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出立の日

「ほんとに行っちゃうの? レン兄……」


「ああ、ごめんなレイラ。またすぐに戻ってくるから」


「うぅ……」


 珍しく、体当たりするでもなくただひたすらにぎゅっと抱き着いてくるレイラの頭をそっと撫でるが、その表情は優れない。


 けど、それも無理はない。エミリアと契約した翌朝、首輪が外れ、代わりに幾何学模様による焼印のような奴隷の証が首に浮き上がっている俺を見咎めたレイラ達に、早速事の次第を説明した。魔王と会ったこと、俺達を生贄にするつもりはなかったこと、フビデビの今後の動向と、それによって起き得る人魔大戦について。


 そして、それを阻止するために、俺がエミリアと契約して討伐に向かうことになったこと。何よりそれが終われば、()()が奴隷でなくなり、自由になれることを。

 

 それを聞いた反応は様々で、フィオナは普通に喜び、レイラは俺が一人で討伐に向かうと聞いて寂しがり、ケビンなどはそもそも自分が奴隷だったことを忘れていた。他2人はともかく、ケビンはどんだけ刻印魔法に夢中になってるんだよと呆れてしまった。


 ともあれそうして事情を話し、3日経った今日、ついに魔王城を立つことになった俺は、城の門前で見送りを受けていた。レイラは俺の目的に一応の賛同こそしてくれたが、やはり半年経ったとはいえ見知らぬ土地で見知った年長者がいなくなるのは心細いのだろう、抱き着いたままなかなか離れようとしない。


「レイラちゃん、レンお兄さんも困ってるから……」


「でも、フィオナちゃん……」


 すると気を利かせてか、フィオナがやってきてレイラの肩にそっと触れ、優しく諭すように声をかけた。


「大丈夫……レンお兄さんなら、きっとすぐに悪魔を倒して、迎えに来てくれるから」


 でしょ……? と、多分に不安の混じった表情でこちらを見る。やはり、気丈に振る舞っていてもフィオナも心細さを感じているのだ。だから、俺はフィオナの頭にそっと手を載せると、大仰に頷いて笑みを浮かべる。


「ああ、もちろん。グレン兄の卒業祝いだってまだ出来てないしな、またみんなで集まって、ちゃんと送り出してやろう」


 シア姉とティオに勾玉の首飾りを贈ってからと言うもの、思った以上にウケが良かったため、毎年卒業、もしくは里親に引き取られることとなった子には、俺から孤児院で過ごした証として、同じものを贈るようになっていた。


 今回も、卒業が近いグレン兄のために首飾りを用意していたのだが、とんだトラブルのせいでまだ渡せていない。出来れば、今年中に渡してあげたいところだ。


「はい……!」


 フィオナの顔から不安の表情が消え、頷きを返してくれる。それに釣られたのか、レイラもまた意を決したように身体を離し、俺のほうを真っ直ぐ見た。


「絶対だからね?」


「ああ、約束する」


 髪と同じ、その青色の瞳を真っ直ぐ見つめ返しながら告げると、レイラもようやく笑顔を見せてくれた。


 しばらく見れなくなるであろう2人の顔を目に焼き付けるように、しばしの間そのまま眺めていると、城のほうから俺を呼ぶ声と、大急ぎで駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。


「師匠~! よかった、間に合った!」


「ケビン、遅かったけどどうしたんだ?」


 なかなか出てこないので、最悪は直接出向いて挨拶していこうかと思っていたが、そんなことはあずかり知らないケビンは全力疾走しながら目の前まで来ると、激しく息を切らして膝に手をつきながら肩を上下させる。


