感情慟哭・後 二千十八年・七月二十九日-05
『例えば!?』
「ハンバーガー三十個も買って、五個で食い終わるとか、お前は何考えてんだ! 食べ物を粗末にするな!」
『二十個だもん! それに食べきれなかった分はキャトルさんにも、その辺に居た男の人にもあげたし! やーい、スミレの鳥頭ーっ』
「そもそもそう言う事をするなと言っているんだバーカッ!」
『だってタイクツだったんだもんっ! そんな事でもやってなきゃ、タイクツでアタシ死んでたもん!』
「そんな事で死ぬタマじゃないだろお前は!」
『じゃあスミレはアタシの事なんだと思ってんのさ!』
「お前は心臓と脳みそに剛毛が生えた大バカ娘だ!」
『そ、そんなのスミレだって、考えなしで死にたがりのバカ娘だったじゃんっ!』
「ああ、そうだよ――そうだったよっ!」
互いに罵声を浴びせ合うのを、そこで止める。
スミレが、ハァと溜息を強く吐き出した後、ハハ――と、今度は小さく笑った。
「まだ、あるぞ」
『今度は、何さ』
「……いや。今度は褒めようと思ってるぞ」
ニッ、と。確かな笑みを浮かべたスミレの表情を、ミズホはボウ……と、見つめていた。
――彼女は、しっかりと笑うようになったものだ。
感慨深い感情に、身を委ねていた。
それは、強欲の化身となった彼女自身にも抱ける、ただの感情である。
「お前は、人の命の尊さを、私に説き伏せた」
『……そんな事も、あったね』
「あの時の私は、正直言うと内心ムカついていた。
フレイアを視た事も無い、何も知らないただの小娘が、知ったかぶって説教垂れてんじゃないぞ、ってな」
『やめてよ』
「いいや言ってやる。
――でも私は、そんなお前の言葉を聞いて、生きる意味を見つけたんだ。
お前って言う【友達】が出来て、私はお前と、こうして笑い合っていたいと思った。
……ほら。私はずいぶんと、笑えるようになっただろう?」
両手の人差し指を、口角に押し当て、持ち上げる様にした。目も細めて、何だか彼女が本当に笑っているように見えた。
「お前は、それからずっと私の傍にいてくれた。
……お前をバカだと思っている事は、決して覆りはしないけれど……でも、お前と一緒に居て、私は色んな感情と出会えた。
笑えるようになった。
怒れるようになった。
……お前と一緒に居られる時間を、嬉しいと、思える様になれたんだ」
『……そうだね。スミレは、ちゃんと笑えるようになった。それが、アタシにはすっごく嬉しいっ!』
ミズホも、スミレにほだされたか、しっかと笑顔を魅せた。
それは、強欲に塗れた妖美な笑みでは無い。
鳴海ミズホという、十六歳の少女が浮かべる、年相応な、可愛げある笑顔だ。
『でも……でもね?』
「ああ」
『アタシ、ダメなんだ』
「何がさ」
『そんなスミレの笑顔を、独り占めしたいって、そうとしか考えられないの。
スミレの笑顔をアタシだけの物にしたいよ。
スミレの罵声をアタシだけの物にしたいよ。
スミレの……スミレの感情、全部、アタシだけに向けて欲しいッ!
アタシが、アタシが欲しいのは――ッ!!』
ボロボロと、涙を流しながら。
ミズホはただ、想いを絶叫する。
――何て、哀しい絶叫だろう。
――何て、年相応の願いだろう。
鳴海ミズホという一人の少女は。
中村スミレという一人の少女の。
頭の天辺からつま先、果ては心までを、全て欲したのだ。
スミレとミズホは、互いにだらりと下した両の手を見つめながら、しばしの時を過ごす。
沈黙を破ったのは、スミレだった。
「お前は、狂ってしまった」
『そうだよ。全部、アタシのせいだって分かってる』
「私は、お前の言う『命の尊さ』が、何より好きだった。
でもお前は、その命を全て、刈り取ろうとしている」
『だってだってッ、そうしなきゃスミレは、アタシの事、視てくれないもんっ!
神さまを視る眼だっていい。
未来を視る眼だっていいっ。
なんだったら千里眼だっていいッ!
ただ、ただアタシを視て欲しいのッ!
――アタシだけを、視て欲しかったのッ!!』
「だから……お前はバカだと言ったんだ」
スミレは一歩、歩き出す。
ミズホの防衛本能かは分からないが、彼女の影からゆらりと災いが三体姿を現して、スミレへと襲い掛かる。
彼女はいつの間にか右手に作り上げていたコンバットナイフで、まるで邪魔者を退けるかのように、切り裂いていく。




