第3話 相棒
現場で直接治療をすることができれば、もっと生還率は上がるはずだ。そう考えて、メディックからヒーラーへと所属を変えた。メディックとヒーラーは衛生兵であることには変わりがないが、病院付衛生兵をメディック、戦場で傷ついた兵に応急処置を施すのはヒーラーとして区別するようになっている。ヒーラーは通常、部隊に一定の割合で配備されるが、僕はあいつ専属のヒーラーである。これはボクサーとトレーナーの関係に近い。トレーナーは戦場に行くまでの間、最強の戦士としてリングに上がれるよう体調管理をする。どのリングに上がるのかも綿密に打ち合わせる。そして戦場に赴けば、リングサイドで指示を送り、インターバルの間はダメージの回復と疾患部分の応急処置を行う。
「帰ってきてくれさえすれば」という状況ではメディックと変わらないが、戦闘を間近で見ることで、より適切な手当てをすることができる。戦闘中は簡易メディカルポッドの中で待機している。このポットは宇宙猫の嗅覚、聴覚、視覚に察知されない特別なコーティングが施されている。もちろん、発見されれば、逃げるしかない。ポットそのものが破壊されることはないが、中の人間は無事では済まない。
敵を職滅したアルフレッド・ローゼンベルガーを簡易メディカルポッドに収容してから3時間が過ぎていた。命にかかわるようなダメージはすでに治癒している。ここまでくれば、あとはベースに戻って治療をすればいい。味方に救援信号を送り、収容されるのを待つだけだ。
「だいたい終わったぞ。まったく、最近無茶が過ぎるんじゃないか。アルフレッド」
あいつは簡易メディカルポッドの施術台から半身を起こして自分の左腕を眺めた。左腕はNMM集中治療装置によって組織の回復施術が行われている。神経や筋肉質の重要なポイントはすでに僕の手で回復させている。腕を普通に動かせるようになるまでは、20時間以上必要だろうし、戦闘可能な状態までは3日以上はかかる。
あいつはどのくらいで治るのかをすぐに聴きたがるので、僕は少しばかり意地悪な答え方をした。
「今回のダメ―ジはかなり深刻だぞ。はい、これで元通りというわけにはいかないかもしれない」
「そりゃ、そうだ。元通りじゃ物足りねぇ。更なる強化が必要だ」
あいつは傷ついた左腕を眺めながらそうつぶやいた。
「馬鹿なことを! これ以上強化するなら、左腕だけではすまないぞ。そうやって体中いじくりまわして、お前はいつまでこんなことを続けるつもりなんだ!」
僕はあいつの鼻先に顔を突き合わせて本気で怒った。
「こいつは俺の戦争だ。勝つまでは止めないし、負けるまで終わらない」
「負けるまでって……、なぁ、アルフレッド。少し休まないか。戦闘と回復を繰り返すだけの毎日じゃ、体はともかく心が持たない。お前は気づいていないかもしれないが、僕にはわかるんだよ。最近のお前からは死の匂いがする。死神に取り憑かれているぞ」
あいつは笑って言い返した。
「おいおい、ヒーラーには死神をサーチする能力もあるのかい? 心配するな。相棒。俺は死ぬつもりもないし、死と引き換えに何かを成し遂げようなんて思ってもいない。ディーノ、必ずお前さんの元に帰ってくるさ」
もしあいつが怪我をしていなかったら思いっきりぶん殴ってやろうと思ったが、ヒーラーが患者を鉄拳制裁するなど、笑い話にもならない。そのとき、通信機から連絡が入る。
「こちらベース204所属、コンラート少尉。付近の安全を確認次第、お二人を回収します」
「了解。こちらヒーラーのディーノ中尉。アルフレッド大尉の応急処置は済んでいるが、ベースに戻ってすぐに治療をしたい。迅速な対応を求む」
回収船は6基の簡易メディカルポッドを収容できるが、最近ではフルに収容して帰還することは少ない。生還できなかったものは、別の便で収容されることになる。そちらはいつも満席だ。
