が鳴らされたと同時に、ホムンクルス達が一斉に、スミレへと襲い掛かってきた。


スミレは、目をカッと見開いた後に、まず前面から両手を広げて襲い掛かってきたホムンクルスの右腕を――『切り伏せ』た。



男や、ホムンクルス達からすれば、それは一瞬の事だっただろう。


 男は瞬時に命令を取り消し、その上でホムンクルス達に「待て」と命じていた。


先ほどまで、スミレの身体にはナイフの一つも無かった。もちろんカバンも持っていなければ、隠しておく場所なども無い。


だと言うのに。


今彼女の右手には、一寸半程度の小太刀が握られていた。


小太刀の先端から、僅かに青白い火花と煙のようなものが湧き出ていて、それを見据えた男は「なんと」と小さく呟いた後、スミレへと尋ねた。



「君は」


「ご同類だよ。キミアさん」



 一秒ほど目を揉んだ後、スミレは再び目を見開いて、その場から数歩分飛び退いた後、右腕を失いながらも左腕を振り込んで襲い掛かってきたホムンクルスの左脇から頭部にかけてを切り伏せ、身体を蹴り飛ばした。


続いて男が見たスミレは、手に持っていた小太刀に力を込め、青白く輝く光と共に、それを解体させ、鉄の塊へと『変換』させた姿だった。



「【リジェネレイト】」


「ああ、そう言うらしいね。長ったらしいから私はリジェネって呼んでるけど」



 再び、スミレの手から光が放たれたと視認した瞬間。


鉄の塊は刃渡り一寸未満の短刀二つへと生まれ変わっていて、刃はホムンクルス二体を切り伏せ、行動不能にまで追い込んでいた。


 フッと息を吐いたスミレは、ブンと一対の双剣を振り回し、振り心地を確かめているようだった。

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