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何気ない一日

ちょっと長くなったので分割します

 ティオと話した、あの夜の一件から、3年。


 あれ以来、ティオは俺と一緒に魔法の練習をしたり、他のことでも一緒に行動することが多くなり、見違えるほど明るくなった。身体強化魔法の制御も上達し、俺と何度か組手――と言っても俺がほとんど一方的にボコられるが――をしているうちに自信がついたのか、他の子とも関わりを持ち、廊下で会っては他愛のない話をする姿が散見されるようになった。実に喜ばしいことだ。


 もっとも、寝相だけはどうしても直らないまま、結局俺が寝ながら身体強化魔法を発動する術を身に着けるほうが早かったが。


「ふあ~あ……」


「おはよう。遅いよレン、今日は朝ごはん当番なんだから、早くしなきゃ」


「うん、分かってる分かってる」


 寝起きであくびを噛み殺していると、既に調理の準備をしていたらしいティオに小言を言われる。


 10歳にもなると、孤児院でやらなければならない仕事も増える。ご飯の支度、洗濯、年下の子の面倒を見たりなど、各々持ち回りでこなしていく。今日の俺は朝ごはんの支度が仕事で、ティオと一緒のグループだ。


 適当に頷いて返すと、ティオは「先に顔洗ってきてね」と言いながら笑顔を見せた。以前は俯き気味で前髪に隠れていた緑色の瞳も今はぱっちりと開き、とても可愛らしい。


「今日は何作るんだ?」


「野菜スープだって。はい、レンはこっちのニンジンの皮むきお願い」


「分かったよ」


 顔を洗ってから改めて尋ねると、前世でもお馴染みの赤い野菜を手渡される。ピーラーのような便利アイテムは存在しないので、包丁のようなものを使ってニンジンの皮を慎重に剥いていく。


 こちらの世界と前の世界の食材に、あまり違いはない。


 目立った違いと言ったら、肉が結構な高級品で、ついでに珍味食材として魔物の肉があるくらいか。魔物の肉についてはフグなんて目じゃないほどの毒と調理難度を誇るそうなので、漂うゲテモノ臭もあって食べたいとは微塵も思わないが。


「レン、出来たらここに置いてね、続きは私が切るから」


 今日の朝食当番は、俺とティオを含めて3人だ。

 孤児院の子供は15人くらいいるが、野菜スープ以外のメニューはパンと牛乳だそうなので、大きめの鍋を使えばこの人数で作っても問題はない。


「了解。でも、この間みたいに指切るなよ?」


「もう、レンのほうが大けがだったでしょ! 私よりレンのほうが心配だよ」


「いやいやいや、そんなことないだろ」


 俺が剝き終わり、置いたニンジンをティオが一口大に切っていく。


 ティオは学習能力は高いのだが、その代わりなのか初めてやることは何かやらかすことが多い。

 初めて包丁を握った時などは、うっかり指をざっくりやって、ピーマンが真っ赤なパプリカに変わってしまったほどだ。あの時は本当に心臓が止まるかと思った。


 確かに俺も、こちらの世界で初めて調理場に立った時、慣れない包丁による皮むきで同じように手を切ったのだが、ティオよりは確実に軽傷だった。


「私はすぐ自分で治せたからいいのっ」


 ぷいっ、と顔を背けるティオの言う通り、確かに前世の記憶のおかげで、鬼人族として生まれながらに補助魔法に精通しているティオは、自己治癒魔法によってすぐに痕すら残さず治療できていた。


「治ればいいって問題じゃないだろ? 痛いのは同じなんだし、ティオに怪我なんてしてほしくないんだよ」


 しかし逆に、そんなティオでさえかなりの出血を伴うほど切り込んでいたのだから、一歩間違えば指が落ちていた可能性もある。そうなったら、治癒魔法でもキチンと治らない可能性が高い。


