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プレゼント


 魔法の練習が終わるとそのまま自由時間となるのだが、今日はティオと一緒に近くの街へお使いを頼まれた。いつもはミラ先生が向かうのだが、昔の知り合いが訪ねてくるので、その準備のために孤児院を離れられないし、いい機会だから2人で街を見てくるといいと言われたのだ。


 確かにそう言われてみれば、こちらの世界に生まれて10年、近くの河原以外で孤児院の外へ出たことが一度もなかった。ティオも同じようで、なんだか初めて1人でお使いに行かされる小さな子供のような気分だ。ティオもいるから2人だけどね。


 行ったこともない2人だけで大丈夫か不安だったが、とりあえず街に行くまでは川沿いの街道を進むだけでたどり着けるし、街自体もそこまで大きくない。人に聞けばわかるだろうとのことだ。


「…………」


 孤児院を出てからは、緊張からかティオは一言も喋らない。

 孤児院では角を見せることも躊躇いはないティオだが、やはり外の人に見せるのは怖いのか、わざわざフード付きのローブを借りていつもの服の上に羽織るようにして着こみ、フードを目深に被っている。


 それでもついて来たのは、ミラ先生に押し切られたというのもあるが……やはり、ティオ自身も恐怖以上に、外への興味もあったからだろう。


「ほら、ティオ」


「あっ……」


 びくびくしてるティオの手を取り、引いて歩く。


 何か元気づけるような言葉でもかけられればよかったが、生憎と俺にそんな経験はないので、上手い言葉が思いつかない。

 だからせめて、こうして1人じゃないと教えてあげるくらいはしてやらねば。

 嫌がられるかとも思ったが、幸いにしてそんな様子もなく握り返してくれたので、そのまま手を引いて歩く。


 道は、転生前の世界と比べたら全く舗装されていないと言っていいレベルだが、馬車などで通った跡なのか、むき出しの地面がそれなりに平らになっているので歩くのに苦労はない。道の右手側は木々が立ち並び、もう片方は土手の下に川が流れ穏やかなせせらぎが聞こえてくる。歩いていて、なんとも心落ち着く道だった。


「ねえ、レン……」


「ん?」


 初めての道を、あれこれ考えながら歩いていると、隣のティオから声をかけられる。


「ありがとう」


 遠慮がちに笑うティオに、思わず俺も笑みを返しながら、ぽんぽんと軽く頭を撫でる。


 そこからはティオも少し気が楽になったようなので、他愛ない話をしながらゆっくり歩いていく。と言っても、俺から振れる話題なんて魔法のことだけなのだが。


 孤児院を出てしばらく川沿いを歩くと、少し大きめの道に出る。川の流れに沿って南下していけば目的の街で、逆に東へと向かえばアカリナへ続く国境の街に出ると聞いた。当然そんな道で間違えるほど方向音痴でもないので川に沿って歩き、街へ向かうと、10分ほどでたどり着いた。


 言われていた通り、そこまで大きな街でもない。というより、村と呼べる規模だ。野生動物の侵入防止用なのか、簡易的な柵で囲われて、いくつもの畑が連なっているのどかな街――コルタリカ。


 厳密に言えば孤児院もコルタリカの一部なのだが、畑や林を挟んで街中から離れているために、孤児院のみんなはここを街と呼んでいるという背景がある。


 単なる畑の見張り番なのか、それともちゃんとした門番なのかいまいち判然としない人に会釈をして中に入り、しばらく畑道を進んでいくと、やがていくつかの建物が寄り集まっているのが見えてくる。


 どうやら街の中央あたりは畑もあまりなく、各種店舗が軒を連ねる商業区画のような場所になっているようだ。


 と言っても、店は屋台と見まがうほど小さいものが多く、活気があるというほど人は出歩いていない。ただ、呼び込みの声は大抵が名指しで、声をかけられた者も嫌がる素振りも見せず笑顔で応対している。なんというか、人と人との距離が近く、穏やかでほっとするような雰囲気の街だった。


