襲撃
「レイラ~、いつまでも飛んでないで降りて来い、ご飯だぞ」
「はーいレン兄!」
太陽がちょうど真上を向いた穏やかな孤児院の空を、くるくるとまるで泳ぐように飛びまわっていた少女が翻り、俺に向かって一直線に降下してくる。
そんな行為にも慣れたもので、いつものように身体強化魔法を発動しつつ避けることなく受け止めると、青空のように澄んだ青い長髪を撫でてやる。
「えへへ~」
ご機嫌そうににぱっと笑みを零す姿はなんとも愛らしく、こちらまでつい笑顔になる。
どうも抱き着き癖のあるらしいこの子は、渡り鳥だった前世を持つ10歳の少女だ。ただ抱き着くだけならいいが、なぜか飛行魔法を使ったまま全速力で突っ込んでくるので、いつの間にか打たれ強い俺が受け止めるのが暗黙の了解となっている。そのおかげでこうして懐かれているので、悪い気はしないが。
「レン~、ラスカちゃん知らない?」
「ラスカ? いや、知らないけど」
レイラを連れて屋内に入ると、ティオがお玉のような調理器具を持ったまま現れて、ちょうど3年前――シア姉が卒業した頃に来た、まだ幼い狼人族の少女の所在を尋ねてきた。
知らないと答えると、ティオは困ったように顔を顰める。
「さっきから見てなくて。レン、探してきてくれない?」
「ああ、分かった」
頷き、レイラを置いて踵を返そうとすると、今度はまた別の少年が慌ただしく駆け寄ってきた。
「どうしたカイト、組手ならまた今度な」
「ちげーよ! レン兄、ケビンのやつがまたゴーレム作ろうとして魔力切れでぶっ倒れた!」
「またかよ!? 何年かすれば出来るようになるから待っとけって言ったのに……ったく」
告げられた言葉に、俺は深々と溜息を吐く。ケビンは、俺がよく勉強を教えてやっていたせいか、創造魔法にやたら興味を示し、俺を師匠と呼び慕ってくれるようになった子……なのだが、俺と違い前世持ちなわけでもないケビンはまだ大したものを作れず、にも関わらず大それたものを作ろうとするものだからしょっちゅう魔力切れで倒れていた。何度も口を酸っぱくしてやめるよう言っているのだが、なかなかやめてくれない。
「私も行ったほうがいいかな……」
「いや、いいよ。どっちも俺が行っとくからティオは他の子お願い」
「うん、分かった」
ティオと短くやり取りし、俺は改めて外へと向かう。
シア姉がいなくなり、寂しくなるかと思われていた孤児院生活だったが、実際そうはならず、事あるごとにシア姉は遊びに来るわ、年長者として下の子の面倒を見る機会が増えるわで、てんやわんやの騒がしい日々を送っていた。
それでも、普段であればそこまで忙しくはないのだが、今日はコルタリカの近くの街道に魔物が出たということで、実は元冒険者だったらしいミラ先生や、冒険者志望の年長者、グレン兄などが対応とその見学に出ているので、必然的に残った子供達の中では最年長になってしまい、俺もティオも慣れない纏め役としての責務に追われることとなっていた。
「おー……またちょっとだけ山が大きくなったか?」
外に出ると、運動場の隅っこに分かりやすく土が盛り上がって山になった部分があった。確認するまでもなく、ケビンがやらかした残骸だろう。
本来なら、ここから土を砂に、砂を石に、石を岩へと作り変えながら人型を形作り、それに常時魔力供給して操れるようにするのが《創造:岩巨人》という創造魔法なのだが、これまたべらぼうに魔力消費が大きく、ケビンの場合ただ土を盛り上げて山を作っただけで力尽きていた。ケビンは9歳なのだし、さして悲観するような結果ではないのだが……
「す、すみません師匠! 今日もダメでした!」
ぶっ倒れたと聞いていたケビンは、そんな山の近くで大の字に寝ころんだまま、思ったよりもずっと元気そうな声を天に向かって叫んでいた。
「ダメでした、じゃねえよ、そもそもやるな」
「あでっ!」
ケビンの傍にしゃがみ込んで軽く拳骨を見舞いつつ、何度目とも知れない注意をする。しかしそれはご不満なのか、むくーっと頬を膨らませている。