 ひとまず落ち着くまで待っていると、ケビンはばっ! と勢いよく顔を上げ、俺に向かって勢いよく両手で布に包まれた何かを差し出した。


「これ、師匠がフビデビ討伐に出向くと聞いて、急いで作りました! 持ってってください!」


 渡されたそれを受け取りつつ、布を取ってもいいかと視線で問うと、ケビンは大きく頷きを返した。慎重に布を取ると、中から現れたのは、小ぶりなナイフだった。


「これは……」


 装飾など一切ない、シンプルなナイフ。サバイバルナイフと比べても小さく、子供用の包丁と言われても納得できそうなそれは、しかし普通のナイフと明らかに異なり、刃の部分が魔石製になっていて、金属らしい黒い光沢を放つとともに幾何学的な模様が刻み込まれていた。間違いなく、何らかの刻印魔法が付与されている。


 ここ3日ほど、俺は出発の準備のために顔を出していなかったが、これがなんであるかはすぐに予想がついた。


「もしかして、もう完成してたのか?」


「はい! 試してみてください!」


 ケビンの言葉に頷くと、ナイフに自分の魔力を注ぎ込む。刃に描かれた模様を介して即座に溢れ出た魔力は、光りながら俺のイメージに沿って凝縮し、洗練され、形を成す。


「おお……」


 光が弾け、そこに現れたのは、俺のイメージした最強の剣。長く若干反りの入った刀身に、美しい波紋を描いた日本刀――太刀だった。


 魔剣、と言う物がある。それ自体は刀身を持たず、攻撃魔法でもってそれを形作るのだが、その中でも特に刻印魔法を用いて誰でも扱えるようにした物がそう呼ばれている。


 しかし、魔剣というのはその大仰な名に反して、通常の剣よりも性能は劣ると言われている。その原因は、ひとえに刻印魔法の特性にある。


 刻印魔法は魔石に蓄えられた魔力を利用しているため、魔石内の魔力量を超える魔法は発動できない。そのため、刻印魔法で強靭な刃を形作ろうとすれば、それ相応に魔石を大きくしなければならず、必然的に重量と値段が跳ね上がっていく。結果として、巨大な大剣に薄く魔力の刃を追加で形成するような形になるのだが、そこまでするくらいなら魔石より強固な鉄鋼製の刃に強化魔法を載せたほうがよほど懐に優しく強力な剣になる。


 そんな理由で不人気な魔剣だが、そこは俺も含め魔法の研究が好きなディバインとケビン。ここ半年の間に、その欠点を解消する術を考えた。


 考えたと言っても、アイデア自体は至極シンプルだ。魔石に蓄えられた魔力で足りないなら、所有者の魔力も合わせて刀身を形作れるようにすればいい。しかしこれが意外と難しく、直接魔力を注いでも貯蓄量を超えるほど注入した途端限界を迎え、魔石が融解して刻印が崩れてしまった。


 さてどうしようとなった時、意外にもアイデアを提供したのがケビンだ。


 曰く、過剰な魔力を蓄えきれずに融解するなら、魔力を蓄えさせなければいいのでは? と。そこからディバインと刻印を改良し、魔石を魔力を溜めるバッテリーではなく、単に刻印へと魔力を通す回路として使用させることにより、魔石のサイズに比して従来より圧倒的に大規模な魔法行使が可能になった。更にオマケとして、魔法に注ぎ込む魔力量に変化を付けられるようになったことで、これまで刻印で決められていた行使される魔法の規模にも変化が付けられるようになり、状況に応じた汎用性が上昇した。


 それらの結果をもとに、新たな魔剣を作っているのは知っていたが、まさか3日で試作品を完成させるとは思ってもみなかった。


「使用者のイメージによって形を変え、その魔力に応じて強度を増す、名付けて《万華剣(カレイドソード)》です!」


「ほー……」


 言われた通り、イメージを変えて魔力を注ぎ直せば、太刀から短い打刀のようになったり、逆に大剣になったりと、忙しなく変化させられた。剣技はそこまで習得していないが、これは良いものを貰った。