「ティオ、買うのはなんだっけ?」


「あ、うん、えっと……」


 俺と同じように、初めて見る街の景色に目を奪われていたティオに尋ねると、慌ててポケットからメモ用紙を引っ張り出す。


「にんじんと、ピーマンと、玉ねぎと……」


「じゃあ、取り合えずは野菜売り場だな」


 列挙される野菜類に苦笑しながら、それらしい店へと足を向ける。幸い、どの店も露店販売のように品物を表に出しているため、さほど苦労せずに目的の店を見つけ出す。


「いらっしゃい! あんたたち、その恰好孤児院の子だね? てことはお使いに来たのかい、偉いねえ」


 愛想のいい笑顔を浮かべ、店番をしていた恰幅のいいおばちゃんが俺達に声をかけてきた。


 俺達の恰好は、成長に合わせて更新されてこそいるが、基本的に子供の頃から変わらずミラ先生の手づくりを上の子から譲り受けて手直しされたものだ。素材に多少の違いはあれど、デザインや作りは同一のため、知っていれば当たりをつけるのはそう難しくない。


「ありがとうございます。えっと、俺はレン。こっちはティオです」


 ティオは俺の後ろでフードを被り、すっかり縮こまってしまっているので、ティオのこともまとめて自己紹介しておく。すると、その名前を聞いたおばちゃんは「おやおや」と何やら得心のいった表情を浮かべ、ティオの傍まで目線の高さを合わせるように屈みこんだ。


 困惑するティオをよそに、おばちゃんはそのままにこっと微笑みかける。


「あんたがミラの言ってた亜人の子だね? ちょっと顔見せておくれよ」


「えっ、あっ……」


 その言葉には、ティオのみならず俺も驚く。ミラ先生がいつも買い出しに来ていたのは知っていたが、まさかティオのことを話していたとは。


 ティオはどうしたらいいか分からず、助けを求めるように俺の目を見てくる。しかし、この人は既にティオを亜人と知っている。なら、大丈夫だろうと、ティオに安心するように頷いてみせる。


 その意味することを察したのだろう、躊躇いがちにティオがフードを取ると、黄色の角が露わになる。


「あらまあ、聞いてた通り、ティオちゃん可愛らしい顔してるわね~」


「そ、そんなこと……」


 穏やかに微笑みながら、素直な感想を述べるおばちゃんに、ティオは恥ずかしそうに俯く。


 孤児院でも、ミラ先生やシア姉などの年長者からは同じようなことを言われていたが、身内びいきのようなものだと受け取っていたのか、あまり反応は芳しくなかった。こうして初めて出た外で、初めて会う人にそう言って貰えたのは、思った以上にティオの心に響いたらしい。


「あ、ありがとう……ございます……」


 今度は照れた顔を隠したいのか、ティオが先ほどまでより一層フードを深くかぶって顔を隠し、消え入りそうな声でそう呟くと、おばちゃんは満足気に笑みを深め、優しく頭を撫でた。


 撫でられて、何の反応も示さないティオだが、おばちゃんの側からはともかく、俺からはその表情が嬉しそうに綻んでいるのが丸見えだ。


「よかったな、ティオ」


 ミラ先生が今回のお使いにティオを同行させたのは、このためだったのかもしれない。

 亜人であっても、受け入れてくれる場所はたくさんあるのだと、知って貰うために。

 そんな風に思いながら声をかけると、ティオはようやく顔を上げ、笑顔を見せてくれた。




 その後も買い物を続け、メモにある物を買いそろえる頃には、俺もティオも手提げ鞄いっぱいの食材を抱えていた。そこまで大きな鞄ではないが、10歳の身体にはかなりの重量だ。


 俺が持つよ、とティオに言ってやれればよかったのだが……悲しいかな、俺の力では今手に持った半分だけでもかなりキツイ。こっそり身体強化魔法を使っているが、元々大して筋力が上昇してくれない強化魔法では焼石に水だった。というか、むしろティオのほうがそんな俺を気遣って、「持とうか?」などと提案してくる始末。俺と違って身体強化魔法を使っていない様子なのにそれである。情けなすぎて涙もでない。ちくせう。


