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魔焔と魔氷


「いつまでも空中にいられちゃ面倒だ」

「撃ち落とそう。撃墜しよう」


 双子は上空へと手を翳す。

 顕現するは、新たなる相乗魔法。


空飛ぶ猟犬(ロックオン・バレット)


 放たれるのは、先ほどの極彩色とは真逆の魔弾。

 無色の弾丸は無機質に対象を補足し、無数の遡る雨となって迫る。


「いくぞ」

「うんっ」


 地上ならば、それも逃げる場のない弾丸の壁となっていただろう。

 しかし、ここは空中であり、俺たちには翼がある。

 比翼の翼は空を掻いて推進力を生み、弾丸の軌道から一息に離脱する。

 けれど、そんなことは双子も承知の上だ。

 ロイとロマ、二人のナンバーズの魔弾は、まるで猟犬のごとく俺たちを追尾する。


「こいつはまた面倒だな。詩織」

「わかってるよ」


 二人の魔力を接続し、こちらも新たな相乗魔法を顕現させる。

 弾丸が俺たちを追尾すると言うのなら、その照準を狂わせてやればいい。


「――狂い蛍」


 逃げの一手から反転、弾丸の群れに向き直る。

 視界いっぱいに広がる弾幕をまえに、俺たちは光の粒子を振りまいた。

 それは狂ったように光り輝く、無数の蛍。

 蛍光色を放つそれらは意思のない弾丸を魅了し、狂わせ、自らを強制的に補足させる。

 補足対象は蛍に移った。

 あの弾丸はもう、俺たちを追ってこない。

 そして、その蛍は役目を終えると、爆ぜ散った。


「なんだよ、それはっ!」

「見たことないぞ! そんな魔法!」


 驚いたように、楽しそうに、双子は叫ぶ。

 それも当然。

 これは俺たちが造った魔法なのだから。


「畳み掛ける」

「容赦はしないからね」


 後方で爆ぜた蛍の爆風に背中を押されながら、次の一手を打つ。

 付け入る隙は与えない。


「――這い花火」


 無色の弾丸のお返しに、色彩を孕む爆発を見舞う。

 地を這い、炸裂する魔力の花火。

 その火花は何色にも変貌し、爆煙を立ち上らせる。

 石の海は破壊されて蒸発し、双子たちの目を奪う。

 仕掛けるなら、今しかない。


風車フウァール・ウインド


 爆煙は、すぐさま取り払われた。

 つむじを巻いた風に巻き上げられ、直ぐさま視界は透き通る。

 しかし、その時にはすでに俺たちは反撃の手を打っていた。


「転校生っ!」

「一人かっ!」


 彼らの視界に捕らえたのは、魔法を顕現させた俺の姿。

 右手に灯すのは烈火の焔。

 その魔力の純度を高めながら、彼らの問いに答える。


「あぁ、そうだよ」


 そして、解き放つ。


「――深紅」


 深い紅色の火炎が虚空を焦がす。

 それは波となって押し寄せ、ロイとロマを呑まんと迫る。

 逃げる隙など与えない。

 双子に打てる手立ては二つに一つ。

 防御か、抵抗か。


極彩色の雨カラー・オブ・ビューティー


 双子は当然のようにテイクを選ぶ。

 極彩色に彩られた無数の魔弾が、押し寄せる魔焔を撃ち払う。

 しかし、それだけでは俺の魔法は止まらない。

 何度、払われようと魔焔はすべてを呑み込んでいく。


「くっ、なんて奴だっ! 僕たちの相乗魔法をっ」

「たった一人なのに、押し勝てないっ」


 魔弾と魔焔は拮抗する。

 魔弾は魔焔を撃ち払い、魔焔は魔弾を焼き尽くす。

 互いに接触した途端に相殺され、一進も一退もしない。

 ただ莫大な魔力を消費しながら、互いに消耗し続ける。

 このままでは埒があかない。

