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契約の魔王奴隷

やっとタイトル詐欺から解放される

「はいチェック」


「なっ!? ちょ、ちょっと待て、今の手はなしじゃ、待ったじゃ、待った!」


「もう5回目だぞ、いい加減諦めろ」


「このケチんぼめが!」


 小さなテーブルを挟んで対面にの椅子に座るエミリアが、唸りながら机上の盤面を睨みつけるが、それで妙案が浮かぶなら苦労しないだろう。そもそも、ここまで来たらもう詰み(チェックメイト)まで一直線だ。あと2手で終わる。


 魔王の部屋に侵入し、かけていた隠蔽用の魔法などお構いなしに魔王その人に見つかってしまった俺だったが、特に咎められるわけでもなく、むしろ「そんなところでボーっとしとらんで、はようこっちに来るんじゃ」と呼び寄せられた上で、「人族の何か面白い遊びを教えてたもれ!」と期待の籠った目で見られてしまった。


 どうしてそうなるのかさっぱり分からなかったが、ひとまずぱっと思いついたチェスについて教えたところ、非常に興味を持たれて一緒にやる運びとなってしまった。


 ちなみに、盤や駒は俺が作った。「道具作るのに魔石でも石でもなんでもいいけど素材用意してくれ」と言ったら、ドデカイ魔石を一抱えも持ってきてくれたのだ。これ買おうとしたら金貨10枚くらいかかりそうだなぁ……と若干遠い目をしながら、要望通りチェスの駒一式と盤を作り、こうして対戦する流れになったのだが……


「はいチェックメイト」


「ぬああああ! また負けたのじゃあああ!」


 見た目通りというべきか、エミリアは弱かった。

 ルール自体はすぐに覚えたので上達も早いのかもしれないが、今のところ俺の連勝だ。意外と負けず嫌いなようで、「今のは練習じゃ練習! 次こそは本番じゃ!」と息巻いて再戦を挑んできたのだが、それもあっさりと蹴散らして今に至る。


「ぬうぅ、仕方ない、負けは負けじゃ、約束通り脱いでやろう。ほれ、しかと目に焼き付けるがよいぞ」


「いや待て、誰が脱げっつった!? そんな約束してねーよねつ造すんな!!」


「む? 人族の男が女子(おなご)に勝負を挑む時はそういう賭け事が成立するのが習わしなのではないのか?」


「どこで覚えたその知識!! そんな事実はねーから!!」


 いきなりネグリジェに手をかけて脱ごうとし始めたエミリアに全力で突っ込みを入れると、エミリアはこてんと首を傾げる。冗談かと思ったが、割と本気でそう思ってそうだ。誰だこいつにいらん知識を与えたのは。


 溜息を零しつつ、魔王相手にこんな言葉遣いでいいのかと今更ながらに思うが、チェスを始める時に魔王様と呼んだら、「エミリアでよい、言葉ももっと砕けた感じでよいぞ」と当人に言われたのでまぁいいかと考えなおす。


 そして、そんな風になぜか残念そうにしているエミリアを見て、ふとこの分ならこの部屋に来た当初の目的も果たせるのではないかと思い立った。


「……ならエミリア、次の勝負は賭けるか?」


「妾の貞操をか?」


「だからちげーよ!!」


 このままだとずっとエミリアのペースに乗せられたままな気がした俺は、一転して表情を引き締める。


「レイラ達……うちの子達の首輪を賭けてだ」


 その言葉に、エミリアはぴくっと眉根を寄せる。


 俺達全員に付けられた首輪――奴隷の首輪は、主人へ危害を加えることを抑制するのと同時に、付けられた本人には外せないよう制約をかける刻印魔法が刻まれている。通常の刻印魔法なら、魔石内の魔力が尽きれば効果が失われるのだが、これは勝手に付けられた者の魔力を吸い上げて発動する性質の悪い特性まであるので、逃げても一生首輪がついたままだ。


 普通なら、逃げだしたら脱走奴隷として捕らえられ、主人のところへ送り返されるのがオチだが、今回は相手が魔王だ。アルメリア大陸まで行きつけば、わざわざ魔大陸に送り返そうとするやつはいまいと思っていたが、それでも報復を恐れて追い出される可能性もある。外せるなら、ここで外しておきたかった。


