私怨巫女 二千十八年・五月十一日-09
「っ……、悪い鳴海。二回目だから、まだ加減が分からん」
「べ、別にいいけど……スミレ今、魔技を使ったの? 凄いじゃん」
「そうしなきゃ、私たちは叩き切られて――っ!?」
右目を抑え、眉間に皺を寄せたスミレにミズホが近づこうとした瞬間、スミレが彼女の身体を突き飛ばした。
二人の間を、刃が通り過ぎる。
突き飛ばされた事により刃を避けたミズホ。間に通った刃を突き付けた者――プリステスを見据えたスミレ。
「へぇ、やるじゃん魔技師」
「何が目的だっ! 私たちを殺して、それが一体何になる!?」
「だから、何度も言わせないでよ。……いらないの、二人ともさぁ」
飽き飽きしたと言わんばかりに溜息をついたプリステスは、しかし何か思いついたようにニヤリと笑い、腰に備えた鞘に刃を収めた。
「でも、簡単に殺しちゃ詰まらないから、遊ぼうよ、お姉ちゃん達」
「遊び……? お前、何を」
「鬼ごっこだよ。今から一分間、お姉ちゃん達が逃げて、アタシがそれを追いかける。これなら少しは面白くなるでしょ?」
「ふざけんな……っ! 子供の遊びに付き合ってられるかっ!」
「じゃあ、数えるよ」
一、二……と口にし始めたプリステスの姿にチッと舌打ちをしながら、ミズホの身体を抱き寄せて、再び足に力を込める。
「歯を食いしばれ、鳴海……!」
「う、うん――ッ!!」
地面を、力強く蹴り付けると、高く高く空を舞う二人の身体。
それは森林を抜け、公園を越え、秋音市のオフィス街の道路へと着地した。
突如、空から降ってきた少女二人の姿にギョッとする通行人に気をかける暇もなく、スミレはミズホの身体を下しながらも手を握ったまま、走る。
「ど、どこ行くのスミレ!」
「キャトルの所だ! 少なくとも現状を把握してるのは、アイツしかいない!」
「また跳べばいいんじゃ」
「緻密な制御が出来ない! 今のは運が良かったが、今度はどこまで跳ぶかも分から――っ」
三度、目を抑えたスミレ。彼女は地に膝をつきながら、今度は一緒に頭も抑えた。
「ど、どうしたの、スミレ」
「わ……悪い、鳴海。手を貸してくれ」
「どこか、体調悪いの?」
「……視過ぎた。気持ち悪い」
「今度は、何を視たの?」
「このままじゃ、私たちはアイツに追いつかれて、殺される所だ」
ハハッ、と。自傷気味に笑ったスミレは、しかし本当に気持ち悪そうに口元へ手をやった。
――自身が斬殺される光景を視たと言うのならば、確かに気持ち悪くなってもおかしくは無い。
「少し、休もう」
「そんな暇は、ない。すぐに、キャトルの所へ」
「じゃあ警察呼ぼうよ。殺されかかってるって言えば、すぐに来て」
「信じて貰える筈がない。なんていうんだ? 小学生みたいな奴が刀振り回して、殺しに来てるから早く来いって? 大体来たとしても巻き込むだけだ。アイツがそんな程度で止まってくれると思うか?」
頭イカれたガキだぞ、と言ったスミレの言葉に、ミズホもグッと息を呑んだ。
……駆けつけた警官すら殺すプリステスの姿が、容易に想像できたのだろう。
「じゃあやっぱり、せめて休もう。このままじゃスミレ、頭おかしくなっちゃうよ」
「しかし、っ――いや、すまん。そうする」
ミズホの提案に一瞬否定をしようとしたスミレだが、しかし目を閉じて頷いた。
彼女はずっと目を閉じながら、ミズホに手をやった。手を貸してくれ、引っ張ってくれという意味だと察したミズホは、まず彼女の手を引いて、ビルとビルの間へと身を寄せた。
薄暗く、少しだけ埃っぽく感じる隙間の空間。スミレはハァ――と息を吐きながら、流れる汗を拭った。目は閉じたままだ。
どうすれば良いか。
スミレはただ、それだけを考えていた。
自分の命だけが狙われているのではない。
隣に居るこの少女も、同じく生命の危機にある。
――その未来だけは、何としても、避けなければならぬのだ。
「……鳴海、いいか」
「う、うん」
「このままじゃ、私たちは殺される。あの、わけわからんクソガキに、惨殺される」
「……うん」
スミレの言葉に小さく頷いたミズホ。彼女はポケットの中にあったハンカチでスミレの額に流れる汗を拭いながら、続きの言葉を待った。
「現状、アイツから逃れる方法を知っているのは、キャトル一人だけ。その辺の大人に助けを求めたって、ただ被害者が増えるだけだ」
「それは、分かるよ」
「しかし、私はこんな状態だ。眼鏡も投げ捨てちゃったから、眼を開けると嫌な未来がダクダクと頭ン中で暴れまわる。これは、今の私には、止めようが無い」
スミレが、何を言わんとしているのか、ミズホにはそれが、分かってしまった。グッと顎を引いて、下唇を噛んだ。
「――なら、取る方法は一つしかない。
私がアイツを引き付けるから、お前はキャトルの所へと走れ」
「でも、それだとスミレが」
「ならどうしろっていうんだ? お前に魔技は使えない。少し使える私でもこんな状態だ。二人とも殺される方が良いって言うのか」
「そうじゃない、そうじゃないよ。でもそれだと、スミレが死んじゃうじゃん」
「気にするな。――どうせ私には、こんな未来が、相応しかったのかもしれない」
フフッと、小さな笑い声を口から漏らした。彼女は、何だか寂しさを感じながら、ふと昔話をしたい気分になったのだろう。
淡々と、語り始める。
「私は、小さい頃から神さまが視えた。フレイアって神さまが視えて、フレイアは私と仲良くしてくれた。
……私には友達がいなかったから、フレイアと友達になれて、本当に嬉しかったよ。
けれど、フレイアが視える私を、世間は【異常者】って呼んで、医者は笑顔って仮面を被りながら注射を打って、そのせいでまた拓いた眼は、今度は未来を視せたよ。
フレイアは、それでも隣に居てくれた。私に寄り添って『頑張れスミレ』って、言ってくれた。
だが注射は、もっと打たれた。元から注射が嫌いな女の子が、訳も分からん注射を打たれ続けて、止めてと懇願しても、フレイアの存在を肯定し続ければ、また打たれる。
そんな日常の中で、私は次第に、壊れていった。そして、嘘をつくようになった。
『神さまなんて視えないです』って……『フレイアって誰ですか?』って嘘ぶいて……薬が打たれないように、逃げたんだ」