 だからこそ、それでいい。


「そう。俺はたった一人だ」


 いまこの場で、魔法を用いて拮抗しているのは俺一人。


「なら。もう一人はいったい、どこにいったんだろうな?」


 その答えは、もう俺の視界内に現れている。

 彼らには見えない、単純な死角。

 爆煙に紛れて身を潜めた詩織はいま、彼らの背後に立った。


「――深蒼」


 身に纏う冷気は周囲を凍てつかせ、深い蒼となって押し寄せる。

 魔氷は次々に迫り上がり、双子を背後から襲い掛かった。


「不味いっ! ロマ!」

「くっそっ!」


 双子の片割れであるロマのほうが、詩織に向かって手を翳す。

 極彩色の半分が、背後より迫る魔氷に向けられた。

 彼らは、そうするより他になかった。

 だからこそ、それが命取りになる。

 相乗魔法のすべてと、俺の魔法の威力はほぼ同じ。

 だからこそ、拮抗し、相殺し続けていた。

 しかし、その半分を詩織に向けた以上、威力も物量も半減する。

 そして、その程度で俺の魔焔は止められない。

 詩織の魔氷も砕けない。

 極彩色は深紅と深蒼に塗り潰されていく。

 その色彩を二色にまで減らされる。

 もはや、彼らに俺たちの魔法を正面から押し返すことは叶わない。


「ロマ!」

「ロイ!」


 絶望的な状況下の中、それでも双子は諦めない。

 死中に活を求めるように、彼らは最終手段にでる。


自焼スカー・レッド


 彼らは前後から迫る魔焔と魔氷に押し潰される間際、自らの周囲を爆破した。

 朱に色づいて爆ぜたそれの爆風は、魔焔と魔氷を打ち払うだけの威力を秘めていた。

 二人は傷を負う覚悟で魔法を放ち、肉を斬らせながらも骨を守る。

 しかし、それは苦し紛れに出した苦肉の策。

 骨が露出したなら、断つのはたやすい。

 俺たちは直ぐさま地面を蹴った。

 まだ爆破の熱も冷めず、熱い空気が身体をすり抜けていく。

 周囲には爆煙が立ち込め、視界が悪い。

 だが、その最中であっても、俺は見逃さなかった。 

 正面に見据えた先で、不自然に煙が揺らめいたのを。


「――」


 爆煙を突き破り、それは放たれる。

 煙を、虚空を、熱を、貫いたのは槍の穂先。

 身体の正中線、その中心を見事に狙い澄ました、起死回生の一手。

 全身に火傷を負い、なおも勝ちにいく執念。

 この戦いの中で、もっとも熱意ある一撃を見せつけられた。

 ならば、俺もそれに答える剣技をもって迎え打とう。

 下方に配した剣先を振るい上げ、描いた軌道は槍を断つ。


「――くっ」


 踏み込み、ひるがえし、深く、鋭く、その胴に一刀を見舞う。

 抉るように打ち放った一撃は、ロイの魔殻を打ち砕く。

 同時に、重なるように魔殻が壊れる音がして、ロマの敗北と詩織の勝利を知る。

 双子は同時に吹き飛んで、地面へと倒れ伏した。

 爆煙は、そして晴れることで勝敗を明るみにする。


「どうやら、決まったようね」


 倒れた二人と、立つ俺たち。

 リタの目から見ても、勝敗は明白だった。


「勝者は詩織と司、それでいいわね? 二人とも」

「あぁ、完敗だよ。本当に」

「久々だなー。こうして地面に横たわるの」


 仰向けになった双子は、空を見上げていた。

 その表情は、負けたというのに、どこか満足げだった。

 恐らく、あの双子も俺と同じなんだろう。

 強者を求め、戦いに喜びを見いだしたかった。

 多額の賞金と少額の参加料の設定は、より多くの生徒と戦うためのもの。

 俺たちは、双子の願いに沿う戦いが出来ただろうか?