「遠慮しなくてもいいのに……」


 ティオはそう言ってくれているが、そこは最低限守るべき男の意地だ。せめて半分は自分の手で持って帰らなければならない。絶対に。


「そ、それより、最後に寄らなきゃいけないとこがあるんだよ」


「寄らなきゃいけないところ?」


 首を傾げるティオを引き連れ、俺は目的の場所を目指す。

 幸い、街に入ってすぐにその店は見かけているので、迷うことなくそこへ向かう。


「ここって……魔石の加工場?」


「そうだよ」


 畑と、それを売ったり、調理して出す定食屋のような店が大半を占めるような田舎町であっても、ほぼ間違いなく1件は存在するのが、魔石の加工場だ。


 加工場というが、別に魔石を作っているわけではなく、魔石製の道具の制作、補修、整備。それから、魔石の魔力再充填作業が主な仕事だ。


 魔力の再充填は、うちの孤児院だと魔力操作の練習の一環として子供達が行っているが、実はこれがなかなか重労働で、身体は動かさないのにかなり疲れる。なので、ほとんどの人はお金を払ってでも加工場で再充填してもらうのだ。


 その特性上、名前に反してその場所は工場というよりは、少し大きなお店と言うべき見た目になっていた。


「へいらっしゃい。どうした坊主、お使いにでも来たのか?」


 俺とティオが足を踏み入れると、そこは工場らしいというべきか、強面の頑固親父と言った見た目の男が出迎えてくれた。最も、その声色は優し気で、職人気質というよりは商売慣れした感じの印象を受ける。


「この街に来たのはそうだけど、ここに来たのは個人的な用かな。魔石が欲しいんだ」


「ほう? 何に使うんだ?」


 魔石を直接買い求めるのはやはり珍しいのか、店番の親父が興味を示す。

 別段隠すことでもないので、俺は正直に答えた。


「孤児院でお世話になった姉ちゃんが卒業するから、その贈り物を作りたくてさ」


 そう、俺がここへ来た理由は、シア姉の卒業記念にプレゼントを作って贈ってあげようと思ったからだ。

 魔石は、魔力を蓄える性質を持つ。つまり、魔力との親和性が最も高い鉱石であるとも言える。

 なので、魔石は創造魔法で最も加工しやすく、加えて魔力の入った魔石は淡く光り輝くので、芸術方面でのセンスがあまりない俺でもそれなりに綺麗な物を作れると思ったのだ。


「ほう、魔石の贈り物ねぇ。いいじゃねぇか、そういう話ならちっと値段はサービスしてやるよ」


「ありがと、おっちゃん。サイズは小石くらいでいいからさ」


 実のところ、魔石は結構値が張る。ミラ先生に無理を言ってこのためのお小遣いは貰ったが、あまり無駄遣いはしたくない。

 そんな心情を察してか、先んじて気を利かせてくれるおっちゃんに感謝しつつティオのほうを見ると、何やら俺のほうをじーっと見ていた。


「魔石で贈り物って、何作るの?」


「何って……まぁ、お守り、かな? 首飾りの」


「お守り?」


「ああ」


 俺の返答に、ティオは首を傾げる。

 なんと説明するかと悩んでいると、その間におっちゃんが小さな石ころのような、不格好な魔石を持ってきて、カウンターの上にじゃらじゃらと並べてくれた。


「ほらよ坊主。この中からなら一つ銅貨1枚でいいぜ」


「あっ、ほんと? ありがとおっちゃん」


 加工され、道具に使われるような魔石は、サイズにもよるが銀貨1枚は下らないのが普通だ。


 お金は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨の4種類があり、大まかに以前の世界の通貨に換算すると、それぞれが1枚10円、100円、1000円、10000円と言ったところか。物価の違いもあるので一概には言えないが、概ねこの認識で問題はない。


 つまりこのおっちゃんは、一つ1000円近い代物を、100円で譲ってくれるという。随分太っ腹である。


「なに、これは魔石を作る時に出るクズ鉄みたいなもんだ。溶かして固めればまた使えるが、うちにそんな設備はないからな。それで十分だよ」


 一応、単なる親切心というわけではないらしいので、有難く頂くことにする。俺は銅貨を1枚支払い、手頃な魔石を一つ手に取った。


「せっかくだから、見せてやるよ」


 首をかしげていたティオに、魔石を見せながら魔力を込める。


「――《創造(クリエイト):首飾り(ペンダント)》」


 唱えながら、形をイメージする。


 最近はシア姉がいないところで、適当な小石を使って何度か練習していたので、何の問題もなく一瞬で完成した。


 出来上がったのは、先端が丸みを帯びた雫のような形状の物に、糸を通す穴を空けた首飾り――そう、勾玉である。出来上がったそれに、別のお店でお使いついでに多めに買っておいた紐を通し、問題がないことを確認する。