「けど師匠! 僕だって……」
「はいはい。それはそうと、罰として今日お前の昼飯、おかず一品減らしとくからな」
「えぇ!?」
抗議の声をバッサリ切り捨てながら決定事項として伝えると、大慌てで飛び起きようとする。しかし、やはり魔力切れで身体が思うように動かないのか、びくんびくんと陸に打ち上げられた魚のように身体を跳ねさせるに留まっている。
なんだか見ていて面白いが、ここで笑うとせっかくの罰が色々台無しな気がするので、話は終わりだと近くにいたカイトに部屋まで連行するように言いつけながらその場を後にする。
「さて、あとはラスカか……」
ラスカは、狼人族の名の通り狼の魔物――フェンリルを前世に持つ亜人だ。前世の記憶が色濃く、まだ幼いためにかなり野性的……というか自然が好きで、しょっちゅうふらりといなくなっては、林の中に入り込み、気に入った場所でごろごろと昼寝していたりする。
寝るなら孤児院でと何度かティオが注意はしたが、幼いながらとにかくマイペースで、感情の起伏が乏しいため、何を考えているかよくわからないところがある不思議な子だった。
「ラスカが居そうなところっていうと……」
これまでも、何度かいなくなったきり戻ってこないことがあり、探しに出たことはある。そしてその時見つかった場所を思い浮かべるが……見事にバラバラだった。
「しゃーない、探しやすいとこから行くかぁ」
いくら考えても手がかりが思いつかないので、ひとまず気軽に行ける場所からということで、いつも魔法を練習している河原を目指して歩き出す。あそこなら、獣道とはいえ道が続いた先にある上、川のせせらぎが心地よく響き、風の通り道となっているため涼しく、日当たりが良いため日向ぼっこもできるというなかなかに過ごしやすい場所だ。実際、ラスカも気に入っていたはずなので、いる可能性は高いだろう。
「ありゃ、いないか……」
そう思ったのだが、到着してみればその場所にはラスカどころか野ウサギの一匹もいなかった。当てが外れたことに溜息が零れるが、いるかもしれないというだけで確実にいるとは全く思っていなかったのでそこまで落胆はない。精々が、ここで見つかってくれれば楽だったのになぁという程度だ。
「ん……?」
しかし、その判断は早計だったか。近くの繁みで、ガサガサと何か大きなものが蠢く気配がした。
「ラスカー? いたんなら早く出てきてくれよ、ご飯だぞー」
呼びかけながら近づくが反応はなく、ただゆったりとした速度で揺れは近づいてくる。
「ラスカー?」
口数の少ない子ではあるが、呼びかければいつも何かしら反応はしてくれる。それを訝しみつつ再度声をかけるが、やはり帰ってくるのは草葉が揺れ、擦れ合う音のみ。
――いつもなら、ここで少しは警戒したのかもしれない。しかし俺はこの時、いつにも増して忙しい一日に多少なりと疲れを覚えていた。加えて、元々ラスカは狼人族であり、獣に近いために匂いもそれらしかったし、そもそもこの辺りには魔物は出ないと聞かされて育ってきた。
ともあれ、そうした諸々の理由が合わさった結果、すっかり忘れていた。――そもそも、今日忙しい理由を。近くで、魔物が出たという話を。
「っ!?」
不用心に繁みを覗き込んだ刹那、金色の瞳が俺を射竦める。咄嗟に身体強化魔法を発動できたのは、ほとんど奇跡と言っていいだろう。それほどの速度で、突然黒い影が飛び掛かってきた。
「ぐぅ……!?」
影に押し倒される格好で地面を転がる。すぐさま起き上がって離れようとするが、ギラリと光る牙が眼前に迫り、地面に付いていた手をすぐさま防御に回す。
同時に、ガキンッ! と牙が身体を覆う魔力とぶつかり、削り取られた魔力が火花のように瞬く。
そのせいで完全に地面に押し留められることになってしまったが、背に腹は代えられない。しかし、そのおかげで、ようやく襲い掛かって来たモノの姿をしっかりと把握することができた。