 しかし、やはりそれはエミリアにとっては許容できないものだったのか。険しい表情を浮かべてこちらを睨んできた。


「お主……まさかあやつらを自分の奴隷にして好き放題したいと? 思った以上にゲスいやつじゃな」


「なわけあるかぁぁぁぁ!!!」


 ……と思ったが、どうやら全く違う意味で受け取られていたらしい。


「む? 違うのか?」


「お前の頭の中で俺はどういう存在なんだよ!!」


「どういうと言えば、乙女の寝室に無断で侵入してくるやつかの?」


「うぐっ」


 実際やったことなので否定できない。……そもそもこいつは乙女と呼んでいいのか? という疑問もあるのだが。


「今何か変なこと考えなんだか?」


「いいえなにも」


 変なところで鋭いな、こいつ。迂闊なことは考えないようにしよう。


「そうじゃなくて、帰りたいんだよ俺達は。俺達の家(孤児院)に。生贄だかなんだか知らないけど、まだ死にたくはないからな」


 仕方ないので、直球で自分達の要望を伝える。


 封印というからには魔王は覚めない眠りにでもついているのかと思えばそうではなかったとはいえ、今のひ弱な見た目からして、大方その力のほうが封印されているのだろう。エミリアがそれを取り戻すための生贄にすると言いだせば、俺達はそうするしかなくなってしまう。


 でも、こうして話をする限り、エミリアはそれほど悪いヤツには思えなかった。だから、素直にそれは嫌だと、そうハッキリ口にすることにした。


「ん? お主ら、身寄りがなくて奴隷商に身売りしたのではないのか? というより、生贄とはなんの話じゃ?」


「……ん?」


 しかし、エミリアのほうは、まるでそれが初耳であるかのように困惑した表情を浮かべていた。

 ここのところずっと感じていた違和感が、再び頭をもたげる。


「いやあの、俺達、魔王復活のために生贄が必要だって言われて、無理矢理攫われて来たんだけど……」


 半年間、藪蛇になるのを恐れて聞くに聞けなかったことを、ついに聞いてみる。


 生贄のはずが、扱いは丁寧で奴隷としてすら見られておらず、魔王城の人達はみんな優しくて、魔法を封じ込めることすらせず、魔王城の中限定とはいえ行動の自由もかなり与えられていた。


 だからあるいは、とは思っていたが……


「魔王復活? なんの話じゃ?」


 そんなのアリか?




 ひとまず、俺達の身に起きたこと、攫った悪魔が話していたことをエミリアに伝える。

 するとエミリアは、難しい顔をしてふんふんと相槌を打ち、いきなり虚空へ向かって声を投げかけた。


「おいセルフィ! おるんじゃろ?」


「お呼びでしょうか、エミリア様」


「うわっ!?」


 呼び声に応じて突然現れたのは、上半身が人間で、下半身が蛇の身体をしたラミア族という獣人。


 紫の髪を肩にかかる程度にまで伸ばし、眼鏡をかけたその女性は、キリっとした雰囲気も合わさって、まさに出来る秘書、と言った感じの出で立ちだ。


「それでセルフィ、どういうことじゃ?」


 そしてそのイメージは間違っていなかったのか、それともむしろ、エミリアが何も考えていないだけなのか。いっそ清々しいまでに思考の全てを丸投げしていた。


 それでいいのか、魔王よ。


「はい。察するに、事の発端はエミリア様の『人間の奴隷は勤勉でよく働くと言うし、うちにも何人か欲しいのぉ~。寿命ですぐ死なれても困るし、子供のほうがいいかの~』という言葉にあるのではないかと思われます」


「……はい?」


 セルフィと呼ばれた秘書――かは分からないが、取り合えずそういうことにしておく――の言葉に、俺は目を細めながらエミリアのほうを見る。


 当の本人は「そういえばそんなことも言ったかのぉ」と曖昧な反応だが、セルフィさんの話にはまだ続きがあった。


「しかし、魔大陸では人間の奴隷は貴重なので、その時は奴隷商も人間の奴隷は扱っていませんでした。そこでエミリア様は、『人間の奴隷が入ったら買い取りたいから取っておくように言っておくのじゃ』、と」


 「おう、そうじゃそうじゃ、言った言った」と、ようやく思い出したようにエミリアが一人手を叩く。


 おい、そんな理由で俺達誘拐されたのか?