 いや、疑問に思うだけ野暮かも知れない。

 あんなに、満ち足りた顔をしているんだから。


「司ー! あっためさせてー」

「うおっ。詩織、また」

「いーじゃん。減るもんじゃないしさ」


 勝利の余韻に浸っている暇もなく、詩織に抱きしめられる。

 ナンバーズとの戦闘とだけあって、互いのデメリットは無視できないほどだ。

 俺も先ほどから、体温上昇で顔が熱い。

 まぁ、今回はなにも言うまい。

 俺も詩織の冷たさが必要だ。


「見せつけてくれるね」

「付き合ってるの? あの二人」

「それが付き合ってはいないんですって」

「無理があるでしょ、それ」

「とても信じられないね」

「でしょう?」


 なにやら外野で好き放題言われているが、無視だ無視。

 もう弁解するのは諦めた。

 たぶん、今後もこういうことは起こる。


「はー……あったかいー」


 それから、しばらくして。

 俺たちの体温は平熱に戻り、双子たちも起き上がれるまでに回復する。


「約束だ。賞金の50万ルピア」

「持っていくといい。これは君たちのものだ」


 双子は虚空を指先でなぞり、空間を開く。

 そこから50枚に及ぶ10000ルピアが地面へと流れ落ちた。

 独自通貨とはいえ、硬貨の小山をリアルに見るのは、これが始めてだ。


「詩織。詩織が持っててくれ」

「えー、私? 司、また私に面倒ごと押しつけようとしてるでしょ?」


 バレたか、流石は幼馴染みだ。

 俺の考えなんてお見通しか。


「いいだろ? 面倒なんだよ、手続きとか、いろいろ」

「……まぁ、いいけどね。慣れてるしさ。でも、貸し一つだからね。今度、なんか奢ってよね」

「あぁ、任せとけ」


 そう返事をすると、観念したように詩織はケースを開いた。

 支給されたケースには、ルピアが幾らでも入るように魔法陣が描かれている。

 ルピアの小山に開いたケースを向ければ、吸い込まれるように収納されていく。

 あっという間に50枚の10000ルピアがケースに収まった。


「いい勝負だったよ、二人とも」

「お陰で自分たちを見つめ直す、いい機会になった」


 そう言いながら彼らは歩み寄り、手を差し出した。。


「今度は僕たちが挑戦者だ」

「いつか必ずリベンジするよ」


 その言葉は、俺が望んでいたもの。

 彼らの熱意は、本物だった。


「あぁ、待ってる」

「いつでも受けて立つからね」


 俺たちは握手を交わす。

 再戦を約束して。


「――リタにも礼を言わないとな」


 トレーニングルームを後にしてすぐのロビーにて。

 リタにそう感謝の意を伝えた。


「あら、ありがとう。でも、いいのよ、気にしなくて。随分と良いものを見せてもらったから」

「良いものって――まさか」


 一つ、心当たりがある。


「ふふっ、そうよ。前ははぐらかされてしまったけれど、今回はたしかめられたわ」

「なになに? なんの話?」

「前に聞かれたことがあるんだよ。詩織と同じことが出来るのかってな」

「あー、なるほど。それでかー」


 まさか、あの時のことをまだ憶えていたとは思わなかった。

 すべては俺の実力のほどを確かめるためだった。

 そうとは知らず、上手く話に乗せられてしまっていたようだ。

 まぁ、こうして大金を得たことだし、乗せられてよかったけれど。


「私って意外と執念深いのよ?」


 くすりとリタは笑う。

 どうにも食えない奴だな、本当に。


「それじゃあ私はここで失礼するわ。おやすみなさい、二人とも」

「あぁ、おやすみ」

「うん。おやすみ、リタ」


 去って行くリタを見送り、俺たちもロビーをあとにする。


「意外とあっさり集まったね、50万ルピア」

「そうだな。でも、大変なのはここからだ」


 断界の塔。

 ダンジョン。

 それに挑戦するための50万ルピア。

 ここはまだスタートラインに過ぎない。


「今日」

「ん?」


 詩織は俺のまえに回り込む。


「楽しかった? 司」

「あぁ、とても」

「なら、よかった!」


 嬉しそうな笑みを見せる。

 詩織は自分のことのように、喜んでくれていた。

 今日の一戦。

 俺にはこれだけで、このエターズに来た甲斐があったと思えている。

 だからこそ、今後に期待をしてしまう。

 彼らと同じか、それ以上の生徒がまだこの学園にはたくさんいる。

 これが胸躍らずにいられようか。

 とても、とても楽しみだ。

 まだ見ぬ強敵たちと剣を交える日が待ち遠しい。


「来てよかったね、ここに」

「あぁ、まったくだ」


 こうして俺たちの金欠は解消された。

 次ぎに行うべきは、断界の塔への挑戦に向けての準備だ。

 二等私室への引っ越しもしなくちゃならない。

 大忙しになることは間違いないが、どこかそれが嫌じゃなかった。

 その自身の心情に頬を緩ませながら、俺たちは来たる挑戦の日を待つのだった。

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