「だから気を付けてくれよ?」


「……うん」


 俺の心配が伝わったか分からないが、少し沈んだ顔でティオは頷く。

 なんだかバツが悪くなった俺は、思わずその頭に手を伸ばし、ぽんぽんっと軽く撫でた。

 撫でられて、少し嬉しそうに微笑むティオを横目に、俺は再び皮むき作業に戻って行く。

 すると、それまで成り行きを見守っていた女子の1人が声をかけてきた。


「うふふ、やっぱりティオちゃんとレン君は仲いいね~」


 このこのぉ、と面白がるようにからかってくるのは、4つ年上ののクレア姉だ。シア姉とは歳が近いこともあってよく一緒に居たが、実際にこうして話すようになったのは食事当番で一緒になり始めたここ1~2年だったりする。正直鬱陶しいと思わないでもないが、少し前はこんな風に絡んでくる人もいなかったと思うと、ようやく俺も孤児院に馴染めたかな、と感慨深いものがある。

 ……でも、馴染むのに10年って、どれだけ人付き合いが悪いんだ俺は。


「それで、実際のところどうなの?」


「べ、別に私は何も……」


 俺が自分のコミュニケーション能力に軽く絶望している隣では、ティオもまた同じようにからかわれて赤くなっていた。

 わたわたと慌てる様がなんとも微笑ましいが、当人のいる前でそういう話題はやめてほしい。


「も、もう、それより早く作ろうよ!」


 この話はもうお終い! と言いたげにティオが叫び、ようやくクレアも自分の作業に戻って行った。

 質問の答えが聞けなくてほっとしたような、言えないようなことを思ってるのかと少々怖いような、なんとも言えない気持ちのまま俺もまた作業に戻っていく。





 朝ごはんの調理と、配膳。そして自分達も食べ終わると、後は皿洗い組に任せて、次は小さい子達に勉強を教える。


 これは下の子達の学力向上はもちろんだが、自分達が一度教わったことを人に教えることで復習になると同時に、理解を深めることができるという意図がある。


「え、えっと……コーレリア王国の西には、ラルダ大森林が広がっていて……そこにはエルフの国、中立国シルフィニアがあるの……そ、それで、ラルダ大森林には、他にも亜人達が部族ごとに隠れ住む村がいくつもあるとも言われててね……」


 ティオが小さな子に勉強を教えているが、やはりあまり人と関わってこなかった弊害か、どうにもその口調はたどたどしい。そんなティオの様子がトイレを我慢しているようにでも見えたのか、小さい子が「だいじょうぶ? 我慢しなくてもいいんだよ?」などと優しく声をかけていた。なんとも微笑ましい光景だ。


「兄ちゃん、次はー?」


「ああ、悪い悪い。次はえっと……」


 そんな風に、2人のやり取りにほっこりしていると、教えている子に苦言を呈されてしまったので、俺も意識を戻す。


 今教えているのは、この国周辺の地理だ。


 俺達の住むコーレリア王国の西には、今ティオが教えていたラルダ大森林が広大な面積を占め、東には海に面した海運国アカリナ、南東には聖母ルナマリアを信奉する宗教国家ラルフォリアが存在し、北にはこの大陸最大の軍事力を持つとされる武装国家、ランバルトが君臨している。


 コーレリア周辺には他にもいくつかの小国が存在しているが、ここアルメリア大陸に存在する人の国家では、この4か国が強大な力と権力を持っている。


 そして、そんな国々の頭を悩ませているのが、ランバルトの北に広がるドワル大砂漠に生息する強力な魔物と、その先にある魔王の領土――魔大陸だ。


 数多の魔人を従え、その強大な力でかつて幾度となく人類に厄災を振り撒いたと言われる伝説の魔王。

 最後は勇者によって打ち倒され、封印されたと言われているが、今なお魔大陸には強力な魔人達の国があり、影響力を残している。


 ちなみに、魔大陸とランバルトの間にはドワル大砂漠があるだけで、別に海を隔てているわけではない。なので、厳密には魔大陸もアルメリア大陸の一部なのだが、それでも呼び分けているのは人間と魔人達の仲が悪いから――ではなく、かつては本当に別の大陸で、間には砂漠の代わりに海があったかららしい。