「ここから先は推測ですが、その情報が過激派の魔王崇拝者達に伝わってしまったのでしょう。更に、情報が伝わる途中で捻じ曲がり、『魔王様が人間の子供の奴隷を求めている』が、最終的には『魔王様の復活のためには上質な魂を持つ人間の子供がいる』となったのではないかと。結果として、過激派に所属する悪魔がアルメリア大陸に侵入し、人狩りのような行為に及んだと考えられます」


「えぇぇ……」


 なんだその伝言ゲーム。というか過激派とはなんぞ? 魔人ならみんな魔王を崇拝してるんじゃないの?


 そんな風に次々と疑問が浮かび上がるが、エミリアとセルフィさんはそんな俺には構わず話を続けていく。


「そもそも復活とはなんの話じゃ? 妾はこの通りピンピンしておるが」


「『これ以上勇者とか人間にちょっかいかけられるのも面倒じゃから、負けて封印されたことにしておくかの。セルフィ、その辺は任せたぞ』と2000年ほど前に私に丸投げしたのはエミリア様です」


「ああ! そんなことも言っておったのぉ!」


 そして、俺の目の前でさらっと暴露される衝撃の事実。


 ここまでの流れからして分かってはいたけど、本当に封印されてなかったんだな……というかエミリア、さっきから色々適当すぎるだろう。せめて自分が言った言葉くらい覚えておけよ。まぁ、2000年も昔じゃ仕方ないのかもしれないけど……ていうか、言葉通りならエミリアもセルフィさんも2000歳以上ってことか。知識としては知っていたけど、魔人の寿命の長さには恐れ入る。


 そして例の悪魔……って、その呼び方じゃ面倒だな、ディバインもいるし。ここは適当に不憫な悪魔、フビデビとでも名付けておこう。フビデビさんや、頑張ってたところ何だけど、あんたの魔王様は面倒くさがってただけで元気だよ。


「なら、レン達はその過激派の誰かに攫われてここへ来たということかの?」


「そうなりますね」


「ふむ……んー……」


 エミリアの問いに、セルフィさんが簡潔に答えて話を締める。するとエミリアは、何かを考えるように虚空を見つめて唸りだした。


 攫われたのなら仕方ない、元の場所に返してやろう……とは、なるわけがない。


 奴隷は、買われた時点でその主人の所有物となる。それが攫われた結果だろうが、身売りした結果だろうが同じことで、買った奴隷を解放する義務など生じないのだ。


「よし分かった! こうしよう!」


 すると、エミリアの頭の中で何かが決まったのか、これは名案だとでも言いたげに俺のほうを見た。その瞳には愉快げな色が浮かんでいて、正直ロクな案だとは思えない。


「レン、お主、ちょっと行ってその悪魔をぶっ飛ばしてくるのじゃ!」


「無茶言うな」


 エミリアが言い終わるや否や、速攻で切って捨てる。


 もしこれが、レイラ達が生贄にされるのを阻止する条件だと言うのなら無茶でもなんでも引き受けただろうが、今はもうその心配はなくなったのだ。出来れば自由にしてやりたいが、ここの人達は良い人だし、逆立ちしても勝てない相手に突っかかってまで大急ぎでする必要もないだろう。


「そもそも、ぶっ飛ばさなくても、エミリアが行けば言うこと聞くんじゃないのか?」


 何せ、相手は魔王のために人攫いなんて真似をしたのだ。当の魔王が出て行けば、全て丸く収まると思うんだが。


「いえ、エミリア様の容姿は、実は魔大陸にもほとんど知られておりませんので、舐められるだけで終わりかと」


 俺の疑問に、今度はセルフィさんが答えてくれる。


 しかしそれ、暗にエミリアに威厳がないってはっきり言っちゃってないか……? まぁ、当のエミリア本人が気にしてないのか気づいてないのか知らないが無反応なので、わざわざ見えている地雷を踏みぬく必要もないだろうけど。


「でもさ、魔王の力を見せれば一発なんじゃ?」


 威厳については正直、俺から見ても全くないと思う。ゴルドさんどころか、フビデビよりも怖くないし。けれど、結局魔王にとって大事なのは力のはずだから、それを見せつければ納得せざるを得ないと思うのだが……


