創造魔法
各週更新だと言ったな、あれは嘘だ。
まぁ、早めに書ければ早めに上げますということで。
俺を拾ってくれた女性――ミラ・パーシヴァルは、孤児院を経営している人で、子供達からはミラ先生と呼ばれているらしい。
俺が捨てられていた場所もちょうどその孤児院の前だったようで、その辺りは俺を捨てた両親も考えていたようだ。
おかげで生きていられるわけだけど、それにしてもやっぱり赤ちゃんの身体というのは不便だ。
動きたくても身体が言うことを聞かないし、足掻いてるとすぐに眠くなる。大して悲しくないのに涙は出るし、下も……いや、もうこの話はやめよう。
ともかくそんな日々を3年過ごす間に、ようやく俺も自由に動けるようになり、今いる世界のことも分かってきた。
どうやらここは、俺が前世を過ごした現代社会とは違う世界らしい。ただの転生ではなく、異世界転生というやつだったわけだ。
なぜ分かったかというと、この世界には前の世界にはないもの――魔法があったからだ。
まだ幼子の俺は魔法を使えないけど、この世界において魔法や、その源である魔力と言ったものはかなり身近な物のようで、『魔鉱石』という、魔力を蓄える性質を持った鉱石を加工して作られた『魔石』などはその最たる例だ。
この魔石には幾何学模様が刻まれていて、その記述によって蓄えられた魔力を光や熱など、様々なエネルギーに変換してくれる。
しかも、この魔石は蓄えた魔力が尽きても、放っておけば勝手に大気中を漂う魔力を集める性質がある上、それが待ち切れないなら人の手で魔力を注入すればまた使えるんだとか。何それすごい、エネルギー問題が一発解決じゃないか、と聞いた時は思ったものだ。実際には、魔石が魔力を集める効率はそれほど良くないのでそこまで万能でもないらしいが。
しかしそんな世界であっても、やはりまだゲームやテレビなどの娯楽はほとんどないようで、せっかく異世界に来たのだし、この世界での楽しみを得る意味でも、是非とも魔法の習得や研究はしてみたい。
しかしそこで問題になったのは、この世界の言語だ。
言葉はそのまま喋れば問題なく通じたし、相手の言ってることも特に違和感なく理解できたが、文字ばかりは何が書いてあるのかさっぱり分からない。魔法について調べるためにも、まずは文字の読み書きを完璧にしなければ。
「そうそう、この文字が……」
そういうわけで、現在は文字の勉強中。
この勉強部屋は小学校の教室などと比べるとかなり狭く、個人指導の小さな塾と言った趣の長机が2列並べられただけの部屋だが、生徒も僅か5人程度なので不自由はない。
教えてくれるのはミラ先生で、あとは子供達1人1人に年長者や少し年上の子が付いて捕捉してくれる。俺に付いてくれているのは、ミラ先生に拾われた時、一緒にいたシアだ。
俺と同じ黒髪黒目で、髪は短くショートカットに纏められ、快活な雰囲気と合わさってスポーツ女子みたいな感じの子だ。服装こそミラ先生が安物の布を縫って手作りした物で、無地のTシャツに膝上丈のスカートと言った飾り気のないスタイルだが、顔は整ってるし、まだ8歳なのに女性らしい膨らみが出始めてるのが服越しにも見て取れる。将来かなり美人になりそうだ。
「ちょっとレン、ちゃんと聞いてる?」
「あ、ああうん、聞いてるから大丈夫だよ、シア姉ちゃん」
俺の意識が逸れているのを目ざとく見咎めたシア姉からお小言が入る。
いかんいかん、現状年上とはいえ、幼女と言っても通る年齢相手に胸を凝視とか、ロリコン疑惑を向けられたら否定できないじゃないか。いや、今の俺は3歳なんだけども。
ちなみに、シア姉ちゃん、という呼び名は本人からの「お姉ちゃんって呼びなさい!」というご要望に妥協を加えて叶えた結果だ。決して自分から言いだしたわけではない。
「それで、次は?」
「もー、今度はちゃんと聞いてね? 次は……」
取り繕うように次を促すと、ぷりぷりと怒りながらもシア姉は文句も言わずに付きっ切りで教えてくれた。
それに報いる意味でも、そこからは真面目に話を聞いて、文字を覚える。
幸いというべきか、中身はともかく3歳の身体は物を覚えるという点に関して凄まじく優秀なようで、集中して取り組めばどんどん文字が頭の中に入って来る。難点は、集中力があまり持続せず、あっという間に限界を迎えてすぐ寝てしまうことだが。……あれ、もしかしてあまり効率変わらない……?
