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転校生


 東雲詩織しののめしおりは、常勝不敗の魔法使いである。

 現代の裏世界に属する魔法学園に在籍し、トップの成績を残したまぎれもない天才だ。

 魔法の扱いに長けているし、戦闘におけるセンスも申し分ない。

 容姿が素晴らしく端麗で、成績面も優秀そのもの。

 自らの力量に奢ることなく、満足することもない。

 はるか高みへと手を伸ばし続ける、強靱な精神性を持っている。

 性格はからっとしていて、誰からも好かれていた。

 絵に描いたような優等生。

 彼女をそう称しても、異を唱える者などいないほどだ。

 けれど、そんな完璧な詩織にも敵わない相手はいる。

 それはたった一人の例外。

 詩織が幾度となく挑み続け、未だに一勝たりとも掴めていない者。

 たとえば、そう。

 幼馴染み、とか。



 遠く日本を離れた地にて。

 歩く地面は石畳。

 見える街並みは赤煉瓦。

 そんな見慣れた風景とは違う景観を、観光気分で楽しみながら歩くことしばらく。

 俺たちは目的地であるところの、エターズ魔法学園へとたどり着いた。


「はー、まるで城だな。こりゃ」


 校門から眺める学園校舎は、一国の王が座す王城のように映る。

 荘厳にして偉大。

 その敷地内に足を踏み入れることすら、憚られるような威圧感がある。

 俺も、この学園に在籍することにならなければ、近寄ろうともしなかっただろうな。


「ほーら。はやく行こうよ、つかさ。こんなとこで立ち止まってら迷惑でしょ?」


 一方で俺の幼馴染みは、随分と肝が据わっていた。

 すこしも臆した様子もなく、寧ろ楽しみにしているようでもあった。

 平然と敷居を跨いで、くるりとこちらに振り返る。

 栗色の長い髪が勢いで揺れて、憂いを知らないかのような瞳で射抜かれた。

 そんな風に見つめられてしまうと、俺のほうも立ち止まってはいられない。


「わかったよ、詩織しおり


 そう返事をして、俺も学園の敷居を跨ぐ。

 俺たちの新たなる学園生活が、今ここに始まりを告げた。


「――という訳だ。天道司てんどうつかさと東雲詩織。二人の転校生と仲良くしろよ、生徒諸君」


 エターズ魔法学園の一角にある教室にて。

 担任であるイリーナ先生は、金の長い髪を鬱陶しげに払いながら、そう告げた。

 男勝りな口調で、教師にあるまじき露出度の多い衣服を纏う女性教師。

 そんな有様で教職が勤まるのかと疑問に思ったけれど。

 すぐに考えを改めた。

 ここは格式も格調も高い、老舗の魔法学園だ。

 その環境にあって彼女がクビになっていない以上、あの格好や口調でも勤まっている。

 教師としての適性は、十分すぎるほどあるということだ。


「じゃ、二人は席につけ。後ろのほうに空いてるのがあるから」


 指示に従って、俺たちは教室の最奥まで足を進める。

 たしかに空いた席が二つ、隣り合っているのが見えた。

 ほかに空きもないことだし、ここに違いはないだろう。

 さしたる確認作業もすることなく、俺たちは着席した。


「よーし、じゃあ授業を――っと、そうだった。リタ」

「はい。なんですか? 先生」


 リタ、と呼ばれた女子生徒が返事をする。

 ちょうど目のまえの席にいた彼女の声は、同年代とは思えないほど大人びていた。

 妖艶とさえ、言ってもいい。


「学級委員長として、昼休みにでも二人を案内してやってくれ。あと、この学園の仕組みもな」

「わかりました。任せてください」


 二つ返事で了承したリタは、こちらを振り向く。

 その身に纏う雰囲気と一連の仕草には艶があり、色がある。

 そんなリタは俺と視線を合わせると、微かに笑みを浮かべた。


「そういうことだから、お昼休みに、ね?」


 そうとだけ言って、彼女は再びまえを向いた。

 年齢を五歳か六歳くらい詐称しているんじゃあないのか?

