第7話
次の日の朝、彼は携帯電話の呼び出し音で起こされた。ベッドサイドの時計を見たら、まだ8
時だった。あと1時間は眠っている予定だったのに・・・!
窓の外を見るが、見えたのは曇り空のみで雪は落ちてきていない。ちょっとがっかりした彼に追い討ちをかけるように、その電話の主は、彼の耳に馴染むやわらかな声音で彼の名を囁くように呼んだ。
「レスター、やっと出てくれたわね。」
やられた!彼は思わず舌打ちをし、一瞬の間の後、あいそよく返事をした。
「ああ、母さん。あいかわらずステキな声だ。」
「まあ、さすがは私の息子、お世辞が上手なこと!」
「・・・・・で、今日は、何かあった?機嫌もいいみたいだけど。」
「うっふっふ。」
電話を通して聞こえる少女のような母親の笑い声に、彼は半分あきれる。どうやら、自分の息子の安否を心配しての連絡ではないようだ。こんなのん気で身勝手な性格には慣れてしまっていたが、自分が死ぬかもしれなかった体験を思い出して、ついイラついた。
「何だよ?」
「聞いて!母さんの5年にわたる独身生活ももう少しで終わるのよ、うふふ。」
「はぁ?」
「あなたも嬉しいでしょう?私、23日に結婚するのよ!」
そう言うなり電話口でキャーと叫んだ彼女の声に思わず耳をふさいだレスターは、今聞いたばかりの母の仰天報告にあらためて驚いた。
「“ケッコン”!?また結婚するっていうのか?しかも、23日って・・・もう10日もないじゃないか!」
「そうよ、いいじゃない。物事は、決めたら早い方がいいのよ。それに、今度は本当に信頼できる人なのよ、私と年も近いの。きっとあなたも気に入るわ。」
「いつも同じセリフを言って、毎回離婚してるくせに。」
「そんなに何度も失敗してないわよ。ひどい言い方ねえ。」
「今度結婚するなら4回目だろう?十分多いと思うね。結婚せずに一緒に住むだけでいいんじゃないの?」
「いやあねぇ、あんたは女ってものが何にもわかってない。だから一回も結婚できてないのね。私は、結婚がしたいのよ!今度こそ本物と思って結婚するのに、結果的に失敗しちゃうだけじゃない。」
「・・・それは見る目がないってことなんじゃないの?」
「そんなことないわ!とにかく、私と彼はもう結婚するの!あなたもカンタベリのニューホープ教会に来るのよ。これは家族の一員としての義務ですからね、絶対に結婚式に参加してちょうだい!」
「そりゃ無理だ、こんな急に言われても俺だって用事がある。俺は別の機会にでも遊びに行くよ。」
母の大人げない短絡的な行動にあきれ返った彼が投げやりに言うと、彼女は激怒して怒鳴った。
「何言ってるの、あんたは!母親の幸せを祝うつもりがないの?この結婚式は一生に一回しかないのよ!」
実際に結婚しなかった男もいたが、もう何度も聞いたセリフだ。
彼女とのやり取りで疲れてきた彼は、思わずため息をつきそうになった。こんな母親のような女が同世代で周りにいたら自分は絶対に手を出さないと思えるのに、彼女の結婚相手は彼女のどこに魅力を感じるのだろう?
「母さん、あなたの幸せは俺も願っているけどね、俺の人生も多少は尊重してくれ。今回の結婚式には行けないよ。用事があるんだ。」
「まあ、何て親不孝な息子!いいわ、あんたは出席しなくていいわ。その代わり、あんたが万が一にでも結婚するときには私も出席しないわよ。いいのね?」
息子が必要としている時期や一大事の時には面倒くさがって取り合おうとしない、母親のその都合のよい言い草に彼は再度あきれ返った。おまけに、万が一、ときた。
「どうぞ、母さんのお好きに。」
憤慨した彼女が電話を投げたらしく、豪快な音がして電話が切れた。レスターは息をつき、応答を遮断する。
あーあ、いつまでたっても身勝手で少女な人だ。
だが数日経てば、何事も起きなかったかのように、彼女はまたレスターに連絡してくるに違いないのだ。
彼が起きていくと、XR-2が早速、生ジュースとコーヒーを入れてくれた。それを手にしながら、リビングでTVのスイッチを入れてみる。TVではクリスマスセールの宣伝が大々的に流れ、家族が豪華な食事を囲む団欒やツリーを飾る子ども達の映像がしつこいくらいに流されていた。去年のクリスマスは、彼はその直前に知り合った女と一緒にカナダのロッジを借りて甘い数日を過ごし、そして大晦日には別れていた。
そういえば、今年は誰とも一緒に過ごす予定はない。キャルと過ごすためのハワイに発つのはクリスマス後だ。といっても、世の中の男女ほどには彼はクリスマスを重要視していないので、一人でその日を送ることについては、特に何の異論もなかった。
チャンネルをニュース局にあわせたレスターは、そこに自分が必要としていた情報が提供されると期待してしばらく見ていた。有名飲料メーカーの合併話、火星移住者たちを乗せた宇宙船の動向、中央アジアの何とかという国の二国間協議、海兵隊員が上官を撲殺した事件の続報。メインニュースの画面下に最近のニュースの続報が簡単にテロップで出るのだが、それを同時にチェックしていると、“ケンジントン・テックの生徒の行方は依然つかめず”と一行だけのニュースが流れた。ニュースでの扱いが小さくなっている。
彼はTVを消して椅子の背もたれにもたれた。
彼女は、どこかの“過去”にまだ彷徨っているのだ。
XR−2が作っていたオムレツができ、彼はそれを食べ始めたが、頭の中はマーシャの行方と事故原因の事でいっぱいだった。彼女の身が本気で心配だったのとは違う。
彼は、彼女がいつかの時代に生きている可能性はあると思っていたが、現代には戻ってこられないだろうと考えていた。ただ、彼女自身が機体とは別にどこかにタイムスリップしたと仮定すると、どういった因子があればそれが起こり得るのかが知りたかった。それを判明させれば、機器なしで人間を時空移動できる技術を発展させられるかもしれない、と研究者の観点から考えていた。
オムレツが胃にちゃんと入ったかどうかも自覚しないまま、彼は早速調べ物をしたくて席を立った。生徒たちのテスト結果の採点もこなさなければならないが、彼は何しろずっと自宅待機なのだ、他の教授よりはずっと時間に余裕がある。
書斎の仕事用PCを起動すると、学校側からレスター担当の生徒たちのレポートやテスト物が既に届き始めているのがわかった。レポート以外の採点はスキャンで読み込むだけなのでそう時間もとられずに完了するが、一人10枚程度もあるレポートはそうもいかない。彼は、先週分の残りを含めた採点物の量をざっと予想し、それにかかる時間の予測もつけた。そして、1日の半分は採点に割くことに自分で決めた。