異様時間 二千十八年・六月六日-03
スミレの言葉に、ミズホはポケットの中に入れてあったスマートフォンを取り出して連絡帳データを参照、電話をかける。
数コールの後『はい、天道です』と電話に応じた男の声を聞いて「あ、ご無沙汰してます、鳴海の娘です」と挨拶をした。
『ミズホお嬢様ですか! わざわざお電話を頂き』
「社交辞令は良いですよ。それより聞きたい事があるんですけど」
『はい、何でしょうか』
そう訊ねた天道透の声を聞き、スミレがミズホのスマートフォンをひったくり、その受話器口に声をかけた。
「ジュリア医薬って所は、どんな新薬を開発してんのさ」
『ん、どちら様ですか?』
不意に通話相手が変わった事により、訝しむような声を発した男に、スミレは少しだけ苛立ちを覚えながらも「ミズホお嬢様のご学友だよ」と挨拶した。
「質問に答えてくれ。ジュリア医薬って会社は、どんな手を使って、どんな新薬を開発しようとしてんのか」
『うーん。いくらミズホお嬢様のご学友としても、開発情報をお話しするのは』
「じゃあ質問を変えてあげるよ。――アンタら、失踪者使ってどんな人体実験しているんだ」
一瞬、男は言葉を詰まらせたように喉を鳴らした。
『……何を言っているのか、分かりかねますな』
「そうかい。じゃあな」
乱雑に電話を切り、スマホをミズホへと返却したスミレは、顎で「行くぞ」とジェスチャーしながら歩き出す。
「ジュリア医薬がこの件に一枚噛んでるのは間違いなさそうだな」
「それっぽいね」
「なら二手に別れよう。ミズホはジュリア医薬がどんな薬を開発してるかを調べてくれ」
「オッケー。スミレは?」
「私は失踪者の方を調べる。このリストに乗ってる面々は、家柄も住所も、ましてや年もバラバラだけど、もしかしたら行動範囲は似てるのかもしれない」
そう言い放ったスミレに頷いて、ミズホが彼女より前に出た。
「じゃあっ! アタシはジュリア医薬の開発部門に行ってくるね!」
「気を付けろよ。少なくとも失踪事件なんて物騒なもんの調査だからな」
「んもー。心配性だなぁ、スミレは」
――でも、と。小さくミズホは呟いて。
「心配してくれて、ありがと。スミレも気を付けてね?」
ニッコリと笑ったミズホの姿に、スミレも口角を僅かに持ち上げるだけの、小さな笑みを浮かべて、頷いた。
**
失踪者の一人、若宮隆の自宅へと赴いたスミレは、痩せこけた一人の中年女性に「隆君の友達です」と嘘の名乗りを上げて、話を聞いた。
聞くと女性は若宮隆の母親だった。
五月三十一日、若宮隆は学校からの帰り道を最後に消息を絶ったらしい。
コンビニで話をしていたとクラスメイトから聞いている、との証言を受けたスミレは、そのコンビニがどこかを聞いた後「私も心配してるんです。一人じゃありません」と声をかけて、一言挨拶をした後にその場を後にした。
話しに聞いたコンビニの場所と、若宮隆の自宅を覚えたスミレ。
彼女は続いて、富竹志保子の自宅へと向かった。チャイムを鳴らしても誰も出ないので、玄関の扉を試しに開けてみるが、鍵はかかっていなかった。
一言「おじゃまします」と声をかけながらドアを開け、宅内へと侵入する。だが玄関には靴一つ無ければ、誰も住んではいなかった。
近隣の人に声をかけると、富竹志保子は一人暮らしで、親族を見た事は一度も無いらしい。
「数年前、旦那さんが先に逝かれたらしくてねぇ。……んん? 今居ないのかい?」
隣に住んでいた気さくなおばちゃんにそう聞かれ「ええ」と小さく返事を返したスミレ。
「志保子さんは、どこか良く行かれていた場所などありましたか?」
「あー……何だか最近、コンビニバイトの子がお孫さんに似てて、毎日行ってるって聞いたわよ」
「そのコンビニは」
話を聞くと、どうやらそのコンビニは若宮隆が最後に目撃されていたコンビニと同じ場所だった。
「……そうですか。最近おばあちゃんを見ていないので、気になったんです」
嘘ぶいて項垂れたフリをしたスミレは、ペコリとお辞儀をしながら、その女性から遠ざかった。
とその時。スミレのスマホがブルブルと震えた。電話である事、電話をかけてきた相手がミズホである事を察しながら、電話に出る。
「ミズホか。成果は?」
『まず新薬についてね。新薬は三種類位あって、一つはサプリメント。これは既に開発自体が頓挫してて、多分関係ない』
「二つ目」
『二つ目は一般的な風邪薬だね。これはもう開発が終わってて、既にCMの撮影に入ってるっぽいから関係無さそう』
「三つ目」
『これが本命かなぁ。まだ開発途中で、老化停止の薬品開発を行ってるっぽい』
「老化停止? 漢方か何かか」
『ううん、調べる限り注射剤みたい。こっちにある資料では、細胞分裂を減らして老化を防止し……とか書いてある。でもそうなると副作用が、みたいな内容もあって、あくまで企画段階っぽいよ』
「ならそっちはもういい。次に調べて欲しい事がある」
『んもー、注文多いなぁ。何々?』
「伊勢門通り三丁目五十一番地のコンビニ付近で、ジュリア医薬名義で借りてる家があるかどうか」
『あー、あの人通り少ない所の? 何だってそこに辿り付いたの?』
「まだ二人目だから何とも言えないが、どうやら失踪者の二人は、そのコンビニと関わりがあるらしい」
そっか、と納得したように声を上げたミズホは『分かった』と返事をした後、電話を切った。