 思わず、そんな馬鹿げたことを頭の片隅で考える程度には、彼女は大人びている。

 どこからどう見ても学生服を着た二十代のOLだ。


「――さて、ここがロビー。多種多様な施設へ繋がる玄関口ってところね」


 昼休み。

 学級委員長であるリタに案内されたのは、広く空けた空間だった。

 文字通り、空港のロビーのような場所で、数多くの生徒が往来している。


「施設への移動は、基本的に転移魔法陣を通ることになるわ。たくさん、並んでいるでしょう?」


 リタの言う通り、このロビーには複数の魔法陣が描かれていた。

 この空間を縁取るように、一定間隔に二つずつ配置されている。

 生徒たちは、右側の魔法陣から現れては、左側の魔法陣に消えていく。

 入り口と出口で魔法陣が決まっているらしい。


「あの端のほうから順番に、魔導実験室、図書室、魔法植物園、トレーニングルーム、食堂、それから――」


 リタは一つ一つ魔法陣を指さしながら、行き先を告げていく。

 流石はエターズ魔法学園とだけあって、魔法使いのための施設が充実している。

 中には温泉なんてものまであった。


「――ってところね。折角だから、食堂に入りましょうか。お昼、食べてないでしょう? それに」


 そう言ってリタは懐からとあるケースを取り出した。


「これの使い方も、教えないといけないしね」


 薄い箱状のそれは、俺たちにも事前に支給されているものだ。

 その中に入っているのは、数種類の硬貨である。


「ルピアって奴か」

「たしか、この学園内だけで使える独自通貨……だったよね?」


 どこかの国の単位と同じ名前だったはず。


「そうよ。ここではドル札でも小切手でも、お買い物はできないの。まぁ、詳しい話は食堂に入ってからにしましょうね」


 そう言って、リタは食堂へと繋がる魔法陣へと向かう。


「なぁ、詩織。ケースの中にどれだけ入ってた?」

「100のルピアが十枚と1000のルピアが四枚だけど。司は?」

「俺も同じだ。ということは」


 手持ちの資金は5000ルピア。

 この価値がどれほどのものか、俺たちはまだ知らない。

 しかし、この学園生活における全財産がそれだけとなると。


「多いとみるか、少ないとみるか。微妙なところだな」

「月のはじめに支給されるんだよね? だから、考えて使えばこれだけで一ヶ月もつのかも」

「どうだろうな。そんな救済処置が用意されているかもよくわからん」


 ここは魔法使いの学園だ。

 良くも悪くも、世の中の常識からかけ離れた位置にある。

 表の世界では非合法、非人道でも、こちらの世界では合法、人道的と扱われる場合もある。

 そんな世界に生きる魔法使いという偏屈が集まってできた学園だ。

 どんなことが起こっても不思議じゃあない。


「どうしたの? お腹、空いてない?」

「いま行く」


 詩織と話し込んでいると、リタに呼ばれてしまう。

 待たせるのも悪いので、話を終わらせて俺たちは食堂へと向かった。


「食堂――この学園にある施設の利用料は、一律で500ルピアよ」


 食堂の入り口には、ゲート設けられている。

 それの隣に備え付けられた台の上に描かれた魔法陣に、リタはルピアを五枚おいた。

 すると、それらは一瞬にしてどこかへと転送されて消失した。

 そして、ゲートは通行可能となる。


「500ルピアか」


 手持ちの十分の一。

 そう考えると、すこし多いように感じてしまうな。

 頭の中で色んな思いを巡らせつつ、500ルピア支払ってゲートを潜った。

 詩織もそのあとに続いてゲートを潜る。


「いま意外と高いって思ったでしょ?」


 心の中を言い当てられた。


「まぁな。一日一食にしたって、食事にありつけるのは十日だけだからな」


 一回の食事で500ルピア。

 手持ちの5000ルピアだけでは二週間と持たない。

 この分だと、支給金だけで一ヶ月過ごさせる気はさらさらないと見える。


「そうね。なにもしなければ、そうなるわね。でも、安心して。ここは食べ放題だから貴重な貴重な500ルピアを支払うだけの価値はあるわよ」

