感情慟哭・後 二千十八年・七月二十九日-03
鳴海ミズホの眼前に置かれる、オモチャの山。父・鳴海収蔵は手を広げながら問う。
『ミズホ、好きな物を選びなさい』
「全部」
鳴海ミズホは椅子に腰かけ、机一個を挿んだ先に、幼い少女達が並んでいる光景を見据えていた。
『ミズホ、どのお友達がいい?』
「全員」
鳴海ミズホが食事を食べ終わると、机の上には数多のデザートが並んでいた。
『ミズホ様、本日のデザートは』
「全部」
全部だ。
全部以外いらない。
なぜ我慢をせねばならぬのだと、彼女は常々思っていた。
自分には金がある。権力がある。
無い物等、あってはならぬ。
全部自分の物とし、中でも気に入った物だけを残そう。
だってそうすれば、手に入らないものなど無い。
一度手にして、手放すのは良い。
しかし、一度も手にする事が出来ぬのは、気分が悪い。
「全部全部ぜーんぶ、アタシの物だし」
『そんな事は無いぞ』
彼女でも、父でも、使用人でも無い声が聞こえて、ミズホは振り返る。
――中村スミレが、大量の紙袋を両手に、彼女の背後に立っていた。
『こんなものをいっぱい買い与えて、私を餌付けしたつもりか?』
「スミレはアタシの物になるんだもん。スミレに不自由があっちゃだめだよ」
『私はこんなものいらないし、お前の物でも無い』
紙袋の取っ手が、するするとスミレの手から零れ落ちて、地に圧し掛かった。
紙袋の中に入っていた衣服は散乱。
それを拾う事も、ましてや悔しがることも無く、ミズホは冷めた目で見据えていた。
『私は、私だけのモノだ』
「アタシの物に、これからするんだよ。だってこの世界に、アタシの物じゃない存在なんて、無いんだから」
『ミズホ。お前は、私の、何が欲しいんだ』
素朴な疑問と言わんばかりに、淡々とした声色で尋ねたスミレの言葉に、ミズホは口を開こうとした。
――しかし、答える事が、出来なかった。
「アタシは、スミレの……何が欲しかったんだろう」
呟かれた言葉は、誰の耳に届けられる事は無い。
彼女は今――一人ぼっちだった。
**
鳴海ミズホは目を醒ます。
夏場の深夜に太陽の光は差し込まない。
しかし火照ったアスファルトから溢れる熱気や、そもそもの湿度が高いものだから、彼女の身体は汗に塗れていた。
『あっついなぁ……』
神霊へと昇華した彼女だが、元の身体は人間の物だ。暑いとも感じる。
彼女は今まで折っていた膝を真っ直ぐに伸ばし、大きく息を吸って――言葉と共に、吐いた。
『来てくれたんだね、スミレ』
「ああ、来てやったよ」
ミズホが振り返る先――今彼女たちが居る場所は、鳴海産業グループが所有するビルの屋上である。
六十階にも及ぶ高層ビルの屋上には風が吹き荒れているも温く、涼しさは一向に変わりはしない。
眼前には一人の少女。黒のブイネックシャツと、灰色のジンズを着込んだ彼女は――中村スミレ。
ミズホが、この世で一人、多大な愛を捧げた女性である。
「ミズホ。お前の未来、視えるぞ」
『勝手に視ないでよ、エッチ』
「そう言えばお前、未来を視られたくないんだったか。未来が視えるのは羨ましいみたいな事を言っていたが、視られるのはイヤだなんて。ホントに我儘だな」
『アタシの未来は、アタシが勝ち取るんだ。
――他人の未来はアタシの物。アタシの未来もアタシの物。
だから、他の人に視られる筋合いはないの』
「難儀な性格。お前がそんなんだから、こんな未来が視えるんだぞ」
『じゃあいいよ、許してあげる。どんな未来なの?』
「私とお前が、笑顔で笑い合っている未来だ」
だが――と。彼女は息を吐くと同時に、右手を横薙ぎに振り切る。
振り切った手の先。掌からバチッと火花が散った。
スミレの手にはいつの間にか、刃渡りが一寸にも満たぬコンバットナイフが二つ、両手に持たれていた。
「そんな未来は有り得ない。――何せお前は、ここで死ぬ」
『スミレがアタシを殺すっていうの?』
「そうだ。全く、最後の最後までお前は、はた迷惑な奴だったな」
『勝手な事言わないで。アタシは死なない。死ぬのはこの世界に居る、アタシとスミレ以外の人間だよ』
「そうはさせないって、言ってるんだ」
スミレの周囲を覆い尽くす、豪炎の渦。
中心で鋭い視線をミズホに向けながら、彼女はコンバットナイフを逆手持ちにした。
『……』
ミズホの周囲を覆うは、漆黒の影。
ゆらりと蠢きながら彼女を守るように立ち塞がる災いの大群は、主であるミズホの命令を待っている。