 古くからあるような形より尾を短く整えて、可愛げのある感じに仕上がっていると思う。材料に使った魔石自体が淡く輝いているのもあって、前世の土産物屋で売っている安物よりは綺麗だし。


「わぁ……」


 それを見て、ティオが感嘆の声を上げる。孤児院の子は服装がみんな地味なもので統一されてしまうし、アクセサリーの類も精々が花で髪飾りを作ったりとか、その程度しかない。だから、こんな物でもやはり貰えるとなると羨ましいのだろうか。


「……おっちゃん、もう一個魔石くれよ」


「おう、いいぞ」


 幸い、予定よりも出費が少なかったので、もう一枚銅貨を払い、再び創造魔法で勾玉を作る。

 同じ要領で紐を通し、出来栄えを確認すると、隣でまだ状況が掴めず首を傾げているティオにそれを差し出した。


「ほら、やるよ、ティオ」


「えっ……? い、いいの?」


「当たり前だろ、そのために作ったんだから」


 これが自分のお金で買って作ってあげたならかっこいいのだろうが、残念ながらミラ先生からプレゼント用に貰ったお金である。ティオへのプレゼントだから怒られはしないと思うが、少なくとも威張れることでもない。


「あ、ありがとうレン……だ、大事にするね!」


「お、おう」


 しかし、ティオはそんなことは関係ないとばかりに満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに手の中のそれを眺めていた。


 いつになく感極まった様子でお礼を言われ、少々気恥ずかしくなった俺は照れ隠しにそっぽを向いてしまうと、ティオははっとした様子で急におどおどと俺の顔色を窺うように覗き込んできた。勾玉にヒビでも入っていたんだろうか?


「あ、あのさレン……これ、せっかくだから付けて貰っても……いい?」


「ん、ああ、そういうことか。いいよ」


 大方、付けてみたいと思ったはいいけど、ただの紐なので自分では首の後ろで結べないことに気付いたんだろう。別に大した手間でもないので、ティオの後ろに回って首飾りを付けてやった。


「……! えへへ、ありがとう、レン!」


「いいよ、これくらい」


 ティオにしては珍しく、子供らしい笑顔で勾玉の首飾りを付けて嬉しそうにはしゃいでいた。

 こんなに喜んでもらえるなら、作ってあげた甲斐があるというものだ。


「おう、お二人さん、盛り上がってるとこ悪いんだが、そろそろ次のお客が来るんでな、デートの続きは外でやってくれねぇか?」


 微笑ましいティオの様子を見ていた俺は、おっちゃんの言葉にはっと我に返る。

 すっかり忘れていたが、ここはまだ店内だ。もう買い物は終わったのだし、プレゼント作りなどしていい場所ではなかったな。


「ごめんおっちゃん。でも、俺達そういうんじゃないからな?」


「分かった分かった、そういうことにしといてやるよ」


 にやにやと、どこかからかうような口調で告げるおっちゃんに、やれやれと肩を竦めると、ティオを伴って外へ出る。

 街に着いた時はまだ日も高かったのだが、買い物をしている間にすっかり空も茜色に染まり、もう幾ばくもしないうちに夜になりそうだ。


「大分遅くなっちゃったな、ミラ先生が心配するといけないし、早く帰るか」


「うん、そうだね。行こ、レン!」


「お、おう」


 片手で首からぶら下がった勾玉を弄りながら、もう片方の手で荷物を持ちつつどんどん先を行くティオに対し、俺は両手で荷物を抱えながら、えっちらおっちらと慌てて追いかける。


 本当、少し前まで1人で過ごし、沈んだ表情を浮かべていたティオとはまるで別人のように明るく笑っている。あるいは、こちらのほうが本来のティオなのかもしれない。


 だとしたら、これからもこんな風に、みんなで笑って過ごせるといいな――


 太陽が傾き、暗く沈んでいく空を見上げながら、そう思った。

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