私怨巫女 二千十八年・五月十一日-07
「っ、あ――ッ」
頭を抑え、深く深呼吸をして、スミレは膝を折る。
「スミレっ!」
名を呼びながら、駆け寄るミズホの声は分かった。しかし、今彼女を――視てはならないのだ。
流れ出る滝汗、再び眼前を見据えると、キャトルが目を細めて口を開いた。
「視えましたか?」
「あ……っ」
「わたくしの未来を視ましたね。何があるのです?」
「わ、分からない……けど、お前が倒れていて……その一瞬だけしか、視えなかった……!」
「あら、わたくしが倒れている? どんな輩が狙っているのだと言うのでしょうか?」
はて? と、気楽な声をあげながらスミレの背中を擦ったキャトルは「まだまだ回路のオンオフを切り替える練習が必要ですね」と笑いながら、スミレに眼鏡を差し出した。
「一先ずは眼鏡を使ってください。身体強化だけでもしっかりとこなせるようになれば、魔技眼の切り替えも可能になる事でしょう」
「あ……ああ、っ」
「今日はお帰りになられた方がよろしいかと思いますよ。また明日、こちらにいらっしゃってください」
そうする、とスミレが答えながら眼鏡をかけ、再び見えにくい視界へと戻っていく。
「あ。そう言えば……あなた方のお名前を、聞いていませんでした」
ミズホがスミレの肩を支えながら。
スミレは小さく息を吐きながら。
その問いに、答える。
「中村……中村、スミレ」
「アタシは、鳴海ミズホです」
「中村スミレさん。そして鳴海ミズホさん。……そう、中村徳峰様の、ご息女でしたのね」
「……父さんの事を、知っているのか?」
「ええ……わたくしが、尊敬するお方です」
フリフリと手を振りながら見送るキャトルの笑顔を見据えながら、二人は歩き出す。
――何だか妙な時間を過ごしたものだと、二人の思考が繋がった。
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スミレとミズホが退去してから、キャトルはしばし笑みを浮かべつつ、その場で立ち尽くしていた。
「――さて、貴女ですか? わたくしを倒してくれる方というのは」
「そうなる筈ね。でも、少し気が変わっちゃった」
いつの間にか。
そう、いつの間にか。
キャトルが普段腰かける椅子に、一人の少女が座っていた。
小さな体と薄い桃色のワンピースを身にまとい、ニヤリと笑みを溢した少女。
「プリステス・サンクさんですね。お噂はかねがね」
「そう言うアンタは、プリステス・キャトル。最近【災い】狩りをしてないみたいじゃない。……気に食わない」
混じり合う視線。二人の間を行き交う殺気。
しばしの時をそうして過ごしていると、プリステス・サンクと呼ばれた少女は、フッと息を漏らしながら、椅子から下りた。
「聖堂教会からは許可を頂いておりますし、今この秋音市には他にプリステスがおります。わたくしが出張る必要も無いでしょうに」
「そんな怠惰なアンタが【四番目】で、アタシが【五番目】って事が気に食わないのよッ!」
「今朝ニュースに出ていた女性の斬殺死体。名前は篠浦理恵子と出ていましたが、プリステス・トロワを殺したのは、まさか貴女?」
「そうよ。だってあの人弱かったんだもん。【三番目】の癖に【五番目】のアタシより。てことは殺されても仕方ないんじゃないの?」
「【アン】であるトライナ・ショルディと【ドゥ】であるイゾルデ・イルスも殺されたと聞きます。貴女は自身より高く評価されている【プリステス】を、次々殺していっているのですね」
「そう、そうなの。まぁ一番目を殺せた段階でアタシが最強って事は分かっていた事だけれど、どうせだったらアタシより評価高い奴ら、全員始末してやろうと思っててね」
「貴女はなぜそこまで、順番に拘るのです? この名が欲しければ差し上げましょう。しかし命を軽んじる貴女を、許す事はできません」
「そう――でも、ちょっと勝負はお預けにしてよ」
鼻でキャトルを笑いながら、少女が診察室のドアへと向かっていく。
「さっきの二人、アンタの弟子なんでしょ? どうせだったらアイツらから先に、殺してあげるわ」
「待ちなさい。彼女たちは【プリステス】では無い。わたくし達、聖堂教会とは何ら関係ないのです」
「知った事じゃないわ。アタシは、アンタの大切なものを、全部八つ裂きにしてやろうって言ってんのよ」
ドアが開けられ、立ち去っていく少女の姿を、キャトルは駆け足で追いかける。
しかし彼女の姿は、既にそこには居なかった。