「クフフ、全く、子供の発想とは素晴らしい。既存の概念に囚われない柔軟な発想、とても参考になります」


「あ、ディバイン」


 すると、ケビンと違って優雅に歩いてきた悪魔、ディバインが不意に話しかけてきた。


 見た目は同じ種族なだけあってフビデビと似通っているが、どちらかと言うとかなり華奢な印象を持たせる細い手足に、片目に着けた丸眼鏡、不気味に笑う表情からは抑えきれない知的好奇心を滲ませ、戦士というよりマッドサイエンティストと形容するに相応しい雰囲気を纏っている。


 実際、悪魔ではあるが適正がないためにほとんど魔法が使えず、それでも強さへの渇望から刻印魔法に傾倒し、今では強さよりもその研究こそが生き甲斐になったという変わり者の悪魔だ。


「ああ、個の才能の限界を超えた力……まさに刻印魔法の無限の可能性を感じます! クフッ、クフフ、クフフフフ!」


「ディバインー? ディーバイーン? ……ダメだな、また自分の世界に入り込んじまった」


 突然何か語り出したと思ったら、悦に浸った表情で高笑いし始めた。


 何しに来たんだコイツ、と思いながらも、いつものことなのでスルーして、ケビンへと向き直る。


「ありがとな、ケビン。助かるよ」


 刀を元のナイフに戻し、鞘代わりの布で巻き直した後、改めてケビンにお礼を言う。

 剣技など、それこそ素振りの仕方くらいしか習っていないが、やはり武器があるのとないのでは安心感がだいぶ違う。


「いえ、師匠のお役に立てたのならなによりです!」


 にかっと元気よく笑うケビンの頭を、レイラやフィオナと同じように撫でてやる。


 そうして、俺と同じように攫われてきた子達と一通り別れを告げ終えると、それを待っていたのか、ゴルドさんが一歩前に出て俺に声をかけてきた。


「レン、お前もここを立つのであれば、もうオレからは卒業だな」


「卒業って、まだ1回もゴルドさんの剣を受け止められてないですけどね……」


 感慨深そうに言うゴルドさんに、思わず苦笑を浮かべつつ答える。


 ちょっとした型くらいなら教わったが、1人で反復練習するだけで結局一度もゴルドさんに見て貰うどころか、剣を合わせることすらできなかった。卒業以前に、弟子とすら恥ずかしくて名乗れない。