「無理じゃよ、妾は力を使えん。……いや、使うわけにはいかんのじゃ」


 すると、今度はエミリアから意味深な言葉で否定された。


 封印されているわけでもないのに、力が使えないという。いまいちよくわからない説明に首を傾げていると、エミリアも言葉が足りないと思ったのか、補足してくれた。


「だから、その……面倒じゃな、実際に見せたほうが早いか」


 違った、補足しようとして速攻で諦めていた。というか、ほんの5秒前には見せれないって言ってなかったかオイ。


「ダメです、エミリア様。城下町を吹っ飛ばすおつもりですか?」


「い、いや、砂漠に向かって撃ったらどうにかならんかの……?」


「どの方向に撃ったとしても、現在確認されている集落のいずれかは吹き飛びます。きちんと説明してください」


「うぐぅ」


 なんだか2人だけですごく不穏な会話をしたと思ったら、渋々と言った様子で、再びエミリアが俺に向き直る。そんなに説明が嫌なのか。というか、なんでエミリア本人よりもセルフィさんのほうが正確な被害予想が出来てるんだよ……


「まぁよい。それじゃあの……お主、人は生きた年月に応じて魔力量が増えていくのは知っておるな?」


「ああ。そりゃもちろん」


 魔人は人に対して、その総数で圧倒的に負けている。にも拘わらず、幾度となく人魔大戦が起きながら生き永らえてきたのは、ひとえにその圧倒的長寿からなる個の戦闘力の高さがあるからだ。


 もちろん、それだけというわけではないが。


「妾の歳はええと……細かいところは忘れたが、12000歳くらいじゃったかのぉ」


「ぶっ」


 軽く言われた数字に、思わず噴き出す。


 イチマンニセンサイ? それはあれか、12000歳か。一万二千歳ってことか。人の寿命が100年弱だとして、その120倍。俺の歳は14歳なので、おおよそ800倍ほどか。魔力の上昇量にも個人差があるので一概には言えないが、それでもおおまかにはそれほどの差があるということだ。


 そして、攻撃魔法や破壊を目的にした魔法は苦手な部類に入る俺であっても、家1軒潰すくらいの魔法は使うことが出来る。それが、800倍の規模で放たれたらどうなるか。もはや想像もつかない。


「ちなみに、セルフィは3000歳くらいじゃったかの?」


「まだ2864歳です、間違えないでください」


 セルフィさんが、まだ30にはなってないです、20代です。みたいなことを100倍ほどの規模で言っているが、そんなことは割とどうでもいい。


 もし本当に、エミリアがそれほどの年月を生きてきたと言うのであれば、そう易々と力を見せることはできないと言ったのも納得できる。前世における国家だって、示威行為のために空母は動かすし、ミサイルも発射するが、いくらなんでも核ミサイルをホイホイぶっ放すような真似はしないだろう。エミリアはもはや、そういう存在になってしまっているというわけだ。


 しかも性質が悪いのは、この世界で誰もその核ミサイルであるエミリアの力を正確に把握していないということだ。俺が孤児院で少し読んだ物語でも、悪逆非道を極めつつも最後は勇者に倒されたとあるだけで、その強さについてはほとんど触れられていなかったし。


 ホイホイぶっ放すことはできない。でも、見せしめに使うにも威力が高すぎるし、口で使うぞと脅したところで誰もその脅威を知らないのでは抑止力としての効果も期待できない。


 ……魔王、使えねー……


「まぁ、エミリアが動けない理由は分かったけど、それでなんで俺なんだよ? ゴルドさんとか、他にもっと強い人いるだろ?」


 俺は、フビデビに負けたせいでここにいる。半年経って、新しい魔法もいくつか覚えたが、全て創造魔法を使った小手先の物ばかりで根本的に強くなった気はしない。ゴルドさんの訓練にしたって、未だに一度も木剣を受け止めることに成功していないのだ。とてもじゃないが、今もう一度戦えと言われたところで勝てるわけがない。


「そんなもの決まっておろう。相手はアルメリア大陸におるんじゃぞ? 魔人を送り込んでドンパチしてみよ、どうなるかはわかりきっておるじゃろうに」


「あー……」


 エミリアの言葉で思い出したが、亜人に対する差別意識の存在からも分かる通り、人間にとって魔人は天敵に等しい。それが突然自分達の領域で戦闘を始めれば、理由がなんであれ討伐されるのは間違いない。これは確かに、配下を送るわけにはいかないな。


