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宇宙猫  作者: めけめけ
第1章 決死圏
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第2話 宇宙猫

 一人で生還したときは、右腕がめちゃくちゃになっていたそうだが、おそらくナイフを握ったまま敵の口の中にそいつをぶち込んだのだろう。刃物で敵に致命的なダメージを与えるのには有効な手段ではあるが、最後の最後でしか使えない方法でもある。今回の左腕のダメージは、そのとき以上にひどい。


 コンビを組む際に相方の治療履歴を頭に叩き込んだ。いつどこで、どんな敵と戦い、どんなダメージを負ったのか。どのような治療をし、どのパーツを交換したのか。そして強化したのか。製品の耐久度やメンテナンスに必要な投与剤のリスト。インストールすれば、情報はいつでも引き出せるが、自分なりにインディックスを再構築し、あらゆる外傷、感染症、免疫過剰反応などに対応できるよう治癒パターンを用意しておく。


 僕の能力が『神の手』と呼ばれるのは、何も特殊な能力を有しているわけではない。マジックに種も仕掛けもあるように魔法にも理論と経験則があり、すべては科学なのである。


 人類が地球から本格的な地球外移民を始めたのは今から200年ほど前のことである。宇宙ステーションや月面基地の建設によって、擬似的な永住が100家族ほどで行われ、同時に火星の開拓が始まった。人はその中で新しい環境に適応し、新たな鉱物資源を得て、人類の科学は飛躍的に進歩した。地球上では不可能だったことが、可能になる。簡単に言えば人類は魔法を手に入れた。


 火星や周辺の小惑星から新種の鉱物が発見され、ナノテクノロジーとの組み合わせで見た目に手をかざすだけで傷口を治癒するような技術が開発された。それらの技術は多国籍企業と軍事産業によって軍事用に開発されたものだったが、やがてそれらは共通の目的のために国や企業の枠組みを超えて技術協力を積極的に行うようになった。


 人類にとって共通の敵に対抗するため、人類歴史上はじめて地球人はひとつにまとまったのである。共通の敵の出現は当初、さまざまな憶測が流れ、国や多国籍企業、或いは宗教や政治思想、社会思想に基づいた陰謀ではないかと思われたが、研究が進むにつれ、敵に対して人類が互いにけん制し会っている場合ではないことがわかってきた。


 人類にとっての共通の敵――それは有史以来、常に人の傍らにいて人の行く末を眺めていた存在。彼らは友人であり、時に恋人よりも愛おしい存在であり、時に敬愛に値し、時に人々を和ませる。大型のものは、百獣の王と呼ばれ、畏敬の念を持ってあがめられ、また「強さ」「勇猛さ」の象徴とされるものもいた。


 戦闘能力におけるしなやかさ、俊敏さ、狡猾さ。人類が文明を築く過程において、時に人を食う獣として恐れられ乱獲がされたこともある。


 ネコ目(食肉目)- ネコ亜目- ネコ科- ネコ亜科- ネコ属- ヤマネコ種- イエネコ亜種が、人類の敵になったのは30年ほど前のことである。地球を離れ宇宙で人と暮らすようになったとき、人は当然のように、または実験の意味でネコを同行させた。人類が宇宙という新しい環境に適応していったように、ネコもまた宇宙の中で適応していった。いや、或いは現在のネコの姿が本来の姿であって、地球という、ネコにとって暮らしにくい土地で生き残るために、ネコは人類と共存する道を選んだのかもしれない。


 そう考えれば、ライオンやトラ、ヒョウやジャガーは、人にへつらうことなく己の我を通した存在なのかもしれない。元来ネコは凶暴性を有しており、人に対する警戒心が強い生き物である。


 犬は人につき、猫は家につく。


 ネコは地球という家につき、その環境が宇宙に変わったのであれば、人類より宇宙空間に適応したネコは、もはや人に媚を売る必要はなくなった。機を見るに敏――かくしてネコは人類に牙を向け、虎視眈々と爪を磨ぎ、狡猾に人類にとって代わって、覇者になろうとしたのである。


