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イベント


 転校してから、数日のときが経った。

 俺も詩織も簡単なクエストを受け、その日の食事代くらいのルピアは稼げていた。

 日々の収入から食費を引くと、手元に残るルピアはそれほど多くない。

 そこから更にトレーニングルームの使用料が飛んでいく。

 手持ちは増えども雀の涙。


「なんとかしねーとな」


 教室の机に突っ伏していろいろと考えていると、口をついて言葉が漏れる。


「あら、不景気な顔してるわね」


 それが前の席にいるリタに聞こえたようで。

 目と目が合う。

 相変わらず、大人びた容姿をしていた。


「まぁな。こんなんじゃ、断界の塔に挑戦するまで何日かかるか」

「断界の塔? 貴方、ダンジョンに挑戦するつもりなの?」

「あぁ、この学園に来たからにはな」


 断界の塔。

 それは幾つもの世界が積み重なって出来たダンジョンだ。

 断界の塔には、未発見の遺産や異物が眠っている。

 それらを見つけることが出来れば、それが有用なものであれば。

 歴史に名を残すことだって夢じゃない。


「学生身分の俺が断界の塔に挑戦するためには大量のルピアがいる。そうだろ?」

「えぇ、そうね。ダンジョンへの挑戦権、その値段は50万ルピア」

「50……改めて声に出すとため息が出るな。逆立ちしても届かねー」


 それでも一番安全とされる第一界層への挑戦権だ。

 第二、第三の界層に進むためには、もっと大量のルピアがいる。

 学園の考えは、きっとこうだ。

 大量のルピアを稼ぐとなると、多種多様な経験を嫌でもすることになる。

 その積み重ねた経験を実戦で活かせる者でなければ、断界の塔では生き残れない。

 様々な経験を積み重ねたという証。

 それが50万ルピアという金額なんだ。

 けれど。現状、俺の懐事情はかつかつもいいところ。

 50万どころか、1万にも届きそうにない。


「でも、第一界層への挑戦なら、個人の負担はその半額で済むでしょう? 貴方と詩織、どちらかがどちらかの付き添いとして付いていけば良いんだから」

「そりゃそうだけど。それにしたって25万ルピアだぜ?」


 半額になったところで、手が届かない事実は変わらない。

 けれど、すこしだけ希望は見えてきたかも知れないな。

 どう考えても、今月中には用意できない金額ではあるけれど。

 今月も残り少なくなっているし。


「――あれ? なに項垂れてんの?」


 首が回らない現実に打ちひしがれていると、教室に詩織が帰ってくる。

 どうやらすでに友達が出来ているらしい。

 最近よく、休み時間になると教室を出て行く。

 俺なんて初日の悪目立ちのお陰で、未だに友達が出来ていないのに。

 みんな、話はしてくれるのだけれど。

 なんとなく、一線を引かれているような気がしてならない。

 この時ばかりは、詩織が羨ましくなる。

 本当に誰とでもすぐ仲良くなるからな、詩織は。


「当面の金策について頭を悩ませてんだよ。どうにかこうにか、二人で50万ルピア稼がないといけないからな」

「あぁ、そのこと。そうだねぇ。でも、二進も三進もいかないでしょ。私たち、三等私室からも抜け出せないんだし」

「まぁな……」


 重い頭を上げて背もたれに身を預ける。

 ふと考えるのは、話題にでた私室のこと。

 エターズ魔法学園は全寮制であり、生徒には私室が与えられている。

 台所、風呂、トイレ、最低限の家具一式が揃ったものだ。

 私室には種類があって、一等、二等、三等に分けられている。

 そのうち俺と詩織が住んでいるのが三等私室。

 例えるなら、サービスの悪い安宿の一室みたいな造りだ。

 だからなのか、家具や風呂などの造りが粗雑になっている。

 水圧が弱い。風通しが悪い。日当たりが良くない。ベッドの寝心地も最悪だ。

 雨風しのげればいい程度の役割しか果たせていない。

 文化的な生活から一転して、あてのない旅人みたいな生活になってしまった。


「……二等私室って月にいくら掛かるんだっけ?」

「5000ルピアよ。支給金の全額ね」

「はぁー、世知辛い世の中だこと」


 三等私室は無料だが、二等より上には家賃がかかる。

 懐事情がよくない俺たちに、支給金と同じ額なんて払えない。

 でも、三等私室で寝泊まりするのも、それはそれで苦痛を伴うんだよな。

 なんだか学園から、現状に甘えるなって言われている気がする。

 劣悪な環境に放り込まれて、向上心を無理矢理、引き出されている気分だ。