……やめよう、深く考えたら負けだ。
それに、読み書きの勉強をしているのはもちろん俺だけではなく他の子供もだが、真面目に座って勉強しているのは俺だけで、他の子は年長者にぶーぶー言って困らせているし、優秀なほうだろう。……よく見たら、俺より真面目に取り組んでいる子が1人いた。いかんいかん、あんな子供より不真面目では示しがつかん、集中せねば。
実際には同い年の子を見てそう自分に言い聞かせながら、俺は言語習得に精を出す日々を送っていった。
それから更に2年、ようやく難しい文字も覚え、まともに魔法書が読めるようになった。
結局2年もかかってしまうあたり、やっぱり俺は出来が悪いんだろう。魔法書の文字が難解だったと言い訳したいところではあるが。
この歳になると、孤児院にある勉強用の書物も好きに読んでいいことになっているが、その分下の子の面倒を見たり、洗濯や掃除などの家事手伝いもしなければならなくなる。
そういうわけで、時間を見つけてはミラ先生に許可を取り付けて魔法について書かれた書物を引っ張りだして貰い、部屋に戻って順次調べていくことにする。
「えーっと……」
まず選んだ本は、『魔法の基礎』、という実にシンプルな本だ。シンプルすぎて少し心配だが、他は『戦略魔法全集』とか『魔法エネルギー力学』が云々とか、今読んでもまるで意味がわからないのでひとまず放っておく。
というわけで、時間をかけて『魔法の基礎』を読み進めていくと、どうやらこれは元々教材だったらしく、それなりに分かりやすく大まかなことが書いてあった。
曰く、魔法にはその作用の仕方によって、3種類に大別される。
一つ目は、攻撃魔法。
人が体内に持つ自らの魔力に属性と形を与え、撃ち放つ魔法。
よくあるファイアーボールとかはこれにあたり、あくまで魔力を変化させたものであるがゆえに、生じる現象は現実にはない特殊なものもあり、魔法を放つ際に使用した魔力分のエネルギーを放出し切れば起こっていた現象も立ち消える。もっとも、二次災害――攻撃魔法によって副次的に発生した現象――はそのまま残るようだけど。
意外なのは、火を灯して温めたり、氷を作って冷やしたりと言ったなんの攻撃性もない生活魔法もこのくくりに入るところか。まぁ、あくまで分類だし、細かいことは気にしないほうがいいのかもしれない。
2つ目は、創造魔法。
自分の魔力によって、既に存在している物や現象に形を与えて操る魔法。
早い話が、某アニメの錬金術師達のように金属や土くれを変形させて任意の形にしたり、水を氷や気体に変化させたりする魔法とでも理解しておけばよさそうだ。
これは攻撃魔法と違って、魔法の効果が切れてもそのままの形で残るのが大きな特徴だ。炎や竜巻などに創造魔法を使った場合は、さすがにその限りじゃないだろうが。
最後は、補助魔法。
これは自分の魔力で、自分や他人の身体、持ち物などに直接作用し、強化や回復を行う魔法を言うらしい。
ただ、他人に使う場合は、例え治癒魔法であってもその対象者の魔力によって抵抗されてしまうため、自分を治すのとは桁違いの負担がかかるそうな。それを避けるには対象となる相手の魔力と自分の魔力とをほぼ完璧に同調させる必要があり、高い技術が必要となる。そのため、治癒魔法使いというのはどの国でも重宝されるらしい。
またそれとは別に、属性を持たないまま、魔力を直接エネルギーとして撃ち放つ魔法や、魔力によって結界を張る魔法もこれに分類される。
他にも、刻印魔法と呼ばれる魔法もあるのだが、それは基本的に魔石を使った魔法であり、買うにはそれなりのお金がいるのでここでは置いておく。
「えーっと……まずは創造魔法からやってみるのがいいのか」
魔力は、生物であればどんな存在であっても持っている。なので、適正や知能に応じて出来ることに差異はあれど、理論上は生物であれば何者であれ魔法は使えるんだと。
その上で、最初にやるのは創造魔法がいいらしい。理由は、『創造魔法』の名の通り、つまりは『作る』魔法であって暴発の心配が少なく、また、複雑な物を作ろうとすれば話は別だが、泥団子のような簡単なものなら手でも作れるためイメージしやすく、取っつきやすいため使えるようになる人が多いんだと。
「よし、善は急げだ、試してみるか」
目標は、それこそ地面から大量の棘を隆起させて攻撃したり、ゴーレムを作って戦わせるような魔法だ。