まず目につくのは、その巨大な犬のような頭だ。夜闇を思わせる漆黒の毛に覆われ、口から伸びる鋭い牙と金色の瞳だけが黒の中で不気味に輝いている。
しかし何より特徴的なのは、その凶悪な頭が噛みついている一つだけでなく、左右にもう一つずつ、計三つも存在しているということ。生物として真っ当とは思えないその身体つきから思い出されるのは、1つの魔物の名前。
「ケルベロス……!!」
前世では冥界の番犬として語られ、この世界では魔人の使い魔としてよく使役されることから災厄の前触れと言われているその存在は、訓練されているかただの野生かで強さはピンキリだが、しかし魔物の中では概ね対処しやすい相手として知られ、冒険者にとってはこれを狩れるかどうかが一つの壁とも言われている。
とはいえ、その力はそこらの野獣を軽く凌駕し、魔法すらも操る。とてもじゃないが、俺一人で対処できる相手ではない。
現に今も、腕の一本で頭一つをなんとか押しとどめているに過ぎず、残り2つの頭は完全にフリーで……
「っ、やばっ!!」
唐突に、これまで様子見していた2つの頭がその顎を開き、口内に魔力を集中し始める。何らかの魔法を使おうとしているのは明白だ。
さすがに、即死とはならないと思う。しかし、ケルベロスの牙でさえ俺の魔力の鎧を削り取り、あわよくば突破しようと更に力を強めてきている状態だ。ここで魔法を撃ち込まれたら、さすがに無傷とはいかないだろう。
「このっ……!! 《創造:大地の剣》!!」
足で地面を蹴りつけながら、そこを起点に岩の剣を高速生成し、その勢いのままケルベロスへと突き立てる。
柄も鍔もない、ただ刃のみが存在するこの剣による攻撃は、普段であれば土を素材に作るためもう少し発動に時間がかかるのだが、ここは幸いにして河原であり、地面のほとんどは石だ。いつもの倍近い速度で発動できた。
が、しかし、ケルベロスの強靭な体毛に当たると同時に、岩の剣はあっさりへし折れてしまった。
「ここまで通用しないのかよ!?」
その結果に、思わず絶望的な声を上げる。
これで倒せるとまでは流石に思っていなかったが、それでも怯ませる程度の効果はあるだろうと期待していただけに、咄嗟に次の手が思いつかない。
当然、そんな隙をケルベロスが待ってくれるはずもない。口内に収束した魔力は炎へと変換され、もはやいかなる手段でも妨害は叶わない。
こうなれば、多少不安はあっても身体強化魔法で凌ぐより他にない。そう判断し、俺は込み上げる不安と恐怖心を抑えつけながら魔力を全力で練り上げる。
そして、ケルベロスが両側の口から地獄の業火の如き魔法を放とうとして――そのまま真横に弾け飛んだ。
「えっ……?」
突然のことに驚く俺の前を通り過ぎたのは、純白の毛並みを持つ一匹の魔狼。
まだ小柄な体躯ながら、そのスピードでもってケルベロスに体当たりをしたのか、吹き飛んだ魔犬と一塊となって転がっていく。
知らない人間が見れば、それは単なる魔物の同士討ちにでも見えたことだろう。しかし、その白狼は俺にとって、街の人間よりよほど見知った存在だった。
「おまっ……ラスカ!?」
先ほどまで探していたその名で呼ぶと、白狼はすぐさま跳び上がり、俺の前で着地する。そして、ウオオーンっと狼らしい声で吠えた。
《獣化》、と呼ばれる魔法がある。
攻撃魔法の一種で、魔力で仮初の肉体を作り上げ、人ならざる存在の姿を形取り、その力を疑似的に振るう魔法だ。
しかし、この魔法はただ姿を模すだけではその元となった力を扱うことなど出来ず、魔力の無駄にしかならない。それを避け、十全に力を振るいつつ戦うためには途方もなく厳しい適正がいる。そしてその適正こそが、鮮明な前世の記憶だ。
人のような高い知能を持った生物以外の前世の記憶は、薄れやすい。それを覆し、生前の体験をほぼ完璧に魂に焼き付けた者のみが、この魔法を扱うことができる。まさに、ラスカにはうってつけの魔法だ。
しかし、それがあるからと言って、生まれてすぐに前世と同等の力が振るえるわけではない。
