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宇宙猫  作者: めけめけ
第2章 空中庭園
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第5話 空中庭園

 空中庭園を目視で確認し、ランドシップをタワーの緊急発着エリアに着陸させ、地上に降り立つ。地上と言ってもここは30階建てのビルの屋上なのだが、その屋上からそびえ立つタワーを見上げると、不思議と地上にいるような気分になる。

 緑の芝生、赤や白、黄色の花が咲く花壇、ベンチとそのそばに寄り添うように立つ木々。

「まるで開園前の遊園地だな。ここは」

 ローゼンベルガーは、少しばかり饒舌になったが、口から出てくるのは毒舌ばかりである。

「記録によるとここ10年くらいは、ずっとこの状態だったはずよ。ほら、見て。オートクリーナーよ」

 ところどころに四角い金属製のボックスが立ち並んでいる。簡単に言ってしまえばゴミ箱なのだが、ゴミをそこに捨てるのではなく、捨てられたゴミがオートクリーナーと呼ばれる掃除ロボットがこの箱の中に配備され、定期的に決められたエリアのゴミを回収するのである。人が侵入することのない現在ではせいぜい落ち葉くらいしかゴミは発生しないのだろう。むしろ彼らの役割は、ゴミの回収よりも、芝生の手入れや植木の管理ということになる。


 オートクリーナーが一台、芝生を刈りに出てきたのだろう。作業アームにカッターをつけて現れた。三人はしばらくその様子を眺めていたが、オートクリーナーはなかなか作業に取り掛からない。

「なぁ、なんか様子がおかしくないか」

 オートクリーナーはクモやカニのような節足動物のような形をしており、脚部にアタッチメントをつけることで、様々な作業をこなすように設計されている。大きさは人が上に載って運べるくらい……簡易の椅子になることができ、緊急時にはタンカの役割もこなせる。


「向こうからも何台かこっちに集まっていているな。どうやら、俺たち、ランチじゃなくてゴミだと認識されたんじゃないのか?」

 周りを見渡すと6方向から囲まれている。一人に付き、二台で片づけようという魂胆らしかった。

「遮蔽モードでなんとかやり過ごせないかしら」

 ライブラリーからオートクリーナーの仕様をチェックする。

「資料通りなら、それでやり過ごせるが、"なんらかの改造"が施されている可能性も考えられる。僕が最初に試してみる。ノーラを頼む」


 自分の身を守ることはできるが、ノーラの安全を確保するのであれば、僕が遮蔽モードで奴らに接近し、その反応を見てからでも、あいつなら対応可能だ。それに、この先のことを考えてもここでの戦闘は極力避けたかった。隠密行動が大前提の作戦だ。

 左腕の甲から肘にかけて遮蔽モードのメインコントローラーが並んでいる。スイッチというよりは僕の右手の動きを読み取るデバイスであらかじめ登録している合図をトリガーに、遮蔽スーツの様々な機能をコントロールできる。ヘルメットのスイッチを押してバイザー閉じ、人差し指と中指だけを肘から腕の甲にかけて滑らせる。遮蔽装置が起動し、僕は見た目上、姿を消した。


「いったん完全遮蔽モードに入る。奴らのすぐわきを通り過ぎて向こう側にでたら、オンラインモードに切り替える。それで奴らのサーチモードが有視界だけなのか、電波モードなのか判断できるだろう」

 僕はオートクリーナーを警戒しながらゆっくりと前に進み、1メートルの距離まで近づくと、一気に50センチの距離まで縮め、横をすり抜けて相手の後ろを取った。そこから3メートル距離を取ったところでオンラインモード――光学的な遮蔽のみ有効にし、ソナーのような電波探知に対して無防備なモードに切り替えた。しかし、オートクリーナーは反応をしない。どうやらサーチモードはスペック表通りのようだった。

 次に通信は使わず、声を上げて二人に話しかけた。

「どうやら光学的なサーチ機能だけみたいだ。音声にも……反応しないな。赤外線とカメラによるサーチだけなら通常の遮蔽モードでやり過ごせそうだ」


 遮蔽スーツは装着している時点で赤外線や温度探知からは検知できなくなる。バイザーを降ろして通常の遮蔽モードでローゼンベルガーとノーラはオートクリーナーの包囲網から抜け出した。

