表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

実技授業


「――あら、もうこんな時間」


 食堂にて学園の話を聞いてると、いつの間にか時は過ぎていた。

 昼休みももうすぐ終わってしまう。


「次ぎの授業は移動だから、はやめに行きましょう」

「移動ってことは、実技か」

「そう。訓練場に集合ってことになっているから、時間には余裕をもって行動しましょ」


 昼食を終えた俺たちは、食堂をあとにする。

 魔法陣を介してロビーへと戻り、その足で次の魔法陣へと移動する。

 転移が済めば瞬く魔に景色が変わり、訓練場が視界いっぱいに広がった。


「こいつはまた……」


 見渡す限りの白、白、白。

 壁も床も天井も、すべてが白一色の大空間。

 普段から幾らでも見てきた色なのに、それだけに空間が支配されていると、途端に現実からかけ離れたような感覚に陥ってしまう。

 非現実的で、幻想的とさえ、思う。

 自身たちだけが異なる色をもつという、異物感がそう思わせるのかも知れない。


「リター、こっちこっち」


 訓練場の白に圧倒されていると、リタの名前が呼ばれる。

 そちらを目をやると、数人の女子生徒が固まっているのが見えた。


「呼ばれちゃった。じゃあ、私はこれで」

「あぁ、色々とありがとな」

「今度、お礼するからねー」


 返事の代わりにかるく手を振って、リタはこの場から去って行った。

 去り際まで大人びていた。


「――お前ら、ちゃんと全員いるかー? すぐに授業はじめっぞー」


 そうしていると、魔法陣からイリーナ先生が現れる。

 授業開始の時刻が来ていたようで、すたすたと訓練場の中央付近まで進んだ。


「よし、全員いるな。転校生の二人も」


 気怠げな口調で確認作業は進み、俺たちの確認も済む。


「じゃあ、授業をはじめるぞー。と言っても、前に言っていた通り、今回は自習だ。各自、自由に励むこと。授業の終わりに報告させるからなー、サボるんじゃあねーぞー」


 あくびを一つして、イリーナ先生は虚空をなぞり、空間を開く。

 空間系の魔法で開いた異次元空間に手を突っ込み、取り出したるはパイプイス。

 それに腰掛けると、足を組んで傍観者となった。

 自習ということだから、自ら指導する気はないようだ。


「自習かぁ。じゃあ、とりあえず周りの様子を見てから決めよっか。それでいい?」

「そうだな。文化が違うんだし、それから決めても遅くないだろ」


 このエターズ魔法学園独自の風習が、あったりするかも知れない。

 異なる環境に身を置いているんだ、まずは周囲の観察から始めるべきだろう。

 そう思い、俺たちは周囲に目を向けた。


「二人組になってるな」


 周りにいる生徒たちは、次々に二人組を造っている。

 そういう感じで進めていくのか。


「なら、俺たちもそれに習うか」

「うん。私と司で――」


 そう話していると、一人の男子生徒が近づいてくるのが見えた。

 彼は俺たちの会話を遮るように現れ、詩織に声を掛ける。


「あ、あの、ちょっといいかな?」

「へ? 私? うん、いいけど。なにか用かな?」

「えっと、よかった僕と組んでくらないかなって。今日の自習」


 どうやら彼の用事とは、詩織を誘うことだったらしい。

 同じ転校生である俺と話しているのが見えていたはず。

 それでも彼は詩織に声をかけた。

 日本には、こういう積極的な人種はいなかったな。


「えーっと、お誘いは嬉しいけど。私にはもう――」

「あのっ、この学園のこととか、この自習のこととか、まだよくわからないでしょ? だから、転校生同士で組むのはあまり得策じゃないと思うんだ」


 なるほど。


「一理あるな」

「司?」

「俺たちで組むより、そのほうが建設的だろ? 手間も省ける」

「そうだけど……」


 折角の申し出だ、詩織はそれを受ければいい。