 ……そう考えると、いくらエミリアから力を貰ったからって、本当にフビデビに勝てるのか疑問に思えてくるな……


「いや……ふむ、そうだな」


 そんな風に不安に駆られる俺を見てか、ゴルドさんは何かを考えこむように顎に手を当てる。


 もしかして、心の内が表に出ていただろうかとまた別の意味で不安になるが、ゴルドさんはそれについては何も言わず、全く別のことを口にする。


「レン、お前は此度、何のために剣を取った?」


「へ?」


 突然の問いに俺はすぐには反応できず、ぽかんと口を開けたまま硬直してしまう。


「いや、えっと……人魔大戦を止めるため……?」


 しかし、待てどもゴルドさんはじっと真剣な目で俺を見据えるのみで何も言ってこないので、ひとまず思ったことを口にする。

 すると、ゴルドさんは小さく首を横に振った。


「本当にそれが目的か? お前が悪魔と対峙し、その命を賭そうとするのは、そのためなのか?」


 続けて紡がれた言葉に、俺はようやくゴルドさんの言いたいことを理解した。理解したら、もう、伝える言葉は決まっている。


「いえ、違います。俺はこいつらを……家族を守るために剣を取ります」


 そう、俺は決めたのだ。あの日の夜、ティオと話したあの時に。ティオの、そして……孤児院のみんなと、本当の“家族”になろうと。


「……そうか」


 だから、その想いを真っ直ぐに告げると、ゴルドさんはふっと笑みを浮かべ、表情を和らげた。


「ならば、それを忘れるな。守るべきものを見失えば、力はただの暴力に成り下がる。しかしそれを持ち続けている限り、お前はもう、一人前の剣士だ」


「……はい!」


 本音を言えば、俺にそんな称号は時期尚早にも程があると思う。けど、それでも俺は、迷いなく頷きを返した。


 そうだ、俺は別に、戦争を止めたいだとか、そんな大層なことを掲げていたわけじゃない。ただ、家族に及ぶ危険の芽を、摘み取ろうと言うだけの話。


 結果としてやろうとしていることは同じことではあるが、それを再確認できたのは俺にとって大きかった。おかげで、余計なプレッシャーは消え、改めて身を引き締めることができる。


「ありがとうございます、ゴルドさん」


「気にするな、武運を祈っている」


 ぺこりと頭を下げ、お礼を言うと、ゴルドさんはいつものようにぶっきらぼうにそう言って、話は終わりだとばかりに踵を返し、魔王城の中へと入って行った。


「ふふふ、ゴルドったら照れちゃって。レン君、これ、旅先で使いそうな荷物、纏めておいたから、使ってね。中にちょっとだけお金も入れておいたから」


「あ、ありがとうございます、ルナさん」


 続けてルナさんから渡されたのは、あれやこれやと詰め込まれた袋に、背負うための紐が付けられたナップサックのような荷物だ。


 それを背負い、ケビンから貰ったナイフの布をポーチ風に創造魔法で変えて腰に付ければ、ひとまず準備は完了だ。


「レン君、砂漠は色々危険な魔物がいるから、気を付けるんですよ。昼間と夜の寒暖差にも気を付けて、それから……」


 しかし、この地上における生命は元をたどれば全てルナさんに行きつくという話だったが、そういう意味では俺の親とも言えないでもない。そしてまさに今、泊まりで出かける子供を見送る母親のように細かいところまで注意事項を懇々と説明される。そんな様子に、俺は思わず噴き出してしまう。


「レン君?」


「いえ、なんでもないです」


 なんだかミラ先生を思い出して、と言っても分かるはずもないので適当に誤魔化すと、ルナさんは特に追及するでもなく首を傾げ、そのままもう2、3個注意事項を伝えた後、下がっていく。


 その後も何人か、魔王城でお世話になった人達と言葉を交わし終え、いざ出発しようとしたところで、またしてもバァーン! と勢いよく魔王城の扉が開く。


 そして中から現れたのは、寝るときの恰好とは対照的な、黒いワンピースに身を包んだエミリアと、見知らぬ一人の幼女だった。


「エミリア、誰だその子?」


 幼女の言葉通り、見た目8歳程度に見えるその女の子は、鋼のように黒みがかった銀髪をショートより少し長めに伸ばし、癖毛なのか先のほうが跳ねている。身体はマントのような袖の無い外套で膝のあたりまで覆っており、素足のままで靴すら履いていない。


 服装だけ見ると奴隷に見えなくもないが首輪はしておらず、その黒い瞳も、汚れのない無垢な光を宿している。少なくとも、無理矢理今の恰好をさせられているわけではなさそうだ。


「この子は妾の知人の子での、ルーミア・ドラゴノイドと言う子じゃ。ちょっと社会見学がてら世界を見せてやってくれと頼まれていての」


「ふーん……?」


 世界を見て回ると言ったって、こんな小さな子に……と思わないでもないが、実際、エミリアの知人ということはやはり普通の人ではないのだろう。こんな見た目でも、実は俺より年上なのかもしれない。


