異様時間 二千十八年・六月六日-02
秋音市の郊外。住宅街から遠く離れ、山々ばかりへ目が行く場所にポツンと小さな診療所が立っている。
『キャトル診療所』と小さな看板が立てられている以外は白い山小屋にしか見えぬ診療所の扉を開け、スミレとミズホは木造建築の診療所内を歩く。
診察室とプレートに書かれている部屋のスライドドアを開き、中へと入ると、奥にある椅子に腰かけた女性が、二人の存在に気付いた様だった。
「来ましたね。起きて朝食を食べたらすぐ来るように言いましたのに、全く」
「失礼な、約束は守っているぞ。一時に起きて食事をして、今来たのだから」
「そんなだらしない事を誇らしげに言わないで下さいな」
小さく溜息をついた女性は、肩まで伸びる白髪の生える頭をガジガジとかいた後、スミレとミズホの二人に、患者用の椅子に腰かけるよう促した。
「今日の仕事は何だ」
「お話が早くて助かります。――これを」
女性が、スミレへと一枚の書類を手渡した。
「これは?」
「ここ数日の間、秋音市内で多発している失踪者のリストです。これの調査をお願いしたいと思っています」
「キャトル。何か勘違いをしていないか。私は探偵じゃないぞ」
「ええ。貴方はただの女子高生――では無いですが、少なくとも美少女探偵と言うわけでもありませんね」
キャトルと呼ばれた女性は、ウフフと笑いながら言い、続いて二枚目の書類を、今度はミズホに手渡した。
ミズホは受け取った書類に添付された写真データを見て、少しだけ訝しむように目を細めた後、思い出したように「あ」と小さく呟いた。
「天道さんだ」
「誰ソイツ」
「天道透。この秋音市に本社を持つジュリア医薬・新薬開発部門の責任者です。ジュリア医薬は鳴海カンパニーが出資を行っている会社なので、ミズホさんが知っていてもおかしくは無いですね」
「今日の仕事はコイツからの依頼か」
「ええ。失踪者の動向を調べて、報告を願いたいという事です。原因が分かるのなら、その解決も頼まれました」
「【異端】絡みって事か」
「可能性は高いですね。ジュリア医薬のお偉い様が、わざわざわたくしなんかの所に依頼をするなんて、おかしいですもの」
ふうんと相槌を打ちながら、スミレは失踪者リストを軽く流し読みした。
見た所、失踪者は老若男女均等に分かれている。
五月三十日、富武志保子、六十七歳。
五月三十一日、若宮隆、十五歳。
六月一日、安西時文、七十二歳。
六月二日、高野緑、十九歳……と言った感じに長々と続き、五日目の遠藤正幸で止まった。
ちなみに本日が六月六日なので、今日の被害者はまだ出ていないだけで、このまま放置すれば八人目の被害者が出る事だろう。
一日に一人失踪している点を除けば、男女もバラバラ、年数序列に法則が組まれているのかと観察してみても、それも違うようだ。
「キャトルせんせー、質問いい?」
「はい、何でしょう」
ミズホが手を上げて問いかけると、キャトルもそれに応じた。
「ジュリア医薬って最近、東洋医学に手を出したと思ったら西洋医学に手を出してて、更にこの間は漢方がどうとか、って報告あげてたの。何だか低迷してるみたいだったんだけど、それと関係してるっぽい?」
「さぁ。ですが失踪者がどうなったのか、果たして失踪事件の犯人が、どのような目的で失踪者を利用しているかが判明すれば、関係性は洗い出せるのではないでしょうか」
「警察は。と言うよりこう言うのはニュースになってないのか。うちにはテレビが無いから分からんが」
「どうやら圧力がかけられていて、警察も捜査に乗り出せていないようです。マスコミも抑え込まれている可能性が高いですね」
「それこそジュリア医薬とやらが絡んでるんじゃないのか」
「うふふ。さあ、どうでしょうね」
口に手を当ててそう微笑んだキャトルの表情を見据えて、スミレはフンと鼻を鳴らし、立ち上がった。
「ミズホ、行くぞ」
「あ、うん。キャトルせんせー、じゃあね」
「ええ。吉報をお待ちしていますね」
フリフリと手を振るキャトルの言葉を無視しながら、診療所を後にしたスミレは、ミズホに書類を手渡した。
「キャトルの物言いからして、まずジュリア医薬が怪しい所だな」
「んー、でもジュリア医薬内部だけでも、色んな部門があるからなぁ。販売部門に新薬開発部門、ジェネリック医薬……えっと他に何かあったかな」
「天道某って奴は、新薬開発の責任者なんだよな」
「そだね。この間グループパーティで会ったけど、最近も新薬の開発に取り掛かったって言ってた」
「どんな薬なんだ」
「えっと、人の細胞分裂をどうとか言ってた気がするけど、アタシバカだからよく分かんなかった。適当に『すごーい』って言っといた」
「……よく分からん。ソイツと話せるか?」
「え? えーっと、連絡先連絡先……あった」