久しぶり
「ちょっと待った」
意気込んでイベントの参加表明をしたところ。
冷静に状況を見ていたリタから待ったがかかる。
「熱くなっている所に水を差すようだけれど。まずルール説明、でしょ?」
「あぁ、そうだった」
「ごめんごめん。つい嬉しくって」
そう言った双子は、こほんと咳払いをしてルール説明を始める。
「参加費は一人、1000ルピア。賞金は一対一で僕に勝てば半額を」
「二対二で僕たちに勝てば全額だ」
1000ルピアを支払い、50万ルピアを賭けて戦う。
勝てば莫大な資産が得られる。仮に負けても減るのはたったの1000ルピア。
まぁ、1000ルピアの出費でも、今の懐事情だと苦しいのだけれど。
ローリスク、ハイリターン。
それだけ双子には負けない自信がある。
双子の順位は九十六位と九十七位。
ナンバーズの最下層に位置する二人だが、だからと言って油断は出来ない。
このエターズ魔法学園における上位百名のうちに名を連ねる優等生。
それにこれは、あくまで成績順だ。
実力順というわけではない。
第一位より彼らのほうが強い、なんてことも充分にあり得る。
「勝ち負けの基準は、降参か魔殻の破壊」
「さて、君たちはどちらを選ぶ? 一対一か、二対二か」
一人で戦うか、二人で戦うか。
一人で一回ずつ勝っても、二対二で一回勝っても、手に入るのは50万ルピア。
どちらを選んでも、勝ってしまえば結果は同じか。
「そういえば肩を並べて戦ったことって、案外すくなかったよな」
ふと、思い出す。
最後に詩織と共闘したのは、いつだっただろう、と。
いつも向かい合って戦っていたような気がする。
「そうだねぇ。片手で足りるくらいじゃないかな」
「なら、決まりだな」
「うん。決まり」
こちらのほうが、手間が省ける。
「二対二だ。50万ルピア、まとめていただくぜ」
そう宣言して、俺たちは1000のルピアを一枚ずつ双子に投げ渡す。
「そうこなくっちゃ」
「たしかに受け取った」
双子がそれを受け取ったことで、俺たちは参加資格を得た。
俺たちはそれに伴い、指先で虚空をなぞることで空間を開く。
取り出すのは愛刀の一振り。
鞘を腰に差し、戦闘の準備は整った。
「じゃあ、私から始まりの合図を告げようかしら」
開戦の合図は、リタが買って出てくれた。
双子と俺たちの間にまで移動し、リタは片手を天へと伸ばす。
「準備はいい? なら、はじめ」
振り下ろされた手が、火蓋を切る。
開幕と同時にリタは戦線を離脱し、時を同じくして双子も動き出す。
先手は譲ろう。相手の出方をみる。
「さぁ、楽しませてよ!」
「簡単に倒れられたらつまんない!」
互いの手を取り合い、双子はこちらに手を翳す。
その行動の意図は、互いの魔力を繋ぎ合わせて威力を増大させることにある。
二人以上の魔法使いによる相乗魔法。
互いをよく知り、心を通わせることが出来る間柄でのみ、使いこなせる高等技術。
「極彩色の雨」
彼らの周囲に現れるのは、無数の魔法弾。
色とりどりに輝く数々は、イルミネーションのようにコロッセオを彩った。
しかし、それらは周囲を華やかにさせるためのものではない。
あくまでもその幻想的な光景は副産物。
本命は対象のことごとくを打ち砕く、破壊を秘めた魔弾。
一斉に掃射されるそれらは、視界いっぱいに隙間なく敷き詰められた。
分厚く高くそびえ立つ魔法弾の弾幕が、逃げ場のすべてを塞ぎながら俺たちに迫る。
「まずは小手調べってところか」
「司っ、突っ切るからねー!」
「あぁ、そいつは楽しそうだっ」
目前にまで迫った弾幕をまえに、俺たちは前進を選択する。
回避はしない。遠回りも却下だ。
俺たちは、ただただ前へと足を運ぶ。
迫りくる魔法弾の一切は、愛刀にて斬り伏せた。
降り掛かる火の粉を払うように、足を止めることなく突き進む。
極彩色の魔法弾は美しく、華やかで、強力だ。
けれど、俺たちの前では豆鉄砲も同然。
それは煌びやかな演出として目に映るのみで障害には程遠い。
こんなものか?
いや、そんなはずはない。
「流石だね、転校生たち」
「噂に違わぬ実力だ。けど」
接近する俺たちに対し、双子は次の手を打つ。
「これならどうかな」
翳されていた手の平が、地面を突く。
瞬間、相乗魔法の次なる顕現として、大量の岩石が現れる。
「石造りの海」
繰り出されるのは、夥しい量の岩石による津波だった。
耳を覆いたくなるような轟音と、地震と錯覚するほどの衝撃の連打。
圧倒的な物量をまえに、見るものすべてが岩石と化す。
上空に配置された太陽の光さえ遮り、岩の壁は容赦なく迫りくる。
呑まれれば即時、魔殻を打ち砕かれる。
それに対して、俺たちは直ぐさま地面を蹴った。
「詩織!」
「司!」
互いに名を呼び合い、手を取り合う。
繋ぎ合った指を通して魔力を接続し、意識を同調させる。
相乗魔法は、なにも双子だけの特権ではない。
古くから幼馴染みをやっている俺たちにも、それは叶う。
「――比翼」
魔力は形を変えて、大空に羽ばたく一対の翼となる。
それぞれの背に一つずつ生えた翼をもって、俺たちは上空へと舞い上がった。
いくら地表を攫おうと、打ち砕こうと、それは空まで届かない。
飛び上がる比翼の鳥を、落とすことは叶わない。
「驚いた。まさか僕たちと同じことができるとは」
「いいじゃないか。とてもいい。それでこそ、戦う意味がある」
上空に立ち、岩石で埋もれた地上を眺める。
その光景はまさに石の海と称するべきもの。
これだけの相乗魔法を撃ってもなお、双子の魔力は枯渇していない。
並の魔法使いなら魔力の欠乏によって、意識を保つことすら難しいだろうに。
やはりナンバーズの肩書きは、伊達じゃあない。
「――楽しいな、本当に」
いつぶりだろう。
詩織以外の魔法使いが、本気で俺を倒しにくるのは。
双子の魔法には、熱意がある。
煮えたぎるような熱い意思がある。
だからこそ、楽しくてしようがない。
長らくそんな魔法使いがいなかったものだから、柄にもなく心が踊ってしまう。
「久しぶりに見た」
「ん?」
「司のそんな顔」
そうか。
いま俺は、そんなに楽しそうな表情をしていたか。
自分の感情を隠すのが、随分と下手になったらしい。
嬉しいことに。
「よし、反撃開始だ。ついてこられるだろ? 詩織」
「もちろん。むしろ、追い抜いちゃうから」
「ははっ、そいつはいい」
置いて行かれないように、気張るとしよう。
本番は、これからだ。