「ねぇ、エミリア、エミリア、これがレン?」


 そう言って、びしっと俺を指さすルーミア。


 こら、人を指さすものじゃありません。あと、人をこれ呼ばわりするんじゃありません。


「おお、そうじゃぞ」


「へ~、そうなんだ!」


 しかしそんな注意をエミリアがすることもなく、肯定の言葉を聞いてルーミアはこちらに駆け寄ってくる。


 そしてその勢いのまま、外套を放り投げて抱き着いてきた。


「ぶっ!?」


 そんなルーミアを見て、俺は驚きで固まってしまう。


 別に、抱き着いて来た勢いについては大したことはない。レイラのほうが軽く10倍ほど勢いを付けて抱き着いてくるので、これくらいは普通に年相応に見えて可愛いくらいだ。


 ただ、問題はその服装……いや、その表現はこの場合は正しくないか。外套を脱ぎ去ったルーミアは、その下に何も着ていなかったのだ。


「ふごふご……んー、いい匂い~」


 しかし当のルーミアは、そんなことは些事だと言わんばかりに俺の鳩尾あたりに顔を押し付け、匂いなど嗅いでいる。周りにいたレイラ達を含め、全く状況に付いていけないので、ひとまず説明を求めてエミリアのほうを見る。すると、その意味を汲んだエミリアはにやっと悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。


「よかったのおレン、念願の女子(おなご)の裸体じゃぞ。じっくり堪能するがよいぞ」


「するかっ!! いいからどういうことか一から説明しやがれ!!」


 心なしか、傍に居たフィオナから疑いの眼差しを向けられている気がする。レイラからの視線が変わらないのは、俺が望んだわけじゃないと信じてくれているのか……それともまさか、レイラまで俺をそんな目で見てたわけじゃないよな?


 あとケビン、さすが師匠! じゃないよ、流石にレイラからすら絶対零度の視線で見られてるぞ。


「何、簡単なことじゃよ。お主、このドワル大砂漠を超える足を何も用意しておらんかったじゃろ?」


「あっ」


 そういえばそうだ。元々、こんなに早く魔王城を出られるなんて思っていなかったから、もっとおいおい調べてから確保するつもりだった。それが、色々あったインパクトですっかり頭から抜け落ち、今日この日まで完全に忘れていた。


「けど、それとこの子となんの関係が?」


 まさか、こんな小さな身体で俺を担いで走るわけでもあるまい。もしできたとして、そんなシュールすぎる砂漠超えはごめんだ。


「言うより見せたほうが早いの。ほれ、ルーミア、見せてやるのじゃ」


「ん!」


 エミリアに言われ、ルーミアは俺から離れる。


 見えてはいけないところまで色々見えそうになったので目を逸らそうかと思ったが、それより早くルーミアの身体が魔力の燐光に包まれ光始める。


「なっ……」


 光に包まれた小さな身体が、徐々に肥大化していく。そして、光を弾き飛ばすようにして現れたのは、鋼のような光沢を湛えた美しい鱗を持つ巨大なドラゴン。全長は15メートルにも達し、それを支える四肢もその大きさに見合うほど太く逞しく、長い尻尾はその一振りで岩をも砕きそうなほどだ。しかし、何より特徴的なのはその巨大な翼だろう。左右1対のそれを広げると、もはや体長すら凌ぐほどの大きさで、羽ばたいたらそれだけでこの付近一帯は吹き飛びそうに見える。


「くっくっく……驚いたか? その子は竜人族でな、人の血が色濃いのか見た目はほぼ普通の子供じゃが、《竜化》の魔法が使える。親は特S級の鋼龍(スチールドラゴン)の竜人じゃからの、今はまだ幼いが、それでもかなり強いぞ」


「はあぁぁぁぁ!?」


 なぜエミリアが自慢げに話しているのかは分からないが、竜人族と言えば亜人の中でも最強と謳われる、ドラゴンの前世を持つ者達のことだ。そのあまりにも強力に過ぎる前世の影響は、人間であるはずの身体をほぼ獣人族と変わらないまでに変質させ、亜人の中にあって唯一親の力が子孫へと相続されていくと言われている。更に、特S級と言えば、魔物の危険度等級においては最上位。早い話、“人類の力では対処不能”と称されたとんでもない化け物だ。それを前世に持ったこの子の親の力がどれほどかなど、もはや想像することも出来ない。さすがに、その娘である以上それよりはまだずっと弱いだろうが、血筋を思うと俺よりもずっと強そうだ。


