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異端の百合園  作者: 音無ミュウト
第二章
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私怨巫女 二千十八年・五月十一日-12

 スミレ自身が、この諍いを継戦させて時間を稼ぐ体力が残っていない事を悟るには、それ程思考を回す必要は無かった。


元々病院通いで満足に運動をする事も許されていない彼女が先ほど覚えたばかりの魔技と言う力は、彼女の身体を次第に壊していくようだった。


身体がギシギシと、軋む様に痛いと感じたスミレは、眼前に佇む少女を視線に入れたまま、深く溜息をついた。



「限界? お姉ちゃん」


「ああ――もう、お前を倒す以外、私が生き残る道はないんだろうな」


「そんな事、出来ると思う?」


「出来る出来ないじゃない。やるんだ」



 そう。できなければ、死ぬだけ。


スミレは、もう考える事を、止めた


ただ視線で視える光景を一切振り払い、脳内に溢れ出る映像を元に、駆け出した。



――長太刀が上段から振られ、スミレの身体を切り裂く映像を認識して。



今度は魔技を用いずに、小さく右方向へと跳んだ後に、鉄パイプを乱暴に横薙ぎする。自らの後頭部を狙う鉄パイプの一閃を屈んで避けたプリステス。



――長太刀の柄に手を添えて、刃の切先をスミレの腹部に突き刺そうとする映像を認識して。



プリステスの脇元へと引かれた長太刀を持つ右手を、強引に抑え込む。零距離まで接近したスミレは、彼女の小さな顔、その顎に自身の頭部を叩きつけた。


グラリと揺れたプリステスの身体を、思い切って蹴り付けた。無意識に魔技を使役していたのか、普段の彼女らしからぬ脚力でプリステスを蹴り飛ばし、プリステスはビルの壁に体を叩きつけられた。



「く――そ女がぁっ!」



 もう言葉遣いなどを気にしている暇もないのか、乱暴な言葉でスミレを罵倒するプリステスは、身を起き上がらせ、いつの間にかスミレの眼前へと迫っていた。


その俊足に一瞬だけ思考を乱されたスミレ。



――取っ組み合いの末、スミレの身体を地面に預けさせた後、刃を心臓に突き刺そうとする映像を認識して。



そうはさせるかと、スミレも短く地面を蹴った。


顔面と顔面がぶつかり合う。額と額の衝突は、互いの脳内を揺らした。そして近距離故に、プリステスもスミレも、手に持つ刃や鉄パイプを振り切る事もできやしない。


そうなると、体格が成長しているスミレの右膝が、プリステスの腹部に叩きつけられる方が早かった。


ゴリッ、と鈍い音を鳴らして、骨を殴打するような感覚。間髪入れずに左手を握り拳にしてプリステスの頬に叩き込むと、プリステスは口内から血を吐き出しつつ、眼を見開いた。



「あ、がぁ……っ」


「ッ――!」



 そこで、スミレの身体は限界に達した。


もう、足を動かす事が出来ない。後数ミリでも動かせば体制を崩し、身体を地面に預けてしまう事は、その眼で未来を認識するまでも無い事実だった。


目の前の少女は、そうでは無い。


まだ動ける。彼女はまだ動けるのだ。ならば、スミレの身体を滅多刺しにする事も容易い。



――確実に彼女を貫く、一刺しが欲しい。



だが手にあるは、何の変哲も無い、鉄パイプ。剣では無い。ごく普通の人間を殴殺する事は容易くとも、肉体を強化するプリステスと呼ばれる【異端者】を、殺しきる程の力を持たぬのだ。



「貫け……!」



 だが、スミレは、ほんの数センチ離れ、未だに体をよろめかせているプリステスの腹部に向けて、右手に持つ鉄パイプを押し込んでやろうと、突き付けていた。



「――貫けぇええええっ!!」



 怒号と共に。


熱く燃える感覚が、彼女を襲った。


右肩の関節部から、バチッと火花が散った。


火花は関節部から次第に彼女自身が持つ鉄パイプを包み、丸みを帯びた鉄の物体を――切先が鋭い尖りを見せた、槍へと【変換】させる。


槍の切先は、プリステスの白衣と緋袴を裂き、その腹部を、貫く。


プリステスの口から下たる、僅かな血液。


血液は彼女の端麗な顔を彩り直す化粧となりて、そしてプリステスは、絶望を一身に受けたような愕然とした表情を浮かべ、自身を貫いた槍を、乱雑に抜き放った。



「う、……ああああ、っ!」



 今まで体感した事の無い苦痛。


槍によって空洞を作った身体から溢れる出血は、彼女の身体を段々と麻痺させていく。


プリステスは数歩後ろへと下がると、槍を手放し、お尻から地面へと倒れた。


スミレの身体も、前のめりで倒れた。もう立ち上がる力も無ければ、顔を上げる体力も無い。



「あっ……はぁ、はぁ……っ!」



しかし、まだ足りぬ。まだ足りぬと。


スミレはただ我武者羅に、幾度も立ち上がろうとして、その度にまた身体を倒す。


そんな彼女の様子に恐怖を感じたプリステスは、痛む腹部を堪えながら、自身の両手を用いて、尻もちを付きながらも近くの路地裏へ、身を隠そうとした。



だが身体は、何者かに阻まれた。



背中に当たるのは、誰かの足。スラリと曲線を描いた太腿が視えて、プリステスはギョッと、その者を見据えた。


自身を見下ろすは、鋭い眼光を宿した女性であった。


綺麗な白髪。端麗な顔立ち、そしてフフッと微笑んだ女性。


キャトルは、刃のように尖る瞳を、プリステス……否、本間美紀子へと向ける。

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