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魔法植物園にて


「はい、これが専用のじょうろね」


 ロビーにある転移魔法陣を経由した先にある、魔法植物園。

 疑似太陽のほどよい光に照らされながら、俺は先生からじょうろを受け取った。

 底に魔法陣が描かれた、水の絶えないじょうろ。

 植物の水やりを人の手で行うには、打って付けの魔道具だ。


「中には水をあげると噛み付いてくる子もいるけど、気をつけてね」

「そうなんですか? ……ちなみにどんな子で?」

「うーん、たくさんいて話すと長くなるけれど。それでもいい?」


 そんなに危険な植物がわんさかいるのか。

 割のいいアルバイトだと思って、嬉々として受けたけれど。

 道理で水やりだけなのに、あんなに報酬がよかったわけだ。

 世の中、そんなにうまい話はないな。


「いえ、結構です。注意しておきますから」

「そう? じゃあ、頑張ってね」


 じょうろを片手に、植物園の縁へと向かう。

 端のほうから渦を巻くように、水やりをしてくれとのこと。

 こんな作業、天井にスプリンクラーでも取り付ければいいのでは? と思ったけれど。

 どうもそういう訳にもいかないらしい。

 魔法植物同士で干渉し合うだとか、互いを食い合うだとか、不都合が色々と起こるのだとか。

 だから、危険でも魔法植物への水やりは人力でなくてはならないらしい。


「……お前は大丈夫か?」


 恐る恐る、噛み付いてこないか警戒しながら水やりをする。

 幸いにもこの植物は大丈夫そうだった。

 代わりに、なんか蔦がうねうねと、のたうっているけれど。


「詩織のほうはどうなったかな」


 いま詩織は断界の塔へと挑戦するために、担任のイリーナ先生のもとにいる。

 申請を出し、50万ルピアを支払う。

 その面倒な作業を、詩織には代わりに行ってもらっている。

 このスリリングな水やりも、それを思えば楽なものだ。


「――っと、あぶねっ」


 考え事をしていると、不意に嫌な予感がしてじょうろを引いた。

 瞬間、ガチンッと金属のような音がして、魔法植物の花が閉じる。

 ゆっくりと開いた花の中心には、獣のような牙が生えていた。

 噛み付いてきた。というか、食い千切ろうとしてきた。

 これ、下手すると指とか無くなるんじゃないのか?


「なんだよ。そんなに肉が食いたいのか? 悪いけど水で我慢してくれよ」


 植物に人語が通じるとは思わないけれど。

 口をついて、そんな言葉が漏れる。

 愚痴の一つでも言ってやらねば気が済まなかった。


「噛み付くなよ?」


 そう言って、水やりを再開する。

 しかし。


「あぁ、もうっ!」


 やはり、結果は同じだった。

 水を掛けた瞬間、花は噛み付いてくる。


「……じょうろの水、ひっくり返してやろうかな」


 いや、雑に仕事をこなすのはよくない。

 かと言って、このままだと埒があかないな。

 水やりは、難航する。

 悪戦苦闘を絵に描いたように一向に進まない。


「あー、もう。なにが気にくわないんだよ……」

「――水に濡れたくないんです」


 あれ。

 いましゃべったか? この花。


「その花に水をあげるときは、なるべく花弁に水を掛けないでください」


 当然ながら、しゃべったのは花ではなかった。

 視線を声が聞こえたほうへと向けると、そこには小柄な少女が立っていた。

 その手には、俺と同じじょうろが握られている。

 どこかで見たことがある顔だ。

 たしか、えーっと。


「……メイ。同じクラスのメイ・ランラレーン」

「いえす。私のことを知っていましたか」

「まぁ、一応な。クラスメイトの名前は、全部憶えているんだ」


 すこしでもクラスに馴染めるように。


「それで、なんだっけ? 花弁に水を掛けないようにするんだっけ?」

「いえす。その花は捕食器官である牙の付近に刺激があると反射的に攻撃します」


 凶悪なオジギソウみたいなものか。


「ですので、水をあげる時にはじょうろを低くしてください。こんな風に」


 彼女は側にまでくると、実演して見せてくれた。

 じょうろを低くし、花弁に水が当たらないように傾ける。

 すると、本当に花は噛み付いてこなかった。

 茎や葉の部分に水が触れても、花はすこしも反応しない。


「どや」


 彼女は自慢気だった。

 顔は無表情だけれど。


「ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして。ですが、助けるのは当然です。貴方に手解きをするようにと、先生に言い付けられているので」

