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異端の百合園  作者: 音無ミュウト
プロローグ
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プロローグ

 それは、まだ私が小さい頃の、小学二年生の夏休みの話。


私は暇を持て余していた。友達と遊ぶことも無く、部屋で遊べるものも、あの頃には全く無かった。


 テレビゲームも家には無くて、両親は小さい私を残して共働き。そんな中で小学二年生の女の子がやる事など、たかが知れていた。


母親の化粧品を漁り、口紅を出して口に塗りたくり、それだけでイケてる女になった気で居て、セクシーポーズをとってみる。可愛いと自画自賛してはしゃぎ回り、鏡の前で調子に乗りながら言うのだ。



「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは、だぁれ?」



 今思うとバカみたいな生活。だけど――そこで普通と違うのは、その問いに返事が来た事だ。



『それはアタシ。誰が美しいって、アタシが一番美しいのよ。じゃなきゃ許せなくてアタシゃ、この世界を壊しちまうさ』



 綺麗な女性の声だった。憧れの女性であるお母さんより若く、また学校の先生のように媚を売るわけでもない。鏡に向かってキョトンとしながら、先ほどの声がどこから発せられたのかを確かめようとしていた。



『ココ、ココ。後ろ後ろ』



 そう言われ、ようやく振り返った私の目前に、凄く綺麗な和服のお姉さんが映った。髪の毛は長く澄んだ黒であり、笑顔が似合うきめ細かな肌色の肌、そして何より美しいプロポーションは、女として憧れる一線を軽々と通り越している。



「だれ?」



 そう尋ねると、女性はニッコリとほほ笑んで問いに答えてくれる。



『アタシは、フレイア。神さまのお姉ちゃんだよ』


「神さま?」


『そー。アンタには、アタシが視えてんのね……嬉しい、嬉しいわ』



 フレイアと名乗った女性は、化粧落としを使って私の唇に塗られた口紅を拭き取り、優しく撫でるように口紅を私の唇に滑らした。


綺麗なルージュが輝き、パッと美しさが増すようで嬉しかった。無邪気な顔でフレイアに向き直ると、彼女も無邪気な顔で笑っていた。



『アンタ、名前は?』



 フレイアがそう尋ねる。



「スミレ、中村スミレ!」


『よしスミレ。お姉さんと遊ぼう』



 フレイアが私の手を取って駆けだした。家の中を走り回り、私もそれに続く。


この時は、この楽しい日々が――永遠に続くものだと、そう思っていた。



**



少女――鳴海ミズホは、何の目的も、何の理由もなく、一つの住宅街を歩き続けていた。


自身が生まれ育ってきた、古巣とも言える秋音市に乱築された民家へ、無意味な視線を向けつつ歩く彼女の外観は、非常に整っている。


身長は百六十一センチと、女性にしてはそれなりの身長。小さな顔と端麗な目、鼻立ちは、横切る男性の目を惹くような魔性すら感じさせる。髪は薄い紫色、下せば腰まで届くロングヘアを頭頂部で二つ結び、いわゆるツインテールと呼ばれる髪型にしていた。


 そんな彼女のまとう衣服は、秋音高等学校の女子用ブレザー服だ。


 彼女は五月初めで気温も二十度であるにも関わらず、彼女は紺色のブレザーを律儀に着込んでいた。



「あー……タイクツ」



ミズホはただ一言そう呟くだけで、決して自身が通うべき筈の学校へは歩を進めていなかった。むしろ進行方向としては逆方向で、秋音高校の場所を知っている者からすれば、彼女は一体どこへ向かおうというのかも定かではない。



――否、彼女自身も知らないのだ。



自身がどこに向かえばいいのか。何をすればいいのか。


 そんな単純な事すら彼女は知る事も無く、しかし「タイクツ」と言いながらも歩き続けるしかない自分に、腹立たしさすら抱いているのだろう。


溜息と共に瞬きをした瞬間、自身の隣を、誰かが横切った。視線を横に。誰かを見据える。



綺麗な女の子だと、ミズホはそう感じた。


 漆黒とも言える黒髪は短く、首元に届くかどうか程度の物で、しかし太陽光に反射して輝かしく艶を魅せている。


 前髪は中央から分けてヘアピンで留めているので、顔立ちもよく分かる。少しだけ細い目と、黒縁眼鏡。鼻はスッと長く伸びて、さらに口元は綺麗な朱色をしているものの、口紅を付けている様子は見受けられない。



