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異端の百合園  作者: 音無ミュウト
第二章
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私怨巫女 二千十八年・五月十一日-04

「あらあら、まぁまぁ」



 LEDペンライトを手に持って、スミレの眼球をよく観察しているキャトル女医。彼女はスミレに「眼鏡を外して椅子へお掛けなさって下さい」と命じた後、有無を言わさず眼鏡をひったくり、その上で呑気な声をあげている。



「何とも、歪な力です事」


「人の目を見て失礼な」


「ですがそう言うのも仕方がない事ではありませんか? 後天的な魔技眼はわたくしも有しておりますが、貴女のように先天性と後天性の複合性魔技眼は見た事がありません」


「マギ……なんだって?」


「ああ、何もご存じではありませんでしたか。では、ご説明いたしましょう」



 ひったくった眼鏡を返却したキャトル。それを装着したスミレ。



「魔技とは、簡単な言葉で形容するのならば、魔法の事ですね。人理で成し得る事が出来ぬ事象を、森羅万象が持つエネルギー・マナを用いて発生させる、魔法技術の略称です」



 淡々と説明したキャトルは、白衣のポケットに入れていた、一つの指輪を取り出した。今のスミレにはよく見えていないが、ミズホには綺麗な緑色の宝石が埋め込まれている指輪だと分かった。



「これを、こう」



 指輪を、右手の中指に装着したキャトル。



「そして、こう」



 指輪をはめた右手を握り拳にし、診察室の入り口近くに置かれた花瓶へと向ける。ちなみに花は飾られておらず、ただ古い水だけが入った透明のガラス花瓶だ。


それが、動いた。


独りでに、誰も触っていない筈の花瓶が、今まで小さな机の上に置かれていただけの物が動き、あまつさえ机から離れ、浮いたまま移動を開始したのだ。


ミズホが、愕然と言わんばかりの表情で、キャトルと花瓶の進路上を慌てて確認するが、何も仕掛けは無い様に見えるし、ちょっと花瓶を突いてみると、その押した力に応じて花瓶は揺れ動いた。


 そして最終的に――花瓶は、キャトルの手に収まったのだ。



「はい。これは魔技の基本的な技術である【操作】です。マナを用いて対象物を操作する事が出来る、一番わかりやすい証明方法かと思います」


「すっごいっ!! ホントに魔法使いだっ!!」



 興奮を隠しきれぬミズホは、キャッキャとはしゃぎながらキャトルの元へと駆け、彼女に願い出る。



「ね、ね、先生! アタシにも魔技って奴、教えて!」


「残念。魔技を使役する為には先天的な回路が必要なのです。見た所貴女には、その回路は無さそうです」


「何さそれっ! なら、スミレにはあるって言うの?」


「生まれながらにして魔技眼を有する彼女であるなら可能です」


「ならスミレ、先生に魔技教えて貰おうよ! 覚えればもしかしたら、眼の事もなんかわかるかもよ?」


「そんな事どうでもいい」



 キッパリと言い放ったスミレは、眼鏡の位置を調整しつつ、キャトルへと訊ねた。



「私が聞きたいのは、この眼の事だけじゃない」


「では貴女は、わたくしに何を求めると?」


「人を――いや。神さまを探している」



 ピクリと、キャトルが一瞬だけ反応した。



「神さま――貴女、ひょっとしてその眼で」


「神さまが視える。……いや、視えていた、という言葉の方が正しいな」


「神霊識別、ですか。確かに先天性の魔技眼は、本来識別し得ないモノを視る事も、珍しくはありませんが、それでも驚愕と言えるでしょう」


「神さまの名はフレイア。私は彼女に、どうしても会わなくちゃいけない」


「理由を、お聞きしても宜しいのでしょうか」



 キャトルの言葉に、スミレは視線を、地面へと向け、その上で口を開く。



「……一言、謝りたい。ただ、それだけだ」


「そうですか」



 彼女の言葉で、何かを察したように苦笑を浮かべたキャトルは、スミレの手を取って、言う。



「貴女の眼、ただ神霊識別の力だけではありませんね」


「ああ」


「魔技をご存じない所を見ると、力を得たくて得たわけでは無さそうですが」


「子供の頃は、フレイアを視る事しか出来なかった。でも次第に『未来を視る』ようになって、もうしばらく経った後に『遠く離れた場所の光景を鮮明に視れる』ようになった」



 詳細を語るスミレ。深く溜息をついたキャトル。



「――大体、察しました、プロイゼパム、ロアラエチルも投与されていますね」


「え。先生、何それ呪文?」


「抗不安剤の事です。医師による投薬が行われている筈なので身体的な副作用はないと思われますが、魔技眼にとってこれらの抗不安剤は、却って力の拡大を引き起こす可能性が高いのです。


 スミレさんは、幼い頃から神さまを視る力があった。けれど普通の人間――いいえ、我々魔技師にとっても、神霊識別を行う事が出来る技師は、ほんの一握り。居ないと言っても差支えない。


 何も知らぬ医師に精神異常と診察されてもおかしくはありません。結果、投与された抗不安剤によって、更に魔技眼は別の力を得てしまったようですね」



 キャトルは立ち上がり、診察室の窓を覆っていたブラインドを上げた。


差し込む日差し、生い茂る木々の揺らめきが目に入り、キャトルはフッと息を吐いた。

※当作品に登場する薬の名称は全て架空のもので、投薬方法も通常の投薬と異なります。

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