タンサンの話。
病室のカーテンが閉められた。もう夜になったのだ。太陽の代わりに、蛍光灯が病人の顔を照らす。医者がそっと声を掛ける。
「短さん、調子はどうですか?」
患者は目線だけを動かし、片言の日本語で答える。
「私、もう、だめ。こんな、遠い、場所で、ひとり、死にたく、なかった」
短は中国で生まれ育ち、昨年の春から日本に語学留学していた。
「弱気になってはいけません。『病は気から』です。さ、右腕を見せてください。失礼しますよ」
服の袖をたくし上げる。短の右腕には、炭酸飲料のような泡が無数に付いている。
——また増加してる。
声には出さないが、医者は病状が悪化していることを確認した。
「どう、なってます?」
短が心配そうに尋ねる。医者はできるだけ優しく、そして静かな声でこう言った。病室には他に誰もいない。
「安心してください。実は今日、心強い味方が」
医者が言い終わらない内に、ドアが勢いよく開かれた。
「先生! 端傘教授をお連れしました!」
入ってきたのは助手だ。その後ろには大学から呼ばれた端傘もいる。
「バカ野郎! 大きな声を出すな!」
医者が助手を怒鳴る。
「ううっ!」
短が苦しみ出した。痰の絡んだ咳を3回する。
「しまった。お前にはまだ話してなかったが、この病気は大きな声や音を聞くと命に関わるんだ」
「どうしてそんな大事なこと言ってくれなかったんですか!」
「うるさい!」
短の意識がなくなった。
「ああっ大変だ! 教授、早くTAN-3を!」
端傘が持ってきた最新型医療装置のセッティングを始める。
「お任せください。君、これを患者の右胸に。こっちは心臓を挟んで反対側に貼ってくれ」
助手の手によって準備が整えられた。
「少し離れてください。いきますよ。さん、に、いち」
端傘がTAN-3のスイッチを押す。
「……何も起きないじゃないか」
「おかしいな。こんなはずではないんですが」
「もう時間がない。どうして動かないんだ! ちくしょう!」
医者がTAN-3を叩いた。カラン、と何かが床に落ちる音がした。カバーだ。単3乾電池がちょうど3本入りそうな窪みが、本体に開いていた。