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異端の百合園  作者: 音無ミュウト
第三章
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感情慟哭・前 二千十八年・七月二十八日-09

 しゃがみ、両手を軸にして右足を振り込むと、男は地面を蹴って宙へ浮き、今一度指をパチンと鳴らす。


音と共に、先ほどスミレが吹き飛ばした三体の災いがゆらりと動き、足を前に出して彼女へと襲い掛かってくる。


それらの未来を視る事が出来ぬスミレは、短剣で一体を叩き切ると同時に再び地を蹴り、一瞬で影達から遠ざかる。


 一度冷静になろうと、スミレは残る二体の災いと――どんな原理か宙に浮き続けている男に、殺意の視線を向けた。


今のスミレに扱える魔技は、三つの魔技眼を除いて身体機能の【強化】のみ。


一体は叩き切れたとはいえ、災いとの戦闘は初めてで、そもそも神霊である男の力が未知数だ。


冷静になればなるほど、今の状況が如何に不利であるか、元より聡明であるスミレにとっては明らかだった。



「怒りはあるが、それを御する精神力がある。上で戦況を悟る観察眼も持ち得るとは、小娘にしては上出来よな」


「黙れ」


「いい加減素直になって、俺の所有物である事を認めたらどうだ? 心は喰うが、体までは呑まんぞ? 俺は紳士だからな」


「黙れと言ってるんだ、糞野郎が……!」


「寛容な俺ではあるがな、そろそろ我慢は限界に近い。お前がどうしても認める気が無いと言うのならば」



 男は、スミレへ右手の人差し指を、スッと向けた。


綺麗な指先、その先端には、黒い電流にも似た何かが走る。


バチバチと音を奏でながら黒い電流が密集していくと、ゴルフボール程度の大きさに固まり、力の集合体となった。



「一度、フレイアの元へ逝くか? 身体はその後、頂いてやろう」



 それが何か、スミレは真に知る事は出来ぬ。


しかし分かる。


『アレは全てを呑み込む物だ』と。


肉体も。魂も。存在という全てを呑み込む闇であると。


自分自身に、消滅が迫っていると。


未来など視る必要も無く、それが分かってしまった。



――その時、スミレの全身を守るように、轟々と爆炎が舞い上がった。



一瞬身構えたスミレだったが、炎に殺気が感じられず、彼女は男の方を見据えた。


 放たれた闇そのものが、男の指から離れて即座にスミレの元へ伸びる。


しかし、スミレを覆う豪炎が、闇そのものをかき消した上で、消滅していく光景を、スミレも男も、視界に入れていた。



「まさか」



突如、男の背後に迫る、朱色の着物を着込んだ女性の姿。


女性は右手で男の後頭部ガシリと握りながら、雄叫びのような、悲鳴のような声を高らかに放った。



「マモン――ッ!!」


「貴様――生きて、っ!?」



 女性の絶叫と、男の驚愕は、同時だった。


女性の右手からは豪炎が舞い、男は炎に包まれたように見える。女性はブンと腕を振り、男を『ぶん投げた』のだ。


男は視界に捉える事が出来ぬ遙か彼方まで吹き飛んでいって、女性がその場で、ハァ――と息を吐く。



力なく地に落ちんとする、女性の身体。


スミレは、女性の落下位置まで駆け寄って、彼女の身体を抱き寄せた。



「あ……っ、うっ……」



 驚きのあまり、声が出ない自分が恥ずかしかった。


何度、その名を呼んだか分からぬのに。ようやく出会えた今ここで、彼女の名を呼べぬ自身は、なんと愚かなのだろうか。



――彼女へ、言わなければならない事が、たくさんあるのに。



 スミレは一度、ゆっくりと深呼吸を行った後、尚も震える喉を開き、しっかりと、彼女の名を、呼ぶ。



「っ、ふ、……フレイア……っ」


「……なぁに、スミレ」



 女性――神霊・フレイアは、重たげなまぶたをゆっくりと開け放ちながら、尚も視界の定まっていない瞳で、スミレを見据えた。


 ニッコリと、笑みを浮かべて。



「フレイア、ホントに、フレイア、なの?」


「そうだよ、スミレ。……大きくなったね。その服、カッコいいねぇ……オシャレまでするようになって……お姉ちゃん、嬉しいよ」


「フレイア……ッ!」



 力強く、彼女を抱きしめる。ギュッと、フレイアの体温を感じられるように。



「ごめんね、フレイア、ごめんね……!」


「どうして、スミレが謝るのさ」


「だって私、フレイアの事、傷付けた……大好きな、本当に大好きな、私の友達……、たった一人、私の事を好きになってくれた、大切な人なのに……!」



 自分が傷付きたくなかったから。


『神さまなんて視えません』と嘘ぶいたのだ。


自分が傷付きたくなかったから。


『風の音がうるさい』と無視をしたのだ。


 自分が傷付きたくなかったから。


スミレは、自分の為に涙を流してくれる、たった一人の親友を、否定したのだ。


許される筈はないと、そう思っていた。


しかし、謝らなければならないと思っていた。


それが自分に出来る――たった一つの贖罪だったから。

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