「終わりのない戦いだと、お前さんは思っているのかもしれないが、そんなことはねぇよ」
「今のところ、終わりは見えてないじゃないか。戦況は悪化するばかりだ。あいつらの進化に、俺たち人間はついていけない」
「あれは、進化なんかじゃねぇよ。野生に戻っただけさ。俺たち人類が狩られる側になったのは、何も今に始まったことじゃないさ」
「そりゃあ、そうだが、じゃあ、アルフレッド。お前はどうけじめをつけるつもりなんだ」
あいつは簡易メディカルポッドから火星の空を眺めながら行った。
「そうだな。気が済むまでってところかな。だから、ディーノ、それまでは付き合ってくれよ」
「ペテンにもなってない気がするが、それなら僕にだって一言、言わせてもらえないか」
「なんだよ。相棒」
「どこに行ってもいいが、晩飯までには帰ってこいよ」
「ふん! おふくろにもそんなこと、言われたことないわ」
「待つ側の気持ちというのは、そういうものだ!」
「そうか。わかった。これからは、そうするよ」
僕たちは回収船に収容された
「少尉、どのくらいでベースに着く?」
「このまま、まっすぐベースに戻ります。中尉殿」
「まっすぐって、他の連中は……」
コンラート少尉は首を横に振った。この日の作戦でベースに戻ったのは、僕らだけだった。
宇宙猫との戦いは続く。
火星の覇権をかけて、長い戦いが続くだろう。かつて人類は、地球上で獣に狩られる側だった。長い時を経て文明を築き、環境を変え、人類は地上の王となった。いつか火星も人類のものとなるだろう。そう信じて僕らは戦う。おそらく僕らはエピローグを見ることはないだろう。アルフレッドは全身のスペックアップを志願し、僕もそれに合わせてより強力な回復能力を身に付けた。
人体の改造をどこまで認めるのか、地球では賛否両論が上がっているらしいが、環境への適応を止めることはできない。宇宙猫に対抗すべき天敵として宇宙犬の実用化が軍の研究所では始まっている。もう降りることはできない。気が済むまでやるしかないのである。
僕らはまた戦場へと赴く。あれから3年。体が一回り大きくなったアルフレッド・ローゼンベルガーは、さながら伝説の巨神兵のようだったが、相変わらず憎まれ口を叩いている。
「体がでかくなったのはいいが、あちこち頭をぶつけるようになった。早いところこのサイズにあった社会になってもらいたいものだ」
僕は視覚、嗅覚、聴覚を強化され、ナノシールドを発生させ、一時的に対象の防御力を上げる能力を身に付けた。さらに、NMMを治癒だけではなく、相手の細胞組織を破壊する手段として使えるよう強化された。戦闘可能なヒーラーというわけである。
「よくできた科学は魔法と区別がつかないというが、まるでファンタジーの世界だな。やっている本人は大まじめなのに、滑稽なことにしかならないというのは、いつの時代も変わらないようだ」
しかし、もっと劇的に変わったことがある。それは移動手段だ。物体を電子レベルに分解し、再構築するという技術が正式に採用され、任意の空間への転送が可能となった。今はまだ帰還の時だけしか使えないが、技術が進めば、いつどこにでも行きたい場所に人も装備も転送することが可能となる。これによって生還率は格段にあがるだろう。
「よし、そろそろ行くぞ、相棒」
アルフレッドは大きくなった体に合わせて新調された軽量級のパワードスーツに身を包み、火星の大地に躍動した。僕もそれに続く。背後から低い姿勢で一匹の獣が近寄ってくる。
「ジョバンニ! ついてこい!」
あいつの合図で武装をした大型犬が駆け出す。対宇宙猫用に試験的に宇宙犬が導入された。アルフレッドと同じく戦闘用に強化されている大型のアンドロイド犬である。
「ワオーン」
人類の愚行に、終わりはない。
決死圏
おわり