 ……そういえば、ケルベロスあたりだと何級なんだろうか。今度暇があったら調べてみよう。


『レンー、レンー、もう行くのー?』


「えっ、あ、あぁ、うん……」


 そんな風に驚いていると、目の前のドラゴン……ルーミアから声がかけられた。

 見た目凶悪なドラゴンから、響くような幼い声が聞こえてくるという状況に物凄い違和感を覚えるが、ひとまずそれは飲み込んで頷きを返す。


『じゃあ早くルーミアに乗ってー、行こー?』


「えっ!? ……あ、ああ、そういうことか」


 S級竜人の子供という存在のあまりのインパクトで忘れていたが、つまりエミリアの言う“砂漠超えのための足”とはこういうことなんだろう。ドラゴンに乗れる機会があるなんて、この世界に魔法があると分かった時でさえ全く予想だにしていなかったが。


「ほれ、レン。羅針盤と地図じゃ、持っていけ。それから、これは魔王城の魔力結界を抜ける通行証じゃ、持ってさえいれば自由に通過できるし、妾との直通の連絡手段にもなる。無くすでないぞ」


「ああ、ありがとレミリア……」


 地図と羅針盤はともかく、まさか通行証まで貰えるとは思っていなかったが、エミリアとの専用回線になると聞いて納得した。確かに、フビデビに対する追加情報などが入れば教えて欲しいし、アルメリア大陸で探してたら実は魔大陸に戻ってました、などという事態になっていたら一生無意味にアルメリアを探し回らねばならなくなるところだ。


 だからそれは素直にありがたいのだが、ただ、今はそれ以上に聞いておかなければならないことがある。


「ところでエミリア」


「なんじゃ?」


「竜化ってさ、原理は獣化と同じだよな?」


「うむ」


「なら、脱ぐ必要ないよな?」


「そうじゃな」


「……なら、なんでルーミア脱いでんの?」


「知らぬ」


「…………」


 ラスカといい、ルーミアといい、もしかして変化系の魔法を使うやつはみんな脱ぎたがりなんだろうか……


『ねー、行かないのー?』


「あ、ああ、悪い」


 促されるままに、身体強化魔法を使って一気にルーミアの背まで跳躍して飛び乗る。もちろん、その前にルーミアが脱ぎ捨てた外套は回収しておいた。


 やはり背中もびっしり鋼の鱗で覆われていて座り心地としては最悪だが、逆に言えば、ただの魔力の塊であるはずなのに、それだけしっかりと本物と同じ質感が再現されているとも言える。竜人の子と言っていたが、ここまで完璧な竜化魔法はそれだけでは使えないだろう。もしかしたら、この子自身も前世持ちなのかもしれない。


『どっちに行くの?』


「ええっと……」


 地図を開き、羅針盤と照らし合わせる。最終的な目的地はフビデビが隠れ潜んでいるであろうアルメリア大陸のどこかだが、まずはそこに行くために、魔大陸唯一の港町――神獣国ウルヴァルンへと向かわなければならない。


「あっちだな。結構遠いけど、頼むな、ルーミア」


『うん!』


 元気のいい返事に、背中の上から首元を軽く撫でてやり、改めてそこからみんなを見下ろす。


 最初ここへ来た時は、不安だらけだった。いつ生贄にされるとも分からず、孤児院に帰ることは絶望的で、レイラ達もほとんど笑うことはなかった。しかし、魔王城のみんなは奴隷だからと差別することもなく、共にエミリアに仕える仲として、分け隔てなく接してくれた。おかげで、今ではみんなすっかり馴染み、笑顔で過ごせるようになっている。これなら、3人を残して行っても大丈夫だと思えるほどに。