「かと言ってじゃ、お主らが妾の城に来て既に半年じゃ。なんの動きもなければ、妾はまだ復活出来ていないと捉えられるじゃろう。そうなったら、攫った連中はどう動くと思う?」


 人の子供では復活できないと考えるか。もしくは……


「生贄が足りていない……そう判断されるってことか」


 元々、眉唾の情報を頼りに孤児院を襲撃してくるような連中だ。俺達を生贄に捧げても復活できなかったなら、もっとたくさんの魂をと、そういう考えに至ってもおかしくはない。そうなったら、今回は攫われずに済んだティオ達にもまた危険が及ぶ可能性がある。


「それに、もしあなた方だけでなく、もっと大規模な人狩りが行われてしまえば、魔人が魔王復活の生贄を欲しているという情報をいずれは各国も知ることとなるでしょう。もしそうなれば、人族はそれを阻止せんがために軍を魔大陸に派遣してくるのは確実です。彼らに、魔王の力でこの大陸を牛耳ろうとする過激派とそれ以外の魔人の区別がつくはずもありませんし、再び人魔大戦が起こる可能性があります」


「人魔大戦……」


 この世界で、幾度となく行われたという人と魔人との戦争。それが起こると言われても、いまいち実感は湧かない。けど、それが起こればどうなるかだけは分かる。


 孤児院に残されたラスカやカイト、子供達だけじゃない。ミラ先生や、卒業していったシア姉にクレア姉。里親に引き取られたリュートにクロス。襲撃のあったあの日、意気揚々と魔物狩りに出向いたグレン兄。それに、ティオも……みんな、誰もが危険に晒されることになる。それは、決して許容できる話じゃない。


「事情は分かった。そういうことなら、俺達にとっても無関係じゃないし、協力してもいいけど……その前に、もう一つだけ聞いてもいいか?」


「なんじゃ?」


「エミリア、12000歳って……たぶん、この世界で一番長生きしてるだろうし、世界最強なんだろ? エミリアが本気出せば、人間だって攻め滅ぼせるんじゃないのか?」


 そう、話を聞いてからずっと思っていた。


 確かに、エミリアの力は戦略兵器に匹敵し、気軽に解き放っていいものではないのかもしれない。しかしそれは、俺の前世の価値観があるからこそそう思うのであって、この世界での人と魔人との関係を考えれば、無制限に解き放って相手を殲滅しようと思ってもおかしくはないと思う。ならなぜ、エミリアはそうしないのか。それだけは、確認しておきたかった。


「ああ……まぁ、そうじゃの。打算的な話をするなら、人を滅ぼすよりも秘密裏にでも取引したほうが旨味が大きいからかの」


「というと?」


「妾達魔人が人族に勝利したければ、どうしても妾を始め地形を変えるほどの力を持った魔人が出向かねばならん。しかし、そんな真似をして人族を滅ぼしたとして、残るのは魔法で焼け爛れ、不毛の大地になったアルメリア大陸だけじゃ。そんなものあったからと言ってどうもなるまい?」


 確かに、それじゃあドワル大砂漠の面積が広がっただけみたいなものだし、意味はないな。


「魔大陸はそのほとんどが不毛の地じゃ。アルメリア……もとい、アカリナとの交易がなければ今この大陸にいる魔人の半数は飢えに苦しむことになるじゃろう。それだけは避けねばならん」


「だから、戦争になったら困るわけか」


「そういうことじゃな」


 今でさえ、公然の秘密とはいえ裏取引で辛うじて繋がっている状態だ。戦争状態になれば、当然だが敵であるアルメリア大陸との交易は完全に途絶える。そうなれば、終わるまで魔人達は飢えに苦しむことになり、終わったとしても何も得るものはない。いやむしろ、交易の再開すら望めないのなら、始まる前よりも状況が悪化してしまうだろう。


「それと、もう一つは私的な理由じゃが……お主、先ほど妾がこの世界で一番歳を重ねとると言ったが、それは違う。妾の母上こそが最も古くから生きる、この世界最古の生命じゃ」