「"動くものはなんでも処分しろ" そんな命令に書き換えられているみたいね」

 ノーラは小さな声で言った。いくら音声探知がないといっても、ひそひそ声になるのは当然といえば当然で、その意味で僕は少しだけ安心をした。

「犬でも人でも猫でも……って、ことなんだろうが。いったい誰がそんなことをしたんだか。まぁ、考えられるのは、ここより上の塔に誰かいるかもしれないってことだな」


 正論である。ローゼンベルガーが言っているように、この空中庭園で動く者を処分するようにしておけば、宇宙猫も警戒して塔を登ろうとはしないだろう。

「つまり、ここから上は人間にとって安全で、下は危険ってことだな。それは織り込み済みだ。建物の中にはまだ、いろいろと仕掛けがある。それらのセキュリティーをいちいち解除してまわるよりも、計画通りここから一気に下まで降りるとしようか」

 僕はふたりに合図を送り、空中庭園に停泊させたランドシップからワイヤーを降ろし、150メートル下の地上まで一気に降下することにした。

「ワイヤーバイクの使い方は大丈夫だね。ノーラ」

「オートバイクの要領でしょう。ギアとアクセルとブレーキ」

 ワイヤーにバイクのハンドルと腰を安定させるサドルと馬の鐙のように足を引っ掛けるパーツが一体になった機器を取り付ける。


「下は何があるかわからねぇ。30メートルごとに一旦停止、安全を確認してから地上30メートルまで進む。そこからは俺が指示を出すまで動くな」

「了解」

 やはりローゼンベルガーの様子はおかしい。いつもなら"さぁ、宇宙猫の巣窟にドライブとしゃれ込もうか"とか、そんな悪態をついて、僕を呆れさせるのに、ノーラがいるというだけで、ここまで慎重になるのだろうか。

 僕らはゆっくりと下へ、下へと降りて行った。ビルの窓から建物の中の様子が見える。最盛期には1万人に近い職員が常駐し、観光やビジネスで数万人が出入をしていたビルとは思えない静けさである。ほとんどの窓はブラインドが閉じているが、時折中の様子が見える。だか、そこにはガランとした空間があるだけで、ただただ無機質なだけである。


 ときおり人影のように見えるのは、ハンガーにかけっぱなしのコートやユニフォームで、静寂がすべてを支配しているようだった。120メートル、90メートル、60メートル。とくに異常は見当たらなかったが、あいつは一人、戦闘態勢に入っていた。おそらくあいつにしか感じられない"敵の気配"があったのだろう。僕は外部意識をフル活動させ、周囲の警戒にあたった。不意にノーラから通信が入る。


「ねぇ、あそこに何かいない?」


 地上60メートルからみるアレスタワーの周囲の風景――建物の周りは広場になっていて、ベンチやコーヒースタンドが点在している。ここもまたオートクリーナーが機能しているのだろう。見た目にはきちんと整備されている。周囲20メートル幅の敷地内の外を片側3車線の道路を挟んで向こう側に3階建てから5階建ての建物が並んでいる。どれも商業ビルではあるが人の気配はない。

 シャッターが閉じている建物もあれば、ドアが開きっぱなしの建物もある。アレスタワーと違って、整備がずっとされていないのがわかる。ただ、ここは雨風がないに等しいので風化しているというわけではない。それでもところどころ建物に傷があるのは、外的要因、ない物かによって破壊された形跡が残っている。それが人の手によるものなのか、宇宙猫によるものなのか。おそらく両者の出会いがしらの戦闘によって起きたのだろうと予測はできる。

 横倒しになったランドカー、外れたタイヤ。シティポリスのバイク。渇ききった血痕――そこはまさにゴーストタウンである。こんな場所に何かがいるとしたら、それはもう宇宙猫に決まっているだろう。


「各自遮蔽モードをチェック、赤外線センサーによる索敵範囲を半径50メートルで行え」

 ローゼンベルガーは隊長として的確な指示を出す。

「動体物感知――空中庭園と同型のオートクリーナーが1機。その周りに熱反応――生物だな」

 自分たちの足元から建物を背にして右手、10メートル先にオートクリーナーが見える。その周りを小さな黒い物体が動き回っている。 

「見て、宇宙猫の子猫じゃない。あれ」

 あまりにもあっけなく、それは僕らの目の前に姿を現した。

「目標確認。更に周囲を警戒しつつ、作戦B2に移行」

「了解――作戦B2 宇宙猫捕獲作戦に移る」


 僕らはワイヤーバイクを地上30メートルで固定し、足掛け部分を分離し、ゆっくり地上へと近づいて行った。それまで見渡せていた世界が一気に狭まり、ビル群の中に沈んでいくにつれて、ここが戦場としてどれだけ危険な場所であるかを痛感するしかなかった。

「虎穴に入らずんば虎子を得ずとは、よくいったもんだな。相棒」

 あいつがこういう言い回しをするときは、大概、切羽詰まった状況の時である。


 いやおうなしに、緊張感が高まっていった。



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