バッドベアキッドのレポート5
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コンクリートに薄く広がる水がゆっくりと透明な体を避ける。
二本の足で立った彼女のシルエットは雨粒の中に曖昧に今にも溶けて消えそうだったけれど、狙いは外さない。
「…き、切らないの…?」
「やめてって言ったし…」
「何よ、切るなら、き、きってみなさいよ!ほら、どうしたのよこのっ、意気地なし!」
彼女の震える言葉尻はどんなに言い訳しても怯えていて、まるで自分がヴィランにでもなった気分だ。
剣を下ろすと誂えがカチャリと小さな音を立てた。
「キミ、ホント何者?敵?味方?」
俺は盛大な訝しみを込めて濡れたコンクリートと俺の視線の間に居る筈の彼女を睨む。
どう見ても何も無いけれど、雨粒を跳ねさせない足跡だけがポツンとそこにある。
「誰が敵が味方か、人に決められないと分からないの?」
質問の代わりに投げられた質問はガツンと俺の脳みそを引っ叩いた。
「Silly the KID ≪おバカな男の子≫!そうやってずっと誰かに操られてれば良いんだわ!」
捨てゼリフよろしく彼女はそこそこの大声で叫ぶ。
すると後ろの壁にすぅっと線が入って、少しだけ広がってスカートのスリットみたいになった。
こういう移動魔法には覚えがある。
「おい!待てよっ!」
追いかけようにもそのスリットは俺の鍛えられていた筋肉を通すには狭すぎた。
慌ててジッパーを閉じるみたいに小さくなるスリットにねじ込んだスニーカーとグローブを挟んだ。
スニーカーは押し出されてグローブの方は持っていかれた。
「返せよ!!俺のグローブ!」
大声で室外機の配管が這う壁に向かって怒鳴りつけるともう一度小さくスリットが開いて、ぺっと吐き出す様に放り投げて寄越した。
俺はきちんと見ていたぞ、ばっちいモノをポイするみたいに扱っていた影の様な小さな手を。
「チクショウ!覚えてろよ!えーっと、この、雨女!」
晴れていたら反響しただろうけど降りしきる雨に吸い込まれて消えていった。
俺はその時点でレベリングをやめた。
あの雨女を捕まえる。
あの罵詈雑言には耐え難いものがある。
しかし≪Silly the KID≫ とはちょっと捻くれてて、人に言われると腹立つけど自分で名乗るにはちょっとイケてる名前を付けやがってこの野郎。
俺は決めた。お返しにヤツに≪雨女≫の称号を無理矢理にでもつけてやろう、と。
そして友達…にはなれなくても知り合い位にはなってやる。
そう心に決めたのだった。
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───
雨の街編 完