エピローグ 二千十八年・七月二十九日-02
「……あ、あれ……夢……?」
「夢なもんか、バカ」
ミズホはまだ、ハッキリとしていない意識を起こす様に、まぶたを擦る。
しかし胸元に感じる痛覚が彼女の眠気を一気に醒ましたようで、スミレは彼女の背を支えてやりながら、彼女の身体を起こした。
「スミレ……アタシ、アタシ……!」
痛む胸元を抑えながら、ハッ、ハッ、と肩で息をするミズホ。
彼女の背中を擦りながら頷いたスミレの表情を見て、ミズホはグッと下唇を噛んだ。
「アタシ……取り返しの、つかない事を……!」
「気にするな。私も気にしていない」
「だってアタシ、もう少しでスミレがいるこの世界を、全部壊しそうになったんだ……!
今は、そこそこ冷静でいれてるみたいだけど、また何時、あんな風に壊れちゃうか……!」
「させないさ――私がお前を守る。お前の傍に、ずっといる」
ミズホの頬を両手で持ちながら、彼女の視線を自分に向ける。
スミレは、フフッと微笑みながらも――しかし、頬から溢れる涙を、拭わずに、ただ流した。
「……スミレ」
「ああ。……また、お前に一つ、感情を教わった」
ミズホのおかげで、【喜】べるようになった。
ミズホと一緒に、【怒】れるようになった。
ミズホのおかげで、【哀】しめるようになった。
ミズホのおかげで、【楽】しいと、思えるようになった。
もうスミレは――空っぽなんかじゃない。
だから彼女は、自分自身に実ったこの想いをもう一度、ミズホへ、伝えなければならない。
だからこそキャトルに、席を外してもらったのだ。
「ミズホ。お前は、バカだ」
「……うん」
「でもそんなお前が……私は好きだ。
お前と一緒にバカをやれることが、お前と一緒に笑い合える事が、お前と喧嘩する事が……お前と泣けることが、私は楽しい」
「うん……うんっ」
「これからも私は、お前の隣に居たい。
可愛くも無い、愛想も無い。それどころか口も悪けりゃ体形も良くない私だけど……お前の隣に、居ていいかな?」
「スミレが良いの――スミレが良いのッ! アタシは、アタシが愛したスミレはッ!」
「ああ――良かった」
ギュッと、ただギュッと、ミズホの身体を抱きしめる。
ほのかに感じる彼女の体温を、スミレは決して、離しはしない。
――もう二度と。
「私が、お前を守る。それでお前の中にあるマモンの力を、何時の日か取り出せる方法を、私とキャトルが見つけ出す」
「でも、大変だよ。だって、どこにあるかも、あるかどうかすら、分からないんだよ?」
「分かってる。でも、大した事は無いさ」
スミレは、眼前でを流しながらも笑みを浮かべるミズホの――唇へ向けて、自らの唇を、重ね合わせた。
「お前が隣にいるのなら、私はどんな異端者だって、踏み潰す」
初めて交わしたミズホとのキスは。
フレイアとのキスよりも、吐息と温かさを感じた。
少しだけ、眼を開いた時。
ミズホの後ろで、フレイアが嬉しそうに涙を流し、スミレへ会釈する光景が、視えた気がした。
しかしそれはすぐに消え、視えなくなったけれど。
――視える必要は、もう無いのだろう。
了




