実技授業
「――あら、もうこんな時間」
食堂にて学園の話を聞いてると、いつの間にか時は過ぎていた。
昼休みももうすぐ終わってしまう。
「次ぎの授業は移動だから、はやめに行きましょう」
「移動ってことは、実技か」
「そう。訓練場に集合ってことになっているから、時間には余裕をもって行動しましょ」
昼食を終えた俺たちは、食堂をあとにする。
魔法陣を介してロビーへと戻り、その足で次の魔法陣へと移動する。
転移が済めば瞬く魔に景色が変わり、訓練場が視界いっぱいに広がった。
「こいつはまた……」
見渡す限りの白、白、白。
壁も床も天井も、すべてが白一色の大空間。
普段から幾らでも見てきた色なのに、それだけに空間が支配されていると、途端に現実からかけ離れたような感覚に陥ってしまう。
非現実的で、幻想的とさえ、思う。
自身たちだけが異なる色をもつという、異物感がそう思わせるのかも知れない。
「リター、こっちこっち」
訓練場の白に圧倒されていると、リタの名前が呼ばれる。
そちらを目をやると、数人の女子生徒が固まっているのが見えた。
「呼ばれちゃった。じゃあ、私はこれで」
「あぁ、色々とありがとな」
「今度、お礼するからねー」
返事の代わりにかるく手を振って、リタはこの場から去って行った。
去り際まで大人びていた。
「――お前ら、ちゃんと全員いるかー? すぐに授業はじめっぞー」
そうしていると、魔法陣からイリーナ先生が現れる。
授業開始の時刻が来ていたようで、すたすたと訓練場の中央付近まで進んだ。
「よし、全員いるな。転校生の二人も」
気怠げな口調で確認作業は進み、俺たちの確認も済む。
「じゃあ、授業をはじめるぞー。と言っても、前に言っていた通り、今回は自習だ。各自、自由に励むこと。授業の終わりに報告させるからなー、サボるんじゃあねーぞー」
あくびを一つして、イリーナ先生は虚空をなぞり、空間を開く。
空間系の魔法で開いた異次元空間に手を突っ込み、取り出したるはパイプイス。
それに腰掛けると、足を組んで傍観者となった。
自習ということだから、自ら指導する気はないようだ。
「自習かぁ。じゃあ、とりあえず周りの様子を見てから決めよっか。それでいい?」
「そうだな。文化が違うんだし、それから決めても遅くないだろ」
このエターズ魔法学園独自の風習が、あったりするかも知れない。
異なる環境に身を置いているんだ、まずは周囲の観察から始めるべきだろう。
そう思い、俺たちは周囲に目を向けた。
「二人組になってるな」
周りにいる生徒たちは、次々に二人組を造っている。
そういう感じで進めていくのか。
「なら、俺たちもそれに習うか」
「うん。私と司で――」
そう話していると、一人の男子生徒が近づいてくるのが見えた。
彼は俺たちの会話を遮るように現れ、詩織に声を掛ける。
「あ、あの、ちょっといいかな?」
「へ? 私? うん、いいけど。なにか用かな?」
「えっと、よかった僕と組んでくらないかなって。今日の自習」
どうやら彼の用事とは、詩織を誘うことだったらしい。
同じ転校生である俺と話しているのが見えていたはず。
それでも彼は詩織に声をかけた。
日本には、こういう積極的な人種はいなかったな。
「えーっと、お誘いは嬉しいけど。私にはもう――」
「あのっ、この学園のこととか、この自習のこととか、まだよくわからないでしょ? だから、転校生同士で組むのはあまり得策じゃないと思うんだ」
なるほど。
「一理あるな」
「司?」
「俺たちで組むより、そのほうが建設的だろ? 手間も省ける」
「そうだけど……」
折角の申し出だ、詩織はそれを受ければいい。
俺のほうは、まぁ適当に相手を見つけるさ。
どうせ、クラスメイトは偶数なんだ。
一人だけあまる、なんて悲惨なことにはならない。
「……わかった。司がそういうなら、いいよ」
「ほ、本当? よし!」
彼は、人目も憚らず、ぐっと拳を握りしめて喜びを体現する。
よほど、詩織と組みたかったらしい。
日本でもそうだったけれど、詩織はここでも人気者だな。
「でも、一つ確かめさせてほしいことがあるの」
付け加えるように、詩織は言う。
「確かめたいこと?」
「うん。私はあんまり身にならないことはしたくないからさ。だから、確かめさせてよ。私とキミの実力が、近いところにあるのか、ないのか」
あぁ。
また詩織の悪い癖がはじまった。
「えーっと……」
戸惑う彼に、俺はそっと近寄った。
「あー……要するに、だ」
そして、通訳をするように、詩織の言い分を彼に伝える。
「詩織は出来ることなら、自分と同等か、それ以上を相手に求めたいんだよ。そのほうがより高みに手を伸ばせるからさ。向上心が服を着て歩いてるような奴なんだ」
その割には、自己評価が低いきらいがあるんだけれど。
「……僕が東雲さんと釣り合うか否かをたしかめたい、ということかい?」
「あくまでも力量の話だけど。言葉を選ばずに言えば、そうなるかもな」
そう告げると、彼はすこし目を伏せて思案する。
それは、けれど数秒で終了して、視線は持ち上がった。
「わかった。是非とも、たしかめてほしい。方法は任せるよ」
聞く人が聞けば怒りそうなものだけれど、彼は快く了承してくれた。
こうして話は進み、詩織の出した方法は模擬試合。
一対一で戦うのが、一番手っ取り早い手段だからだ。
勝敗の決定は主に二つ。
一つは、どちらかが負けを認めること。
もう一つは、魔術師が常に身に纏っている魔力の鎧、魔殻を打ち砕くこと。
その話は瞬く間に生徒間に伝播した。
「――なんだなんだ?」
「転校生の女の子が、なんか模擬試合するんだって」
「へー、転校生が。それは楽しみだね」
生徒が勝手に模擬試合をしようとしている。
その情報は、イリーナ先生の耳にも届いているはず。
けれど、なにも言ってこないあたり、問題はないのだろう。
話は纏まり、彼と詩織は空けた場所へと移動する。
「ちょっと目を離した隙に、面白いことになっているみたいね」
二人の背中を追いかけるように歩いていると、隣にリタがやってくる。
「詩織、大丈夫なの?」
「なにがだ?」
「彼、あれでもナンバーズに近い生徒だから、取られちゃうかもしれないわよ」
「ナンバーズ? あぁ、例の成績上位者のことか」
この学園には成績上位者百名を指してナンバーズと呼称している。
簡単に言えば、テスト結果の順位表のようなもの。
ナンバーズに入ることが出来れば、様々な特権を得られるらしい。
「詩織なら心配いらない。それに取られちゃうって表現の仕方はやめてくれ。俺にそんなつもりはねーよ」
「あら、そうなの? てっきり、恋仲なのかと」
「もしそうなら意地でも止めてるよ」
「……ふふっ、どうかしらね」
リタは含みのある言い方をした。
「なんだよ」
「いえ。そう言う割にはすこしも詩織が負けるとは思ってなさそうだから、つい」
「まぁ……俺が一番、近くで見続けてきたからな」
そうこうしているうちに、彼と詩織は配置についた。
虚空をなぞることで空間を開き、己の得物を手に取ることで準備は整う。
詩織の得物は、俺と同じ日本刀。
彼の得物は、ロングソード。
その二人の絵の背景には、すでに野次馬と化したクラスメイトがいる。
模擬試合に支障がでない程度に距離をとり、取り囲むようにずらりと並んでいた。