「せ、世界最古……そりゃすごいな、どんな人なんだ……?」


 というか、魔王にも母親なんていたんだなぁ……と変なところに感心していると、エミリアは怪訝な表情を浮かべる。


「む? どんな人も何も、お主、いつも会っておるではないか」


「は?」


 いつも会ってるという言葉に記憶を掘り起こすが、それらしい人は1人もいない。

 すると、中々思いつかない俺に痺れを切らしたのか、エミリアは焦れったそうに教えてくれた。


「ルナマリア・ダークネス。それが妾の母上の名じゃ。ほれ、この城で使用人をやっておる」


「使用人……って、もしかしてルナさんかよ!?」


 軽い調子で言われた新事実に、エミリアの封印云々のことを聞いた時以上の驚愕を覚える。


 確かに、ここに勤めているなら魔人のはずなのに、見た目はエミリアと同じく人間だと言われても信じてしまうほどだったし、時々物凄く深い知識を垣間見せることはあったが、まさか魔王の母親だったとは思いもしなかった。


 そんなすごい人がなんで使用人なんかやってるんだ……


「ああ、一応言っておくが、最強が妾なのはその通りじゃからな? 母上は、妾を始めこの地上の生命を造る究極の創造魔法を使ったことで、その力のほとんどを喪失したからの」


「へ、へー……」


 話のスケールがでかすぎて付いていけないが、取り合えずルナさんはすごい人だったらしい。明日からどうやって接しよう……いやまぁ、今まで通りでいいんだろうけど。


「ともかくそういうわけでな、なんかこう……人族とはいえ、殲滅するのは気が引けるのじゃ」


 バツが悪そうな表情をしながら、最後にエミリアはそう締めくくった。


 この地上の生命を造ったのがルナさんというのが本当か嘘かは確かめようがないが、つまりエミリアにとっては、人も魔人も皆兄弟……とまでは行かずとも、殺すには気が引ける程度の存在ではあるらしい。


 そんなエミリアの人間臭い理由に、俺は軽く噴き出してしまった。


「ええい、何を笑っとるんじゃ!」


「だって、人類の敵なんて言われてる魔人の親玉が、言うにことかいて人間を殺したくないって言ったんだぞ? そりゃ笑うよ」


 打算的な話だけでも、俺は納得したと思う。けど、こうして感情的な理由まで話してくれたことで、俺も殊更協力する気になれた。


 実はこの理由が嘘で、俺を信用させるための方便だったとしたら、それはそれでいい。どっちにしたって、あの悪魔は放置できないんだから、せいぜい掌の上で踊ってやろう。


「分かった、俺に出来ることならやってやるよ。でも、本当に俺弱いからな?」


 一応勘違いされても困るので、そこだけ念を押しておく。

 するとエミリアは、にやっと得意げな笑みを浮かべた。


「なに、そこは妾に考えがある」


「えぇ……」


 正直嫌な予感しかしないんだが。


「妾の魔力、お主に一部をくれてやろう。それで悪魔族とも対抗できるはずじゃ」


「魔王の力ね……デメリットは?」


 思ったよりはまともな提案だったが、ただの人間が悪魔を倒せるような力だ。とてもノーリスクで使えるようになるとは思えない。


「特にないぞ? 強いて言うなら、お互いのどちらかが死ぬまでお主が妾に隷属することになるくらいかの」


「しれっと結構重いじゃねーか!!」


 つまり、力を貸与された時点で俺は正真正銘魔王の配下に加わることになるわけだ。そうなれば、紛うことなき人類に敵になってしまう。


 まぁ、魔王の奴隷が、魔王の指示で人類の生活圏に入り込んで魔人と戦おうというのだから、人類からすれば既に十分魔王のスパイに見えるだろうけど。


「まぁよいではないか、お主もそれほどここの生活が嫌なわけでもなかろう?」


「む……」


 それは否定できない。

 ようはティオ達に会いに行けず、無事なことを伝えることすらできないのがもどかしいだけであって、ルナさんと料理したり、ゴルドさんに手解きを受けたり、ディバインと刻印魔法について調べたりするのは普通に楽しいし。