「……ケルベロスってこんなにでかいのか……」
圧し掛かられていた状態から解放され、起き上がって改めてケルベロスを見ると、その体躯は1メートルは優に越し、四足で立っているにも関わらず俺の胸あたりまで高さがある。そしてそれを支える四肢もまた一本一本が子供の胴回りほどもあり、巨大な身体を揺らぎなく支える姿からは微塵も鈍重さを感じさせない。今のラスカの攻撃も、さして効果はないのかすぐさま起き上がり、油断なくこちらを睥睨している。
一方のラスカは、狼としても小柄な部類でその体高は腰の高さにも届いていない。伝え聞くフェンリルの特徴を考えるとまさに子供と言っていい体躯で、ケルベロスの半分ほどしかない。その鋭い牙や爪は十分強力な武器足りえるのだろうが、それでも強さの面ではまだまだケルベロスには及ばないだろう。
「ラスカ、一旦逃げ……!?」
逃げるが勝ちとばかりに、ラスカを伴い踵を返そうとするが、ケルベロスはそうはさせないと3つの首から次々と砲弾のような炎の塊を吐き出してくる。
「どわぁぁぁ!!?」
ラスカが俊敏な動きで大きくその場から跳びのいて回避したのに対し、俺のほうは身体強化魔法を発動したまま無様に転がり炎弾の合間に滑り込む。しかし、躱せたと思ったのも束の間、地面に着弾した炎はさながら対戦車ロケットの如く爆発し、衝撃波と熱を同時にまき散らす。
それが3発。連鎖爆発のように連なって起きたその衝撃に揉まれ、ぐるぐると回る視界の中、石だらけの河原を転がっていく。これでただの一般人だったなら、間違いなく骨の1本や2本は折れていただろう。
魔法、真面目に勉強しててよかった……
「ウゥ……オォン!!」
一方、大きく跳び上がったおかげで衝撃の影響すら受けていないラスカは、上空でケルベロスと同じように口内に魔力を集めていたらしい。しかして、着地と同時に生じたのはケルベロスとは真逆の現象。
ピキッ、パキッと乾いた音を響かせて周囲の大気が凍り付き、白い靄が生じる。そうして放たれたのは、冷気を伴う青白い閃光。全てを凍てつかせる《凍獄の息吹》だ。
「ガアァァ!!」
それに合わせて、すぐさまケルベロスも新たな炎を吐き出す。
先ほどのような塊でなく、火炎放射器のように尾を引くそれは、三つの首からそれぞれ放たれて一つに束なり、炎の津波となってコキュートスとぶつかり合う。
炎と冷気。相反する2つの力がせめぎ合い、周囲の空間が陽炎で歪む。飛び散った冷気は川の水を一瞬で凍てつかせ、炎は周囲の木々を即座に消し炭に変えていく。
この世のものとは思えない光景に息を吞み、夢でも見ているのではないかという考えが頭をよぎるが、それは肌をジリジリと焼く熱気が否定し、俺の思考を現実へ引き戻す。
「くそっ、息吹とか、お前らドラゴンかよ!!」
自分でもよくわからない悪態をつきながら、俺は地面へと両手を叩きつけ、全力で魔力を注ぎ込む。
俺はケルベロスの炎弾に弾き飛ばされたため、今いる場所はラスカより後ろだ。それなのに、肌を撫でるのは冷気ではなく熱気。それの意味するところなど、考えるまでもない。
「《創造:流砂蚯蚓》!!」
すぐさま創造魔法を発動し、ケルベロスの足元半径3メートルほどが砂に変わる。同時に、大量の砂が上空へと舞い上がり、それに呼応して効果範囲の中心から、蟻地獄のように地面が陥没していく。
「ガアゥ!?」
そんな感情があるかは分からないが、初めてケルベロスが驚いたような声をあげ、陥没する地面に足を取られてバランスを崩す。それに釣られ、今まさにラスカを飲みこまんとしていた炎が標的を見失い、何もない空へと流れていく。
それによって、文字通り息を吹き返したラスカの息吹は、何も阻むものがなくなった空間を一直線に貫き、その暴威をケルベロスの首元へと突き立てた。
「ガア……ァ……」
身体強化魔法の影響か、川すら一瞬で凍り付いたラスカの攻撃を受けても、ケルベロスは一瞬で氷漬けとはいかず徐々にその動きが鈍っていくに留まっている。