「そうだったのか? 気が利く先生だな」


 こうなるのなら、先生の話を聞いておくべきだったかも知れない。


「では、次ぎに向かいましょう」

「あぁ、よろしく」


 それからメイに手解きを受けながら水やりは続く。

 その進行速度は一人の時とは大違い。

 事前に危険な植物は知らせてくれるし、その対処法も教えてくれる。

 説明もわかりやすく、意外とよくしゃべってくれる。

 ポーカーフェイスが得意な大人しい生徒。

 それがメイの第一印象だったけれど。

 この数十分でその印象はがらりと変わった。

 表情にほとんど変化はないが、ユニークな性格をしている。

 クラスメイトの意外な一面を、垣間見た気がした。


「ふぃー、これで最後っと」


 最後の魔法植物に水をやり終える。

 メイには助けられた。

 一人だったなら、倍以上の時間が掛かっていたに違いない。


「しかし、大変な仕事だな。いつも一人でやってるのか?」

「いえす。みんなさん、魔法植物は扱いが面倒臭いと言って、すぐに辞めてしまうので」

「まぁ、そこは否定しないけどな。俺も」


 視線を合わせてはいけない花。

 音を出してはいけない樹木。

 触れてはいけない果実。

 どれもこれも魔法植物は癖が強い。

 面倒だと思うのは、当然だ。


「ですが、私はこの魔法植物が好きなんです。それぞれに個性があって、私はそれを見習いたい」

「見習う?」

「いえす。私はなにかと没個性と言われがちなので、個性的な人になりたいんです」


 俺から見ればメイも十分、個性的だと思うけどな。

 まぁ、そこは本人がどう納得するかが問題で、俺の見方なんて取るに足らないことか。


「――司ー」


 そうこう話していると、どこからか詩織の声が聞こえてくる。

 それからすぐ、詩織は顔を見せた。


「あぁ、いたいた。あれ、メイちゃんも一緒?」

「どうも、東雲さん。バイト仲間です」

「へぇー、そうなんだ。偶然だね」


 詩織は、さも当然のようにメイと親しげに話していた。

 いつの間にか、交友関係が広がっている。

 いま詩織が持っている人脈は、どれくらいなのだろうか?

 もうすでにクラスメイト全員と友達になっていても可笑しくない。


「司。申請、終わったよ」

「あぁ、ありがとな」


 申請は無事に通ったみたいだ。


「ううん。でも、私が申請出しちゃったから、司が付き添いってことになっちゃったけど、どうする? 今からなら、まだ融通が利くと思うけど」

「いや、それでいいよ。どっちが付き添いでも、断界の塔に挑戦するのは変わらないし」

「そっか。じゃ、このままにしとくね」

「あぁ」


 申請も終わったし、バイトもこれで終了だ。

 まだ時間に余裕があることだし、この後はトレーニングルームに直行かな。


「――あの、お二人はダンジョンに挑戦されるのですか?」

「うん、そうだよ。司と二人で断界の塔に挑戦するの」

「とはいえ、まだ第一界層だけどな」


 第一界層は調べ尽くされていると聞く。

 それでも俺たちにとっては目新しいものばかりだろうが。

 未知への好奇心という点では、すこし期待が下がる思いだ。


「すごい、ですね。まだ転校してきて一月と経っていないというのに。凄まじい快進撃です」

「そう? えへへ、ありがとっ。メイちゃん」

「まだまだ快進撃は続くぞ」


 続いてもらわなくては困る。

 このまま第二界層、第三界層と、駆け上る予定なんだ。

 足踏みをしている暇はない。


「そうですか。……あの、私から一つ、お二人にお願いがあります」

「お願い? どんなのだ?」

「私からのクエストを、受けてもらいたいのです」


 学校からだけでなく、生徒個人からもクエストを出せる。

 リタはそう言っていた。

 今までその機会に恵まれなかったけれど。

 今日ここに来て、はじめて遭遇した。


「内容は、とある魔法植物の採取――」


 メイは告げる。


「回帰草、と呼ばれるものです」


 ポーカーフェイスを崩した、神妙な面持ちで。

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