「レイラ、飛びまわるのもいいけど、城の中の掃除もちゃんとしろよ。あと、好き嫌いせずにちゃんと野菜も食べろよ」


「わ、分かってるよ!」


「ケビン、お前は刻印魔法に夢中になるのはいいけど、せめてちゃんと飯食え、あと寝ろ」


「あ、あはは……」


「フィオナ、2人のこと頼むな」


「はい、レンお兄さん、気を付けて……」


 この中で一番年下のフィオナに頼まれた2人は不満そうだが、そう思うならもう少ししっかりしてほしいところだ。


「じゃあ、またな!」


 そう言って俺が手を振るのと同時、ルーミアが勢いよくその翼をはためかせて空へと飛びあがる。


 そのあまりの勢いに、嵐と見紛うほどの突風が巻き起こったが、そこは予想していたのか、セルフィさんがさりげなく魔力結界を張ってレイラ達を守ってくれていた。その気遣いに感謝しつつ、俺は通行証を翳して魔力結界を突破する。


 眼下に広がるは、果てなきドワル大砂漠。思わぬ騎竜を仲間に加えたとは言え、魔大陸を抜けるのはそう容易いことではないだろう。俺はこれからの旅を思い、不安と希望を胸に抱きながら一度だけ振り返り、必ず帰ってくると、遠ざかっていく魔王城を見ながら決意を新たにした。





「……よろしかったのですか? エミリア様」


「何がじゃ?」


 魔王城でレンを見送る一同の中で、セルフィとエミリアは小さく言葉を交わす。

 周りには子供達もいるが、レンのほうに夢中で2人の会話は耳に届いていなかった。


「本当のことを話さなくても」


 その言葉に、エミリアは何も答えず、沈黙を返す。


 レンに語った言葉は、そのほとんどが真実ではあったが、僅かに嘘も含まれていた。


 例えば、魔王復活のために子供の魂が必要だと言われ出したのはともかく、それに“上質な魂が必要”だと付け足したのはエミリア達であったり。


 例えば、ゴルドがレンに課していた殺意に耐えるという訓練。あれは決して強くなるためではなく、ゴルドのような獅子王族の獣人が持つ固有の攻撃魔法《恐怖(フィア)》によって根源的な恐怖心を呼び起こさせ、どれほどまでエミリアの力を注いでもその“魂”が耐えられるのか調べるためだったこと。


 つまりは最初から、エミリア達はレンをアルメリア大陸に送る手駒にしようとしていたのだ。


「……話してどうなる? 噂を放置すれば、強硬手段に出る者が現れることは予想が出来ていた。実質、こ奴らは妾達が攫ってきたに等しいのじゃぞ。いくら最近のアルメリアが“キナ臭い”からと言って、許される所業ではないわ」


 結局、沈黙を破って先に言葉を紡いだのはエミリアだった。

 レンの飛び去った空を眺めるその表情は伺えないが、長年連れ添ったセルフィには、その声に含まれる僅かな苦渋の色を敏感に感じ取っていた。


「……そうですね」


 だからこそ、安易に慰めたりはせず、セルフィはその言葉に頷きを返す。


 セルフィは知っていた。エミリアの言葉には確かに嘘はあったが、その目的には一切の偽りはないことを。エミリアが魔人だけでなく、人の世の平穏さえ心から望んでいるということを。


 ゆえに、セルフィもエミリアと同じように空を見上げ、身勝手だと分かりつつも、ただ願った。


 レンが無事にアルメリア大陸にたどり着くことを、そして、出来ることなら……この世界に、僅かにでも平和が訪れる一助となることを。


「ところでエミリア様」


「む?」


 ただ、それとは別に、と、セルフィはエミリアへと向き直る。


「レン殿に渡した羅針盤、壊れていたようなのですが。それとあの地図、確か以前エミリア様が戯れでお書きになられたデタラメな地図だったと思うのですが。分かっていて渡したのですよね?」


「えっ」

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