「それに、他の子らはキチンと解放すると約束しよう。なんならお主が直接連れ帰ってもよい」


 続けて提示されたのは、俺が願ってやまない条件。

 もちろん、レイラ達がここにずっと勤めたいと言うなら止めるつもりはないが、もしやりたいことができた時、それを自由にやれるようにはしてやりたい。


「……分かった、そういうことなら、俺もエミリアに忠誠を誓ってやるよ」


 エミリア自身、悪いヤツじゃないと思う。だから、一生こいつの下で働くのも一興だろう。

 しかし、なぜかそう言うと、当のエミリアが嫌そうな顔をしだした。


「なんというかアレじゃの、お主に忠誠とか言われるとむず痒いのぉ。別に同居人くらいの感じでよいぞ」


「軽いなおい!!」


 自分で隷属しろと言っておいてそれかよとは思うが、俺自身、今更エミリアに様付けで呼んで敬えと言われても厳しいものがあるし、ちょうどよかったと割り切ろう。


「まぁよい、それじゃあ契約の儀を執り行うとしようか」


 椅子から立ち上がり、開けたところに行くと、指でちょいちょいと手招きしてきたので、促されるままに俺も椅子から立ってエミリアの前まで歩いていく。


「邪魔じゃの、これは」


 すると、エミリアが無造作に手を払い、俺の首について奴隷の首輪を外してしまった。


「へ……?」


「これからするのは、奴隷の首輪に使われておる隷属の刻印魔法の元祖、主従契約魔法じゃ。これをするとどうせ焼きごてを使って直接人体に刻印を刻む時と同じような模様が首に出るから、こんな首輪はいらんよ」


 予想外の行動に間の抜けた声を漏らした俺に、エミリアが説明してくれた。


 焼きごてを使った奴隷化の刻印魔法というと、アルメリア大陸では一生消えない烙印として、終身刑に相当する罪人か、もしくはよほど気に入った奴隷に対して、絶対に手放さないという意思を込めて偶に付ける輩がいる程度のもので、一般的ではない。


 一応、奴隷の首輪にまで魔道具が出回り出したのはここ100年の間らしいので、それ以外にもそうした焼印の首輪をした者がいないことはないのだが、やはりある程度奇異の目で見られることは覚悟したほうがいいのかもしれない。


「よし、それでは行くぞ」


 そんなことを考えているうちに、エミリアは俺に密着するように身体を寄せてきた。


 そしてそのまま、俺の口元へと顔を近づけ……


「って、いきなり何やってんのお前は!?」


「何を言っておる、接吻に決まっておろう?」


「いや、だからなんで!?」


 俺は慌てて、エミリアの肩を掴んで距離を離す。


 またからかおうとしているのかと思ったが、エミリアの目は真剣……とは行かないが、至って真面目なものだった。


「契約魔法じゃぞ? これは相手の身体に直接魔力を流し込み、魂を交わらせて成されるモノじゃ。そんなことも知らんのか?」


「知らねえよ! ていうかそれ、キスである必要あるのか!?」


 魔法についてはかなり調べたが、契約魔法などという物は見たことがなかった。恐らくは既に廃れたという太古の魔法の一つなのだろうが、キスが必須って物凄く悪意を感じる。


 そんな風に思っていると、エミリアはむすっと不機嫌そうな表情を浮かべ、


「ええい、男のくせに女々しい奴じゃの、一度すると決めたのじゃ、男らしく堂々と受け入れんか!」


「あっ、ちょっ……!?」


 思い切り抱き着いて、俺を床に押し倒してきた。

 そして――


「んっ……」


 唇が合わさると同時に、エミリアの身体から温かい、闇色の魔力が溢れだし、俺の身体に注ぎ込まれていく。それは注がれるごとにどんどんと熱を持ち、身体中が燃えるように熱くなっていく。


「んっ、んん……!!」


 床に、黒い魔法陣が浮かび上がる。熱から逃れるようにもがく俺を、エミリアがその細い身体のどこにあるのかと聞きたくなるくらいの力で抑えつけ、離れないようしっかりと深く唇を重ね続ける。その間にも身体を巡る熱は高まり続け、頭の中の血液が全て沸騰したかのように何も考えられなくなっていく。


「ぷはっ、はぁ……!」


 どれほど、そうしていただろうか。唐突に身体中の熱が首に集まり、思考がクリアになっていく。目の焦点が徐々に合っていき、すぐそこにずっとあったはずのエミリアの顔が、随分と久しぶりに思えてしまう。


「ふふっ、契約完了じゃ。よろしく頼むぞ、レン」


 労わるような仕草で、エミリアが俺の首元をそっと撫でる。


 やがて首元の熱が引いたそこには――幾何学模様で彩られた、奴隷の刻印が刻まれていた。

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