美少女だと、ミズホは自身を横切った少女の事を、そう評価した。



さらに目を惹いたのは、彼女の衣服だ。自身と同じく秋音高校の制服を着込んでいる少女は、しかしミズホとは違って、ブレザーを脱いで手に持っていた。


 おまけに学校指定のネクタイは緩められている上、ワイシャツの第一ボタンは開いている。スカートの下には緑色のジャージまで着込むという着崩しをしていた。



「ねぇ、ちょっと」



 そんな少女に、ミズホはいつの間にか声をかけていた。振り返る少女。少女は黒縁眼鏡の向こう側で、ギロリと睨み付ける様な視線をミズホに向けつつ、小さな口を開いた。



「なんだ」



 女の子にしては低い声。しかしその外観と鋭い目線に似合った綺麗な声だと心の中で褒めたミズホは、彼女の問いに答えるように言葉を発した。



「アンタもサボり?」


「一緒にするな。これから行くんだ」


「もう正午だよ? 午前サボって午後から学校に行くって言うの?」


「だからサボってない。毎週月曜日は病院に行ってから学校に行く事になっているんだ。学校からも許可は出てる」


「へぇ。アンタ、ビョーキなんだ」


「何が言いたい」


「別に。名前は?」


「中村スミレ」


「スミレね。中村スミレ、中村スミレ……」


「何だ一体。お前こそ誰だ」


「アンタ、アタシを知らないの? アタシはあの、鳴海ミズホよ」



 胸に手を当てて、まるで自分自身の存在を誇らしげに語るように名乗りを上げたミズホ。


 しかし彼女――スミレは、訝しむように眉毛をひそめた上で、静かに言い放つ。



「知らん」


「鳴海カンパニーグループ最高責任者の一人娘! そう言えばわかるでしょ!?」


「知らん」


「日本どころか世界中にある大企業をいーっぱい取りまとめる大企業の鳴海グループ!」


「知らん」


「アンタはオウムか何か!?」


「知らんものは知らん」



 先ほどまでのミズホと同じく、小さな溜息と共に歩き出そうとしたスミレ。そんな彼女の手を、ミズホはギュッと握りしめた。



「ちょっと待ちなさい。――ねぇスミレ、アンタ、アタシの下僕にならない?」


「……なんで、いきなり見も知らない奴の、下僕になんぞならにゃならん?」



 心底困った、と言わんばかりに言い捨てたスミレとは正反対に、ミズホはニンマリと笑みを浮かべた。



「いいじゃん。アンタもどうせ暇してるっしょ? アタシの下僕になれば、少なくとも不自由は無くなるよ」


「例えば」


「そうだね、例えば」



 ミズホは、自身の着込むブレザーの胸ポケットから、一枚のカードを取り出した。クレジットカード。全体的に黒一色。ミズホはそのカードを、スミレに差し出した。



「このカード、上限は百万まである。――ああ、何も言わなくていい。アンタは何も言わずに、ひとまずこれを受け取って。もしアタシの下僕になるって言うんなら、上限が五百万のカードにしたげる」


「お前が何をしたいのか、何を言いたいのか、私には理解しかねるが」


「分からない? アンタはアタシの下僕になって、アタシはアンタで好き放題遊ぶ。アタシがパンを買って来いって言えば、アンタはアタシの好きなパンを買ってくる。アタシがアンタとエッチしたいって言えば、アンタはアタシに体を差し出す。そしてアンタは、対価として、五百万のカードを得る。これこそ、ウインウインの関係じゃない?」



 律儀にも立ち止まってミズホの言葉を聞いていたスミレは、しかし聞いて損したと言わんばかりに顔を逸らし、吐き捨てる。



「お前、最低だな」


「アンタは不愛想だけど可愛いし、重宝してあげるって言ってんの。んー。でも、そのダサい眼鏡だけ外してね。アタシ眼鏡属性無いし」


「お前みたいな奴の下僕になる位なら、その辺にいる野良猫と遊んでいる方が百倍マシだ」


「言うじゃない。でもね、この世は全てお金で出来ているのよ。お金で買えない物は一つだけ。人の心だって、お金で買える。だから、アタシはアンタを買うの」



はい、と。クレジットカードを強くスミレの前に突き出したミズホの手を。


スミレは自身の小さな手で叩き、カードを地面に落とした。



「ッ、――アンタ!」



 自身が受けた屈辱に耐えきれず、ミズホは端麗な顔立ちを歪めて怒号を放った。そんな彼女の表情を見据えて、スミレは再び溜息をつきながら「話は終わりか?」と訊ねた。



「終わりなら私は学校に行くぞ。お前なんかの相手して、五時限目に遅れるのはまっぴらだ」


「は? バカなんじゃないの? 学校に行かない程度で、人生の何が変わるっての? その時間を使って、百万のカードで買い物してた方が、よっぽど有意義じゃん!」


「ああ、そうだな。お前の言う通り、金で買えないものなんか無いんだろうさ。人の心が金で買えるってのも、ひとまずは同意しておこう。


 ――だが、まずは自分で稼いだ金で出しゃばれ。それが出来なきゃ、お前はただの小娘でしかないんだ。親の金でイキってるお前、滑稽過ぎて笑いしか出ない」



フン、と。鼻でミズホの事を笑ったスミレは、有無を言わさぬと言わんばかりにに歩き出す。


そんな彼女の後姿を眺めながら――ミズホは自身の胸に抱いた気持ちを、理解した。



――アイツが欲しい。


――アイツを、アタシの物にしたい。



心中渦巻くどす黒い感情の湧き出しを。


ミズホは、心地良いと感じていたのだ。

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