 1000年以上前に天変地異が起き、海水面が一気に下がったことで地続きとなり、砂漠化が進行したことでドワル大砂漠が出来たというが、どのような災害だったのか、それは詳しく分かっていない。


「で、他の国は……って」


 俺自身は、他にすることがなかったのもあって、この世界について知るのは苦痛ではなかった。だから、今この時も、復習になってちょうどいいと思っていたから、気づかなかった。

 その子が、俺に寄りかかって爆睡していることに。


「はは……そんな退屈だったか」


 やっぱりどの世界に来ても子供は勉強嫌いなんだなぁ……と、世の勤勉な子供達に怒られそうな感慨を抱きながらも、そこは心を鬼にして起こしにかかる。


「おいこら、起きろケビン」


「ん~、あと5分……」


 むにゃむにゃと、あどけない表情で寝ぼけている。例え男の子でも、6歳の子供の寝顔となるとこのまま眺めていたいほど可愛いが、そうはいかない。あまりそんなことをしていると俺までミラ先生にサボっていると思われてしまう。


「よし、分かった。それなら今から10秒数える事にお前の昼飯のおかずが一品減るからな。いーち、にー……」


「はいっ、起きる、起きてるよ!!」


 早口気味に数え始めると、大慌てで飛び起きた。

 やはり、子供にとってご飯は寝ることよりも死活問題であるらしい。


「じゃ、今教えてた魔鉱石の産地を言ってみろ」


「うえぇ!?」


 もちろんそんなものは教えてないが、似たような勉強はしていたのであっさり騙される。

 おろおろと慌てふためく様を見てにやにやしていると、ミラ先生からお小言が入った。


「こらレン君~? 寝てたのは確かによくないですけど、だからってあんまり虐めてはダメですよ~?」


「はーい先生ー」


 気のない返事を返すと、そのやり取りに大量の疑問符を浮かべている子に改めて向き直り、再び勉強を教え始めた。




 勉強を教え終わるとそのままお昼ご飯となり、小さい子はそのままお昼寝タイム。一方の俺達は、自分達の勉強の時間になる。その中でも今日は、魔法の練習だ。


 もっとも、魔法は全員が全員覚えるわけではなく、基本的には自由参加。参加しない子供は、他のことを勉強する時間に当てている。


 練習は、孤児院から少し離れたところにある河原――俺がティオと初めて会ったところで行う。


 ここなら孤児院とも街中ともある程度離れているので周りを気にせず練習できるのと、土手や岩、木など、的に使うのにちょうどいい物も揃っているからだ。


 あれから3年経ったが、身体強化魔法は相変わらずの防御特化で、攻撃と速さは雀の涙ほどしか上昇してくれない。込める魔力量を増やせば上昇量も増えるが、それでも限界というものはある。


 そんな事情もあって、身体強化魔法については半ば諦めた俺は、ついに攻撃魔法に手を出し、シア姉に教えを乞うている。


「ほらそこっ! もっと心よ、ハートを燃やして! 燃える魂を魔力に置き換えて放つの!」


「うおおぉ……!! って、そんな抽象的な表現で分かるか!!」


 しかし残念なことに、俺は身体強化魔法だけでなく攻撃魔法も適正がないらしい。しかも、攻撃魔法の中で最下級と言われている生活魔法すらロクに発動しない有様で、先ほどから目の前の枯れ木に火を放ち燃やそうとしているのだが、着火の魔法すら使えなかった。


 覚える前は、それこそ創造魔法の時のように、アニメのワンシーンでも思い浮かべれば楽勝だろうと軽く考えていたのだが、どうやらそういう問題でもなかったらしい。あの時の恥ずかしい雄たけびは全面的に要らなかったようだ。穴があったら入りたい。


「はぁ、こっちなら簡単に点くんだけどなぁ……《創造(クリエイト):着火(ティンダー)》」


 唱えると同時に、木の中央あたりから前触れもなく一瞬で火の手が上がる。


 魔力を火に変えて放つのではなく、魔力のまま木に浸透させて周囲の空気と混ぜ合わせ、酸素とつなげることで火を起こす。状態変化が創造魔法で起こせるなら、化学変化もまた創造魔法で起こせるのではないかと思って試したところ、存外あっさり使うことができた魔法だ。