出来るかどうか分からないが、どうせするなら目標は高いほうがいい。俺は意気揚々と、創造魔法の実践のため外へ向かった。
この孤児院には運動場代わりの庭があり、そこそこの広さがある。
そんな庭の隅っこには、ミラ先生が魔法で作ったという砂場があり、遊具などというもののないこのご時世で貴重な遊び場として、いつも誰かしらの子供が遊んでいた。
今日も、思った通り既にバケツに水を汲んできて砂場で泥を作り遊んでいる子がいたので、少しばかり分けてもらおう。
「これ、ちょっと分けて貰っていいかな……?」
「えっ? うん、いいよ!」
少し意外そうな顔をされたが、笑顔で了承してくれた。よし、これで試せるな。
念のため、掌に乗る程度の泥を持ったら、砂場から少し離れる。創造魔法は危険性が少ないらしいが、それでもよくわからない状態での初使用だ、念を入れて損はないだろう。
「それでえーっと……対象物に魔力を注ぎ込んで、作りたい形をイメージする、だったな……」
書いてあった言葉を呟きながら、その通りにやろうとするが……そこで肝心なことを思い出す。
「……魔力を注ぐ、って、どうやるんだ?」
全く未知のエネルギーが身体の中にある、と言われても、中二病を患っているわけではないのでそんなものは感じ取れないし操るなど論外だ。
……いや、待てよ、中二病、か。
確か、魔法を使う上で最も大事なことは使い手の持つイメージだったはず。つまり、魔力とか気とかオーラとか、そういうものを使うアニメのキャラクター達をイメージすれば感覚を掴みやすいんでは?
というわけで、早速実践だ。
「すぅーーーー…………はあぁぁぁ………!!」
若干恥ずかしいが、大きく息を吸って、それっぽい掛け声を上げながら、全身の力を漲らせる……ようなイメージを浮かべる。
そしてその力を、目の前にある泥へ……!
どぱぁん!!
「のわぁ!? 目が、目がーーーー!!」
思わず某大佐のような声を上げながら地面をのたうち回る。
なんと、適当なイメージで魔力(?)を注ぎ込まれた泥は、そのまま弾け飛んで辺りに四散したのだ。
力を籠めるべく間近で泥を凝視していた俺は、それをモロに眼に喰らってしまった。
「だ、大丈夫!? どうしたのレン!」
俺の叫び声を聞いて、近くで別の子と鬼ごっこに興じていたらしいシア姉が駆け寄ってくる。
いかんいかん、驚きすぎて少々オーバーなリアクションを取ってしまった。
「だ、大丈夫、ちょっと眼に泥が入っただけだから……」
起き上がってそう弁明するが、シア姉は聞き入れず、「見せて!」と俺の眼を開けさせる。
「もう、ちょっと赤くなってるじゃない。……あ、いた、ミラ先生ー!」
ちょうど駆けてくる姿が見えたのか、シア姉はミラ先生の名を呼び手を振る。
「あらあら、レン君、どうしたの~?」
俺の様子から、それほど差し迫った状況ではないと見て取ったのか、いつものように落ち着いた物腰でミラ先生はそう問いかけてくる。
「目に泥が入ったんだって、赤くなっちゃってる」
俺が答えるより先に、シア姉が状況を説明する。
それを聞いたミラ先生は、「あらあら大変」とこれまたあまり大変そうに聞こえない声色で呟くと、俺の眼を開かせ、そこに手を添える。
「《洗浄》」
瞬間、眼前に水が生成され、俺の眼が洗い流される。直接水洗いされているような感覚なのに不思議と痛みもなく、むしろ泥が入ったままのような違和感や痛みが綺麗に消えていく。
これが魔法か……と思っている間に魔法の効果も消え、水なんて最初からなかったかのように消えてなくなった。
どうやら今のは攻撃魔法――もとい、その派生の生活魔法にあたるみたいだ。
「ありがと先生、もう痛くないよ」
「そう、それはよかった~」
俺がそんな風に魔法を考察している間にも、ミラ先生は慈母のような笑みで俺に大事なかったことを喜んでくれた。
俺を拾った時点で20代後半くらいに見えたが、あれから5年経った今も受ける印象はあまり変わらず、若々しさを保っている。実際は見た目よりもっと歳を重ねているのかもしれない。
「それで、何があったの~?」
割と失礼なことを考えられているとは露知らず、ミラ先生は俺の眼を真っ直ぐに見て尋ねてくる。
特に隠すようなことでもないので、素直に説明すると……
「もう、ダメよレン君、1人で魔法の練習なんて」
こつん、と、軽く手を載せるような優しい拳骨が降って来た。