そして、ケルベロスは最後の足掻きとばかりに再び口に魔力を集めだすが……そんな真似はさせない。
「呑み干せ、《流砂蚯蚓》!!」
叫び、更に魔力を注ぎ込むと、上空へ舞い上がった砂がケルベロスを覆うようにその周囲を取り囲み、そのままその質量で以て押しつぶすように穴の開いた地面の奥へと引きずり込んでいく。
それはさながら、大地から飛び出た巨大な大蛇が、哀れな獲物を丸呑みし、巣へと引きずり込んでいくかのように。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
この魔法は、対象のいる地面を動かしやすい砂に変えた後、大量の砂を巻き上げて穴を作り、巻き上げた砂を降らせて無理矢理対象を地面へと生き埋めにするという魔法だ。生じる現象が、ドワル大砂漠に生息するというサンドワームの捕食風景によく似ていることからこの名がつけられた、《創造:岩巨人》に並ぶ創造魔法の数少ない戦闘用魔法。
これまた例に漏れずべらぼうに消費魔力が多いのだが、生き埋めにするという特性上、決まったとしても確実に仕留められる保証はなく、名前の由来となったサンドワームのように、そもそも地面の中で生息するような相手には全く効果がないという難点を抱えた非常に不人気な魔法で、俺自身練習するかどうか最後まで迷っていたのだが、まさか本当に使うことになるとは思っていなかった。まさに備えあれば患いなしと言うことか。
「クウゥーン」
「ああ、ラスカ……助かったよ、ありがとな」
念には念をと、未だ地面に手を付けて魔力を注ぎ、ケルベロスを地下10メートル近くにまで埋め立てたところで、狼の姿のままラスカが擦り寄ってきた。
俺一人では、とても生き残れなかっただろう。そう思いながらお礼を言い、その綺麗な純白の毛並みを撫でてやると、嬉しそうに目を細め――ラスカの身体が光に包まれた。
光は徐々に剥がれ落ちるように大気に溶けて消えていき、後に残ったのは先ほどまでの狼と同じ真っ白な髪と色白の肌を持つ8歳の幼い少女。唯一瞳の色だけが青みがかっていて、白の中でよく映えている。
疲れたのか、そのまま倒れ込んできたので抱き留めてやる。頭には狼人族の証である三角の犬耳が残り、お尻の上あたりからももふもふの尻尾がぴょこんと生えて、今は落ち着いた様子で垂れている。
肌は子供らしくもちっとした感触で、高い体温が抱いているととても心地よく……
「……で、ラスカ、服どうした」
そこまで考えたところでハタと気づいた。ラスカは今、生まれたままの……一糸まとわぬ姿でいることに。
それを指摘すると、ラスカはこてっと小首を傾げる。
「獣化の邪魔だったから、置いて来た」
「邪魔になるなんて聞いたことないっての! 女の子が裸で過ごすんじゃありません!」
「えー」
「えーじゃない!!」
ラスカの反応に、俺は深いため息を零す。獣化魔法は、その特性上身体そのものを変化させているわけではないので、別に服を着ていようがそれごと魔力で覆ってしまえばいい話で、裸でなければ使えないなどという制約はない。にも関わらず、ラスカはやたら脱ぎたがる。
前世で服を着る習慣などなかっただろうからそれの影響かもしれないが、ラスカはただでさえケモミミロリっ子と可愛い要素満載なので、このまま行くと遠くない未来に我慢できなくなった誰かに襲われてしまう。それを防ぐためにも俺が色々と教えてやらねばなるまいと、決意を新たにする。
とはいえ、それもこの件が片付いてからだ。
「……とりあえず、戻るか。みんなが心配だ」
「うん」
頷くラスカを抱き上げ、脱ぎ散らしたという服を拾いながら孤児院への帰途に就く。
ケルベロスは倒したが、あれは元々群れで動く魔物だと聞いている。大部分はミラ先生たちのほうに向かっていて、偶々こちらにはぐれが迷い込んだという可能性ももちろんあるが、楽観はできない。
胸中を占める嫌な予感に突き動かされながら、俺は急いで孤児院へ戻った。