 それを見て、シア姉が呆れたような溜息を零す。


「私にはむしろ、そんなことが出来るのに攻撃魔法が使えない理由が分からないわよ……」


 この世界は、前世の世界と違って義務教育のようなものはないし、そうでなくとも科学知識の面で大きく劣っている。そのためか、“大気中にある水分を集めて水に変える”とか、“酸素と炭素が結びつくことで燃焼し火が点く”と言った現象はいまいち理解できないようで、少なくとも孤児院の人間は、説明しても誰一人創造魔法を俺と同じような使い方は出来なかった。


 ただ難点は、これは生活魔法を代用できるというだけで、攻撃魔法を代用できるほど大規模な現象は引き起こせないことか。便利なのでこれはこれで別にいいのだが。


「えいっ」


 そんな風に思っている横では、ティオが可愛らしい掛け声と共に拳を突き出す。その瞬間、不可視の暴威が解き放たれ、10mほど離れた位置にあった岩が粉々に砕け散った。


 攻撃魔法《衝撃(インパクト)》というやつで、その名の通り魔力を衝撃波に変換して打ち出す魔法だ。


 ティオの身体強化魔法は元々かなり高い攻撃力と防御力を誇っているので、この魔法と合わせてなんだか小さな重戦車みたいな状態になっている。見た目も性格もか弱い少女なのだが、いやはや分からないものだ。


「やっぱすげえよなーティオは」


「うんうん、可愛いし強いし敵わないよー」


 俺と一緒に魔法の練習をしている男子2人、リュートやクロスも同じ意見なのか、ティオを見ながらそう感嘆の息を吐く。


 ミラ先生の教育の賜物か、亜人差別などもないこの孤児院では、ティオはその容姿もあって結構人気がある。今はともかく、ここを出ればそう遠くないうちに恋人など出来たりするかもしれない。


「あんたたち、サボってないで真面目にやりなさーい!」


「うわっ、シア姉ちゃんが怒った!」


「逃げろ逃げろ!」


 そんな風に思っていたら、何やら騒がしい男子2人のついでに、俺にまでシア姉の拳骨が降り注いだ。解せぬ。


「くそぅ、シア姉のほうがよっぽど鬼人族っぽくないか……?」


「だよなー」


「言えてる」


 あんなに大人しいティオが世間で恐れられる鬼人族で、ただ魔法が得意なだけのシア姉はこんなに手が早いとは。世の中本当にわからない。


「あんたら、もう一発逝っとく?」


「「「すいませんでした」」」


 3人仲良く即座に土下座を慣行しつつ、自分の拳に息を吹きかけ始めたシア姉に許しを乞う。

 シア姉は今年15歳、最年長となり、孤児院の卒業を控えた歳になった。元々の勝ち気な性格と相まって、今ではミラ先生に次ぐ立ち位置だ。


「それで、レンはどうする? 火の粉の一つも飛ばせないけど、まだ練習する?」


 さりげなく俺の心をぐさっと突き刺してくるシア姉に苦笑しつつ、首を横に振る。


「いや、俺は創造魔法の練習するよ。ちょっと作りたい物もあるし」


「作りたい物? レンの創造魔法なんて、もうそこらの職人さんよりずっと上手なのに、まだ作れないのなんてあるの?」


「いや、んー、作れないというかなんというか……」


 俺の歯切れの悪い返事に、シア姉は首を傾げる。

 今回作ろうとしているのは、別段難しいものというわけではない。ただ、物が物だけに妥協したくないし、少しでも綺麗に作りたいというだけのことだ。


「まぁ、出来たらシア姉にも見せてやるよ」


「ほんと? 楽しみにしてるわね」


 にっこり笑うシア姉に、改めて制作意欲を滾らせながら、俺は練習に取り掛かった。

 俺が作ろうとしているもの。そう――シア姉の、卒業祝いの贈り物を。

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