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異端の百合園  作者: 音無ミュウト
第二章
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私怨巫女 二千十八年・五月十一日-06

「魔技はそれを使役する魔技師が、魔技の動力源である森羅万象のエネルギー・マナを利用した魔法技術です。しかしマナだけでは魔技を使役する事はできません。魔技師とマナの間に回路を作る必要があるのです。


 貴女は生まれながらに、自らの眼球を回路と貯蔵庫にし、マナを外界から補給した上で、神霊識別の力を発動していた。貴女の眼球が回路であるのならば、その回路を閉じる方法は、眼球そのものの機能を封じるしかありません」



 しかし、後に付属された【力】は違うと、キャトルは言う。



「【予測視】と【千里眼】は、多量投与された薬剤の抗生物質が眼球へ影響を及ぼしてしまった結果です。いわば貴女の眼球に残った抗生物質が回路となり、二つの力を引き出してしまっている」


「その回路を閉じる方法はあるのか」


「閉じる事はできませんが、こちらは遺伝的要素では無く外的要素から生まれた力ですので、先ほども言いましたように、オンオフの切り替えは可能です。回路にスイッチを設ければ良い」


「それが、このレンズってわけか」


「はい。ようやく正解です」



 キャトルいわく、スミレの眼は無意識に得たマナを、まずは【神霊識別】の力へと送り届け、残ったマナを【未来予測】及び【千里眼】の魔技眼へと送り届けているのだと言う。


渡されたコンタクトレンズは切り替えスイッチとしての役割を持ち得、未来予測や千里眼、あるいは別の術式を使役する為に用いるのだと言う。


 内心穏やかでない心を隠しつつ、スミレはとりあえずレンズを付けてみる事にした。近くにあった洗面所でコンタクトレンズを指に置いて、慎重に目へと入れ込んだ。


数秒は異物が入り込んだ事によって違和感があったが、次第に馴染んでいくように感じられた。まぶたを開けたり閉じたりしながら「付けたぞ」とキャトルへ。



「では、基本的な魔技を三つ、教えましょう。この三つが全ての魔技を使役する為に必要な基礎になりますので」



 先ほど魔技を見せる為に装着した、右手の中指にある指輪を一度スッと撫でたキャトルは、机の引き出しにあったオイルライターを手に取り、火をつけた。


 火はライターの先端から僅かに揺れ動く。オイルが少ないのか、少しだけ手が揺れるだけで消えていきそうな程、儚げな火だった。



「――ッ!」



 一瞬、瞬きをした瞬間。


スミレの眼前にあった弱々しい火が、まるで調理の際に行われるフランベのように、轟々と燃え盛っている。


火を発するライターは何も変わらない。しかし実際に放たれている豪炎は天井に届かんかと言わんばかりに火柱を立てていた。



「これが一つの基礎【強化】です。マナの消費量に応じて、特定の事象を強化させる魔技ですね」



 続いて、と。彼女が呟いた瞬間。


燃え盛る火柱が【溶けだした】。


炎は姿を変え、水へと変化し、まるで滝のようにキャトルの手へと降り注いだ。



「二つ目【変化】――これは分かりやすいですね。マナを投じて指定した事象を【変化】させる魔技の基礎。投じるマナの消費量に比例して、物理法則を無視する事も可能です。そして先ほどお見せした」



濡れて、炎の発せぬライターが、キャトルの手から離れた。それはキャトルの眼前へと独りでに移動し、丁度こめかみの数センチ先で留まった。



「残る一つ【操作】です。これはマナを投じた対象物を移動させる為のもので、投じたマナの消費量によって移動速度や距離が異なります」



 魔技師が使役する術は以上の三つを応用した技術なのだと、キャトルは言う。



「魔技眼も【変化】の魔技を使役して行われる一つです。貴女は無意識に【変化】を行い、神霊識別の魔技眼を使役しています」


「使い方は?」


「もう、急かしますね。ですがいいでしょう。貴女の場合は回路が目にあるのですから、それを特定の場所にマナを移動させるように集中なさって」



 スミレはしばし目を閉じて――試しに「足へと移動しろ」と、内心で命令を下す。


何か、力の移動が感じられた。足元に感じる僅かな温かさを認識したスミレは、しかし何も起こらぬ足で、床を軽く蹴ってみた。



「ひやぁああっ――!?」



 変な声が出たと同時に、スミレは眼前に立つキャトルへと身体を突っ込ませていた。


 顔面に当たるキャトルの乳房、感じる柔らかさ、それを味わうヒマもなく、キャトルとスミレは床に倒れた。



「いっ……つつ」


「痛ったぁい……ですが、成功ですね……」


「今の、何だ。床を蹴ったと思ったら、いつの間にか前のめりに身体が突っ込んでいった……」


「どうやら足にマナを集中させて【強化】させたようですね。どの程度のマナを投じたかはわかりませんが、投じた分だけ脚力が上がった筈です……アタタ、腰を打ちました」



 立ち上がりながらトントンと腰を叩き、スミレへと手を伸ばすキャトル。手を取りながら立ち上がったスミレは、先ほどまであった足元の温かさが感じられなくなっていた事に違和感を覚えた。



「今ので、マナってのが切れたのか?」


「いいえ。マナが補給できる限り補給され、貴女の眼に留まり続けます。しかし回路は作動していて、マナの移動を命じれば至る所にマナを投じる事が可能です。


 貴方の場合は体内に回路を有するが故、体内を【強化】、【変化】、【操作】する事が可能になるでしょう。しかし今の貴女では、マナを投じただけで発動できる【強化】のみしか、使役は難しいかと」


「しかし意外と簡単なんだな。もっとこう、呪文とか、ぴぴるぴるぴる、とか言葉にするのかと思った」


「呪文を用いての魔技はない事はありませんし、その方が神秘性を高める事が出来ますが、汎用性に欠けますからね。昨今の魔技師は簡単なものであれば、即座に使役可能な魔技しか用いりません」


「なるほ」



 と、そこで。



スミレの目に、一瞬ノイズが走ると同時に。



――目の前にいるべき筈のキャトルが、床に倒れている映像を、頭の中で『認識』してしまう。

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