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人体は発展途上

「人体というものはだね、まだまだ進化の途上にあるのさ。そう、言うなれば――まだまだ幼い種、ということかな」

「はあ」

「その証拠に、人間の脳はおよそ3割しか使われていないという。この地球に生命が発生し、進化し、ホモ・サピエンスに至ってから、生命の歴史的にはまだほんのわずかの時間しか経っていない。そう、つまりまだ人体は未完成で進化の過渡期にあるということだ。いずれは脳を100%使う日が来るかもしれない」


 銀ぶちの眼鏡をクイッと指先で上げて位置を直し、長岡先輩が力説する。

 放課後の部室はすこし白っぽくなった午後の光が差し込んで暖かい。その光を背後から受け逆光状態の長岡先輩はこのSF研究会の部長である。デスクの下で長くてすらっとした足を組み換え、眼鏡の下の整った顔立ちがニヤリと笑う。

 見てくれと頭はいいんだけどな。


「つまり、まだまだこれから人類には未知の可能性があるということですね」

「そうだとも、真凜くん! いつか人類は進化して、今の幼い人体は成熟したものへと至るのだ。そうすれば脳の処理速度も上がり、人は新たな能力に目覚めるかもしれない。それはテレパシーだったり、あるいは念動力のようなものかもしれないな。だが――」


 長岡先輩はメガネの奥でちらりと私を見た。それからあたりを伺うようにキョロキョロとせわしなく目を動かす。


「誰もいないな」

「いませんよ。今日はかっちゃんたちは試合です」


 現在SF研究会は、部を部として成立させるために運動部に入っている生徒3人に兼部をお願いしている。部が成立する最低人数は5人なのだ。

 その3人の部員は、今日は大事な試合があるとかで来ていない。彼らはたまにSF研究会に顔を出してはマンガ読んだりお菓子食べたりしてのんびりしていく。運動部がキツいので、ゆっるいこのSF研究会は息抜きに最適なんだそうだ。


「そうか。で、だな。つまり現在の人体と進化した人体には、このくらいの違いが――あるっ!」


 どどーん! と効果音つきでホワイトボードに貼り出されたのは2枚の絵。1枚はゴスロリチックなファッションに身を包みポーズを決める美少女……いや、美幼女のイラスト。

 もう1枚はエロエロい長身の美女のイラスト、けしからんメロンが2つと白くて少しむっちりとした太ももが露出の多いドレスからちらりと覗いている。腰もほっそい。


「いいか! 未来の成熟した人体がこっちのエフィリア様だとしたら! 現代の幼い人体はこっちのサリーナたんなのだ!」

「ええとこれは」

「いずれ人類はエフィリア様のように成熟した肉た……成熟した種となるだろう」


 あ、メロンな美女がエフィリア様でゴスロリ幼女がサリーナたんなのね。


「だがこうしてみればわかる通り、成熟した種は確かに魅力的だが、未成熟なサリーナたんもまた違う魅力がある!

 現代の人類もまた魅力的なのだ!」


 長岡先輩の力説は続く。


「むしろ俺は! サリーナたんが好きだ! この未成熟な美。ちまっとした可愛さ。犯罪級……!」

「なんか話の方向性がズレている気がするんですが」

「いいや違わない。未成熟には未成熟の素晴らしさがあるという話だからな。そしてその更に未来を夢見るという希望がある。こんなに素晴らしいことがあるか? つまり! サリーナたんは素晴らしい!」


 完全に違う話になってます。SF研究会らしくSF談義をしてると思ってたのに。

 本当に惜しい人。頭はすっごくいいのに。


 まあでもひとつ収穫だ。長岡先輩はどっちかというとメロンよりロリ好み。背が低くて幼児体型を地で行く私にもちょびっとチャンスがあるってことかもしれない。

 そんなことを思いつつ視線を長岡先輩に戻すと、何だか長岡先輩の顔がほんのり赤い?

 逆光だからよくわからないけどそんな気がする。


「だからだな、俺としては真凜くんのことも、きゃ、きゃわ、きゃわゆいと」


 ――え?

 今、なんて?


 けど先輩はそれ以上言葉を続けられなくなったみたいで口をぱくぱくさせてる。

 やがて意を決したように立ち上がり私に近づいてくる。


「真凜くん、俺は――」

「っはーっ! つっかれたあああ!」


 バン!!


 先輩が口を開くと同時に部室のドアが壊れんばかりの勢いで開き、3人の男女がどやどやと入ってきた。そう、兼部している3人だ。


「お疲れ様。試合、どうだった?」

「おう、もちろん勝ち。勝利。ヴィクトリー!」


 バスケ部のかっちゃんこと克也くんが指でVサインを作る。あとのふたり、サッカー部のユタカ先輩と女子バレー部のナナも試合に勝ってきたようだ。

 わいわいと試合の話に花が咲く。


 長岡先輩の話の続き、聞きたいような聞くのが怖いような。

 そんな気持ちをごまかすように私は試合の話の輪に加わった。



 ★☆★☆★




「長岡、機嫌悪そうじゃん」


 真凜くん達1年生組が盛り上がっている後ろで同級生のユタカが椅子に座り直した俺の背にのしかかってきた。


「――」

「いやん怒ってる長岡くぅん? わざと邪魔したに決まってるじゃないですかぁ」


 はあ? 俺がどんな思いで告白に踏み切ったと思ってるんだ?!

 ギロリと睨んでやるが、こいつは全く動じない。


「みんなのアイドル真凜ちゃんを独り占めしようなんて許されないからな? これ、部員全員の総意」

「ぐぬぬ……」

「そもそも告白への話の持って行き方が雑。あんな告白、俺達が許さない」


 聞いてたのか、こいつら!

 反論しようとしたがギリギリと肩を掴むユタカの手に力がこもって痛い。いや、これでも色々考えた末なんだけど――


「なお悪い」

「はい」

「大体あの流れじゃ真凜ちゃんは幼児体型だってディスってるようなものだ」

「――!」

「不合格ー!」


 確かにユタカの言う通りだ。俺はがっくりと肩を落とした。


 そう、これまでも手を変え品を変え何とか真凜くんに気持ちを伝えようとしているのだが、その度3人に邪魔をされている。理由は今ユタカが言っていたとおり、皆真凜くんのことが好きだから。

 ここはSF研究会であると同時に密かな真凜くんを愛でる会となっているのだ。


 真凜くんは可愛い。全体的にちまっとしていて、大きな瞳にふわふわの髪、動きも小動物的で癒やされる。何より明るく優しく、俺みたいな変人をも分け隔てなく笑顔で照らしてくれる。

 独り占めしたいに決まっているだろう。


 こいつら3人とも退部にしようか。いや、そうすると部が成り立たなくなってしまう。それはささやかな真凜くんとの接点がなくなってしまうことを意味するから駄目だ。


 俺はこの先の長く険しい道のりを思って深くため息をついた。



【FIN】

「即興小説トレーニング」でお題「幼い人体」で書きました。

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