 奴らは人類が培ったテクノロジーを巧みに利用し、能力の強化を図った。或いは図らずしもその機会を得た。ほんのいたずら心で、飼い主が最愛のペットにナノテクノロジーを使った心肺機能や治癒能力の強化を行い、それぞれの個体が交配を繰り返すことで、人類の脅威足りうる怪物が生まれるまで、おそらく100年ほどの歳月がかかったことが、遺伝子レベルの解析で明らかになっている。


 宇宙にでても、人の営みは変わらない。


 強化を施された飼い猫たちが、飼い主の目を盗んで交尾をし、望まれることなく生まれた子猫たちは人に捨てられる。宇宙にまできて捨てられた猫たちを哀れに思い、人以外には施してはいけないような強化を行い、過酷な環境でも生き残れる「ちから」を与え、結果、野に野獣を放つがごとき愚行によって、人類は飼う側から、狩られる側へと逆もどりしたのである。


「別に誰かのツケを俺が払おうというわけではないさ。ただ――」

 アルフレッド・ローゼンベルガーはいつも一枚の写真を携帯している。そこには年老いたビーグル犬が映っていた。

「相棒の仇を打ちたいだけなんだよ。ただ、それだけのことさ」


 愛犬ジョバンニが宇宙猫に狩られたのは、あいつが火星に赴任して1年後のことである。当時、あいつは市街地に潜伏する小型の宇宙猫を駆除する任務に就いていた。数年前までは町の消防組織がこれにあたっていたが、宇宙猫の狂暴化は日に日に増しており、軍隊の出動となったのだが、時すでに遅し。圧倒的な運動能力と、狡猾な狩りのノウハウは、人の手に負えないレベルに達し、密林でゲリラと互角以上にやりあえる「エキスパート」でなければ対処しえないほどに宇宙猫は厄介な存在になっていた。


 宇宙猫の学習能力は、人の想像をはるかに上回り、これまでペットとして飼っていた猫が、実際人類をどのように見下していたかを考えると、背筋が凍る思いである。地球にいる猫は今のところネコのままである。或いはネコの皮をかぶった猫のままであるといったほうが適切なのかもしれないが、飼い猫に対して、様々な検疫がなされるようになったのは言うまでもない。


 エキスパートだったあいつは、軍の期待通りに確実に成果を上げていった。しかし、敵はそんなあいつをターゲットとして日常的に襲うようになったのである。そしてついに留守宅を襲撃し、10年連れ添った愛犬を惨殺したのであった。

「獣は捕食をする。しかし奴らは怨恨で他の生き物を惨殺する。これはもう戦争だ。奴らは俺に宣戦布告をしてきたんだ。絶対に負けるわけにはいかないんだよ」


 普段、そういう話はしない男だが、死の淵をさまようようなとき、あいつは自分がなぜ戦っているのかを自分に言い聞かせるように昔話をする。僕はあいつの呪詛を聞きながら治療を施す。これはもう悪魔の儀式と言ってもいいだろう。


「すべてを終わらせる。それまでは死ねない」

 アルフレッド・ローゼンベルガーはそれっきり黙ってしまった。これでようやく治療に専念できる。僕は小さくため息をついて、患者の神経組織、筋肉組織の再生を始めた。電脳化された僕の脳内では、複数のモニターが展開し、メディカルナノ粒子から送られてくる映像をチェックしながら的確に破損、欠損した組織の再生をNMMナノメディカルマシーンに指示をする。


 施術そのものはNMMが行うが、総合的な判断や手順は人間が行う。もちろんすべて機械に任せることも可能だが、あいつの身体は特注品の見本市のようなものである。もっとも効率的に回復させられるのは僕を置いて他にはいなかった。僕が軍の衛生兵――メディックを始めてから失敗をしたことがなかった。戦場から生きて帰ってきた相方を施術中に失ったことはなかった。その事実をさして『神の手』と呼ばれることに、いささか違和感を持っていた。


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