私怨巫女 二千十八年・五月十一日-12
「まさか、あの子が無意識に【リジェネレイト】を使役するとは思いませんでした」
「り、リジェネ、レイト……?」
「錬金術師が使用する、物質を即時変換させる技術です。触媒回路を遺伝子に書き込まれている錬金術師特有の技能ですね」
「な、なによ、それ。魔技使いでもあって、錬金術師でもあるなんて……卑怯じゃん、そんなの、卑怯じゃん……!」
「自身の才能を過信し、ただ闇雲に人の生を奪おうとした、貴女の言葉ではありませんね」
「まだ、終わらないし……! 聖堂教会だって、アタシを殺すわけにはいかないし、傷を癒したら、アイツを殺してやる、今度こそ、完膚なきまでに……!」
あら? と。そこでキャトルは、呑気に首を傾げながら疑問符を浮かべた後、ウフフと小さく笑みを浮かべた。
「どうしてそんな事が言えるのかしら?」
「だって、そうじゃん。アタシはこの世に居るプリステスの中で、一番強いんだ。そんなアタシが何をしたって、聖堂教会は許してくれる。アンタも聖堂教会から命令を受ければ、アタシを殺す事なんて出来ないでしょ?」
「本当に、何にも知らない、ガキなのですね。貴女は」
美紀子の背中を強く蹴り付けたキャトル。美紀子は顔面から地面に身体を預け、ギョッとした表情をキャトルへと向けた。
「なら一つ、良い事を教えてあげましょう」
キャトルは、自身の両手中指に装着していた指輪――アルターシステムの宝石部を繋げ合わせ、手首を捻る。
「変身」
カチリと音を鳴らしながら放たれる光。光は、キャトルの全身を包み込んだ。
彼女のまとう衣服が変化を遂げていく。
背中まで伸びる白髪は純白の頭巾で覆われ、その姿が見えなくなる。ウィンプルと呼ばれる頭巾が展開された後、上に黒いベールが展開された。
髪の毛が全て覆われた事により、美しい表情が全て際立って見えるようだった。さらに衣服は白色のワイシャツ姿から、白と黒の彩色が入り混じる、ゆったりとしたくるぶし丈のチュニックをまとう。所謂、修道着と呼ばれる装束。
太腿に巻きつかれているホルスターに手を伸ばして二丁の半自動拳銃を抜き放ちながら、キャトル――否。
プリステス・キャトルは、眼前で倒れ込む少女を見据えた。
「貴女はやけに順番を好んでいるようですけれど、この聖堂教会が定めた順番は、力量順では無いと知っていたかしら」
「え」
「知っている筈はないでしょうね。知っていたらそんな風に呑気で、ガキみたいな思考回路を持ちはしないでしょうから」
「じゃ、じゃあ、この順番は、何なの? アタシは、何の五番目なの? アンタは何の四番目だっていうのよ……!?」
「分からない? 聖堂教会にとって、都合のいいプリステスの順番です。
聖堂教会に御心を捧げ、世界各国に飛ぶ事を、さらには人殺しもいとわない、トライナ・ショルディ――プリステス・アン。
莫大な富を持ち、聖堂教会に対して資金援助を行う、イゾルデ・イルス――プリステス・ドゥ。
政府高官を父に持ち、日本政府と聖堂教会との橋渡しでもある、篠浦理恵子――プリステス・トロワ。
ほら、聖堂教会にとっては、都合のいい人材ばかりでしょ?」
――違う、そいつらじゃ無い。
美紀子はボロボロと涙を流しながら、ふるふると首を振った。彼女の姿を見据えて、問いたい事を察したキャトルは、ワザとらしく「ああ!」と声を上げた。
「おそらく四番目のわたくしは、あれですね。【アルターシステム】の開発に着手した魔技師であり、錬金術師であり、プリステス。キャトル・トワイラル・レッチ。
そして貴女は――常に人材不足のプリステスを、何時の代も供給し続けてくれる本間家の娘であり、幼い頃から災いを殺す為だけに生きてくれた、可哀想なガキ……本間美紀子でしょう」
自身を、特別な人間だと思っていた。
それ以上に特別な者が許せなかった。
だが美紀子が考える【特別】なんてものは、組織からしたら「都合の良い存在」という意味合いでしか無くて。
自身を過信していた愚かさが、何とも滑稽だと思った。
「あは……あははは、あははは……っ」
「可哀想な子。貴女は生まれてからの自由などなかった。彼女のように、神さまでもいいから――友達となってくれる人が居れば、貴女の人生は、もう少し彩りがあったのでしょうね」
けれど、と。キャトルは言葉を続けた。
「貴女は人の生を奪い過ぎた。人が本来持てる業を多く背負い込み、そして自分で自分を殺すのです」
「ひひひっ、ああは、あはは、っ」
美紀子は笑いを絶やさない。笑っていなければ、自身の愚かしさで、自分の舌を噛み切ってしまいそうだったのだ。
「死にたくない?」
「ふふふ、うん、死にたく、ないなぁ……あは、あははっ」
「そう。わたくしも出来れば貴女のような女の子を殺したくはないの。本当に、可哀想な五番目」
「助けて、くれるの……? アタシ、まだ、まだ死にたくない……あはっ」
ニッコリと、柔らかな笑みを浮かべたプリステス・キャトルは――その表情に似合う緩やかな動きで、美紀子へと右手を差し伸べた。
小さな手が伸ばされた事を感じ取り、美紀子は本当に嬉しかった。
――こんなにも愚かな自分を、助けてくれる人が居る。
――これからアタシは、この人の為に、自身の命を使おうと思うのだろう。
――それが、人の生を奪い過ぎた自身に出来る、たった一つのご恩返し。
プリステス・キャトルの口が、小さく開いた。
「やっぱりだぁめ♪」
彼女は右手を引いて、左手で握っていた拳銃を、美紀子へと向ける。
目を見開いて、拳銃の引き金を今にも引こうとしているプリステス・キャトルへ視線を寄越すと。
――彼女は微笑みを浮かべたままだった。
女神のよう、と形容できる表情を見せつけたまま、無慈悲にも、引き金を引く。
銃弾は、乾いた音を奏でながら放たれ。
真っ直ぐ軌跡を描きながら、美紀子の脳天へと着弾する。
ブルリと、体が震える瞬間。
美紀子は儚い夢を見た。
『美紀子、貴女は聖堂教会に御心を捧げる、プリステスとなるの。それが貴女にとって。いいえ、世界の幸せになるのよ』
何時も美紀子へと語り掛ける、母の夢。
そんな母へ向けて、愚かしくも厚かましい美紀子は、こう言葉を返す。
「……ウソツキ。アタシの幸せなんて、どこにも無かったじゃん、チクショウめ」
今、本間美紀子という一人の少女が描く人生は、終わりを告げたのだ。