「だと良いけど」


 この食堂の形式は、セルフサービス。

 バイキングやビュッフェと言われるもの。

 たしかバイキングは和製英語で、食べ放題と同義なのは日本だけとか。

 そんなどうでもいい豆知識を思い出しながら、皿に料理を取り分けた。


「でも、今日はよく空いてるんだね。お昼時なのに」


 たしかに見渡していても空席が目立つ。

 生徒を多く抱える学園にしては、珍しいように思う。


「まぁね。みんな、ここよりもいいところで食事をしているから。でも、月末になると金欠の生徒でごった返すのよね」

「ん? ……あぁ、食べ放題だから食い溜めできるのか」

「そういうこと」


 毎食の利用には高価だけれど。

 一度の利用で食い溜めすることで、食費を浮かすことは可能だ。

 そう考えてみると、一応は餓死者が出ないように配慮されているのか。

 これでも餓死するなら、もう知らん。

 そんな学園側の意思が感じられる。


「さぁ、続きはテーブルについてからにしましょう。あそこの席がいいわね」


 リタは日当たりのいい席を差してそちらへと向かう。

 俺たちはそれぞれ好みの料理を携え、テーブルに腰を下ろした。


「――もう察しがついているでしょうけれど。当然、支給金だけでは満足にご飯を食べることもできないわ」


 そう言って、リタはフォークに刺した野菜を口へと運ぶ。


「……だから」


 きちんと飲み込んでから、リタは話を続ける。


「私たちは働いてルピアを稼がなくてはならない」

「じゃあ、アルバイトってこと?」

「そういうこと。労働にはそれに見合った報酬を、ってね」


 働いてルピアを稼ぐ。

 社会経験の一旦を、学園内で行おうという取り組みか。

 今朝にイリーナ先生が言っていた学園の仕組みとは、これのことだろう。

 転校のまえに軽く聞かされはしていたが、詳細を知るのはこれがはじめてだな。


「でも、労働って言っても、色々あるよね? 例えば?」

「そうね……」


 詩織の質問に、リタはすこし思考を巡らせた。


「至極簡単なものもあれば、面倒なものもあるわ。例えば学園内の清掃活動とか、先生方のお手伝い、幻想生物の飼育係に、魔法植物のお世話とかね。ほかにも色々と」

「まるで子供のお小遣いだな」


 皿洗いをしたら百円。

 部屋の片付けをしたら百円、みたいな。


「歴としたお仕事よ。私たちはクエストって呼んでるわ。それは先生から出されることもあるし、生徒会や生徒個人からでも可能よ。学園の審査をクリアしないと行けないけど」


 クエストを出すには審査を通る必要があるのか。

 まぁ、何でもかんでもクエストに出来るなら、悪用する奴が出てくるのは自明の理か。

 こいつが気に入らないから殴ってくれた人に1000ルピア、とか。

 その場合はクエストじゃあなくて賞金首だな。


「ほかにも、さっき貴方が言ったように、アルバイトをすることも出来るわ。学園の敷地内に商業スペースがあるのよ。カフェとか、飲食店、雑貨屋、魔道具店なんかが密集しているの」

「そこで働いてルピアを稼ぐってわけか。文字通りのアルバイトだな」


 この食堂が賑わいを見せていないのも、そっちに客を取られているからか。

 まぁ、エターズ魔法学園に在籍する生徒はかなり多い。

 それらが一度に食堂へと押し寄せれば、あっと言う間に満杯になってしまう。

 毎日毎日、大渋滞だ。

 そうならないためにも、商業スペースは必要不可欠か。


「なら、リタもなにかアルバイトをしているの?」

「いいえ、私は特にしていないわ。委員長だから、それである程度ルピアがもらえるから」

「へー、そうなんだ」


 委員長としての仕事も報酬の対象か。

 面倒臭い役職なんだし、それくらいの旨味があって然るべきだな。


「なんにせよ、先立つものが必要か」


 クエストか、アルバイトか。

 どちらにせよ、ルピアを稼がなくては学園生活をまともに送れない。

 明日にでも割のいいクエストかアルバイトを探してみようか。

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