 俺のほうは、まぁ適当に相手を見つけるさ。

 どうせ、クラスメイトは偶数なんだ。

 一人だけあまる、なんて悲惨なことにはならない。


「……わかった。司がそういうなら、いいよ」

「ほ、本当? よし!」


 彼は、人目も憚らず、ぐっと拳を握りしめて喜びを体現する。

 よほど、詩織と組みたかったらしい。

 日本でもそうだったけれど、詩織はここでも人気者だな。


「でも、一つ確かめさせてほしいことがあるの」


 付け加えるように、詩織は言う。


「確かめたいこと?」

「うん。私はあんまり身にならないことはしたくないからさ。だから、確かめさせてよ。私とキミの実力が、近いところにあるのか、ないのか」


 あぁ。

 また詩織の悪い癖がはじまった。


「えーっと……」


 戸惑う彼に、俺はそっと近寄った。


「あー……要するに、だ」


 そして、通訳をするように、詩織の言い分を彼に伝える。


「詩織は出来ることなら、自分と同等か、それ以上を相手に求めたいんだよ。そのほうがより高みに手を伸ばせるからさ。向上心が服を着て歩いてるような奴なんだ」


 その割には、自己評価が低いきらいがあるんだけれど。


「……僕が東雲さんと釣り合うか否かをたしかめたい、ということかい?」

「あくまでも力量の話だけど。言葉を選ばずに言えば、そうなるかもな」


 そう告げると、彼はすこし目を伏せて思案する。

 それは、けれど数秒で終了して、視線は持ち上がった。


「わかった。是非とも、たしかめてほしい。方法は任せるよ」


 聞く人が聞けば怒りそうなものだけれど、彼は快く了承してくれた。

 こうして話は進み、詩織の出した方法は模擬試合。

 一対一で戦うのが、一番手っ取り早い手段だからだ。

 勝敗の決定は主に二つ。

 一つは、どちらかが負けを認めること。

 もう一つは、魔術師が常に身に纏っている魔力の鎧、魔殻まかくを打ち砕くこと。

 その話は瞬く間に生徒間に伝播した。


「――なんだなんだ?」

「転校生の女の子が、なんか模擬試合するんだって」

「へー、転校生が。それは楽しみだね」


 生徒が勝手に模擬試合をしようとしている。

 その情報は、イリーナ先生の耳にも届いているはず。

 けれど、なにも言ってこないあたり、問題はないのだろう。

 話は纏まり、彼と詩織は空けた場所へと移動する。


「ちょっと目を離した隙に、面白いことになっているみたいね」


 二人の背中を追いかけるように歩いていると、隣にリタがやってくる。


「詩織、大丈夫なの?」

「なにがだ?」

「彼、あれでもナンバーズに近い生徒だから、取られちゃうかもしれないわよ」

「ナンバーズ? あぁ、例の成績上位者のことか」


 この学園には成績上位者百名を指してナンバーズと呼称している。

 簡単に言えば、テスト結果の順位表のようなもの。

 ナンバーズに入ることが出来れば、様々な特権を得られるらしい。


「詩織なら心配いらない。それに取られちゃうって表現の仕方はやめてくれ。俺にそんなつもりはねーよ」

「あら、そうなの? てっきり、恋仲なのかと」

「もしそうなら意地でも止めてるよ」

「……ふふっ、どうかしらね」


 リタは含みのある言い方をした。


「なんだよ」

「いえ。そう言う割にはすこしも詩織が負けるとは思ってなさそうだから、つい」

「まぁ……俺が一番、近くで見続けてきたからな」


 そうこうしているうちに、彼と詩織は配置についた。

 虚空をなぞることで空間を開き、己の得物を手に取ることで準備は整う。

 詩織の得物は、俺と同じ日本刀。

 彼の得物は、ロングソード。

 その二人の絵の背景には、すでに野次馬と化したクラスメイトがいる。

 模擬試合に支障がでない程度に距離をとり、取り囲むようにずらりと並んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