「なんかないかな。こう……一発でどかんと稼げるような何か」

「あれば苦労はしないんだけどね。実際、地道に稼いでいくしかないんじゃない?」

「だよなぁ……」


 すこしでも割のいいクエストが受けられればいいんだが。

 そういった美味いクエストは大抵の場合、ほかの生徒に先を越されるのだ。

 俺たちはまだまだ新参者で、古参とは嗅覚の練度で劣っている。

 いつもいつも後手後手で、絞り滓みたいなクエストを掴まされてしまう。


「そんなにルピアがほしい?」

「ほしい!」

「なら、いいことを教えて上げましょうか」


 いいこと?


「なになに? どんなこと?」

「上手くいけばハイリターン。上手くいかなくてもローリスク。そんなイベントよ」

「そんなのがあるのか?」


 ローリスクハイリターン。

 もしそれが本当なら、是非とも参加したいものだ。

 けれど、リタの言い回しに違和を憶えるな。

 クエストでも、バイトでもなく、イベント?


「興味があるみたいね。じゃあ、放課後にでも案内してあげるわ。楽しみにしてて」


 不敵な笑みを浮かべるリタに、俺たちは顔を見合わせた。

 いったい案内された先でなにが起こるのだろうか。

 予想は付かないが、そこでルピアが稼げるなら贅沢は言わない。

 50万とは行かなくても、当面の生活に不便が出ない程度のルピア。

 それだけ稼いで生活に余裕が出てくれば、また良い案が浮かんでくるかも知れない。

 俺たちは希望を胸に、放課後を待った。

 そしてリタに案内されるままたどり着いたのは、見慣れたトレーニングルームだった。


「……本当にここなの? リタ」

「そうよ。だから、そんな疑うような目を向けないでくれる?」


 しかし、詩織の気持ちはよくわかる。

 一攫千金が狙えるという、夢のようなイベントだ。

 もっと然るべき場所というものが、用意されているだろうと普通は考える。

 開催地があまりにも平凡で、途端に疑わしくなってしまう。

 それにイベントと言う割には、人が平常時とそう変わらない。

 祭りのように、人がごった返しているのを想像していただけに拍子抜けだ。


「色々と思うことはあるでしょうけれど。ついてくれば自ずとわかるわ。ほら、あの個室よ。行きましょう」


 かつかつと、リタはとある個室へと向かう。

 俺は詩織と一度顔を見合わせ、互いに小首を傾げつつその背中についてく。

 そしてリタが個室の扉に手を掛けたところで、ふと気がつく。


「ん? あれ、そこ使用中だぞ。いいのか?」

「いいのよ、中で主催者が待っているだけだから」


 リタは躊躇なく扉を開いて、個室へと足を踏み入れる。

 俺たちもその後につづくと、非現実的な光景が視界に広がった。

 円形闘技場、コロッセオ。

 イベント会場としては、なかなかどうして趣のある場所だ。。


「なるほど……」


 このトレーニングルームの個室を使えば、簡単に舞台を用意できる。

 イベント会場としては、持って来いの場所だ。

 それにこの形状からして、今から行われるイベントにも想像がつく。


「――おっ、誰かと思えばリタじゃないか」

「どうしたんだい、今日は。その後ろにいる二人は?」


 広く空けた土の地面、その中心地には二人の男子生徒がいた。

 似た背丈、似た声質、似た顔つき、彼らは双子であるように見える。

 リタと親しげに話しているあたり、知り合いなんだろう。


「挑戦者を連れてきたのよ。二等私室に引っ越したいんですって」

「二等私室に? あれ、もしかして」

「噂の転校生かい? そいつはいい」


 双子たちはそう言うと、俺たちを迎え入れるように手を広げた。


「ようこそ。僕たちは双子のナンバーズ。第九十六位ロイ・スクルシスと」

「第九十七位ロマ・スクルシス。僕たちに勝てたら賞金として50万ルピア!」


 双子は声を合わせて叫ぶ。


「さぁ! 僕たちと戦おう!」


 イベント。

 たしかにこれはイベントだ。

 双子のナンバーズに勝って大金を手に入れよう。

 賞金は、なんと破格の50万ルピア。

 実にわかりやすくて、やり応えがある。

 それに前々から興味があったんだ。

 ナンバーズ。

 エターズ魔法学園における成績上位者たち。

 彼らがどれほどの人物なのか。

 それを確かめるいい機会に恵まれた。


「詩織」

「うん」


 短く言葉を交わして、こちらも息を合わせる。


「上等!」

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