創造魔法は確かに危険が少ないが、それでも適正がなければ魔力欠乏によってそのまま意識を失ったり、今のようなちょっとした暴発事故くらいは起こったりする。だから、魔法を覚える際はちゃんとした指導者が必要なのだと、分かりやすく教えてくれた。
「分かったよ、ミラ先生、次は気を付ける」
「約束ですよ~?」
こうして、俺の初魔法実験は失敗し、以後自重する日々を送ることになった……
とでも思っていたか。
翌日、洗濯のお手伝いが終わると、俺は懲りずにまた砂場へ足を運んだ。
前回の失敗は、魔力を注ぎ過ぎたことが原因……ではなく、魔力を注ぐことに意識を向けすぎて泥団子という形のイメージがまるでなかったことだ。
昨日と同じく泥を用意し、同じ感覚で、ゆっくり浸透させるようなイメージで魔力を注ぎながら、泥団子の形を思い浮かべると……
まるで意志を持ったかのように、手の中の泥が一か所に固まっていく。
集まった泥は、やがて一つの形を成していき……
「……よしっ、できた!!」
手の中には、不格好な丸い泥団子が出来上がっていた。
ところどころ割れていたり、しっかり固められておらず自重で潰れてきていたりするが、初めて魔法を使うことができた。感動もひとしおである。
「とはいえ、このままじゃ何の役にも立たないしな」
今の泥団子作りは、魔力を注ぎ、イメージを固め、実際に出来上がるまでに10秒近くかかった。たかが泥団子一つ作るのにこれじゃあ、ゴーレムなど作ろうとしたらどれだけ時間がかかるか分かったものじゃない。
繰り返し魔法を使えば、精度や作成速度も上達するそうなので、まずは泥団子をもっと頑丈に、綺麗な球形に、かつ1秒以内に作れるように練習を重ねるとしよう。
というわけで、一度作った泥団子を崩し、創造魔法で作り直し、また崩し……というのをひたすら繰り返す。魔力の枯渇がどうこうという話もあったが、一応魔力が減ってくるとひどい疲労感や脱力感を覚えるということだし、そんな兆候もないのでひたすら行使し続ける。
単に形をイメージするのではなく、ぎゅっと凝縮するようなイメージで強度を増やし、表面を魔力で削り取るようなイメージを加えて綺麗な球形を形作って……
「こらっ!」
「あだっ!?」
ごつんっ! と、集中してたところに脳天へ衝撃が走り、出来た泥団子が落ちて潰れる。
むぅ、やはりまだイメージが甘いか、強度がイマイチだ。
「1人で魔法やっちゃダメって言われてたでしょ~! それなのに何してるのかな~!」
「いでででで! シア姉ちゃんギブ! ギブ!」
シア姉の手でがっしりと頭を掴まれ、アイアンクローを決められる。
シア姉は今年10歳になり、既にミラ先生からある程度魔法について習っている。そのためか、身体強化魔法でも使っているかのように日に日に暴力的になっている気がする。
直接言ったらまた殴られそうなので言わないが。
「もうっ、言ってくれれば私が教えてあげたのに」
手を離すと、腕を組んでぷくーっと頬を膨らませ怒ってますアピールを始める。
正直可愛らしいが、一応年上なのでそこは突っ込まないでおくとして。
確かに、素直に頼みに行くことも考えたのだが……
「いや……さすがに悪いかなって……」
頭ではそうするほうが早いと分かっているが、どうしてもそれを自分から頼みに行くことができない。
言語習得の時は、最初からそういう勉強としてミラ先生から言いつけられていたことだったからまだいいが、これはほとんど俺の趣味だ。それに他人を巻き込むのは、正直心苦しいものがある。
そう思って言ったのだが……
「ばか、そんなことで遠慮するんじゃないの、私達家族でしょ!」
「え……?」
シア姉のその言葉に、俺はポカンと間抜けな反応を返してしまう。
しかし、シア姉はそれに気づかず、「当たり前でしょ!」と更に言葉を重ねる。
「血なんて繋がってなくたって、こうして赤ちゃんの時からずっと一緒に暮らしてるんだから、家族じゃない」
「でしょ?」と告げるシア姉に、しかし俺は、即答することができない。
一緒に居ること……それが家族の条件であるのなら。かつて、血こそ繋がっていても、共有した思い出すらほとんどなかったあの家族は……果たして、家族と言えるのだろうか?
「だから、遠慮せずにお姉ちゃんに頼りなさい! ね?」
そう笑顔で告げるシア姉に、俺は返す言葉が見つからず――ただ、伸ばされた手を握ることしかできなかった。