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第6話

次の日の朝、彼はスーツを着て神妙な面持ちで委員会の指定場所の前に現れた。学校はまだ期末試験中なので静まりかえっており、通路では学生たちにほとんど顔を合わさなかった。

学長、事務局長、工学教授の面々を前にして、レスターは事故にいたる経緯を淡々と細かく説明した。彼らの前には事故機のたどった計器の記録や写真が全て証拠として提出されていたが、それと異なる彼の説明はひとつもなく、居合わせたレスキュー隊員たちの証言も全て一致していた。結局のところ、その会によって得られる結果は委員会には何ひとつなかったと言っていい。事件の事実がわかればわかるほど、搭乗者マーシャ・オブライエンの行方不明も事故原因も解明不可能に思えてくるのだ。本当に、不可解な事故だった。

会は出席者全員をうならせたまま、レスターを昼前には開放した。

レスターは、シャツの下にびっしょりとかいていた汗が屋外の空気によって冷やされるのを安堵しながら感じていた。

行方不明のマーシャには悪いが、彼は今、目先の自分のことしか考えられなかった。彼に対する学校の処置は数日中に決定されるだろうが、誰もが、彼が今期で退職するのを承知しているため、学内では大事にはならないと彼は思っていた。あとは民事でどう扱われるかが問題だが、被害者が見つからず、事故原因もはっきりと判明しない状況では彼個人の責任を追及するのは困難だ。

行方不明のマーシャの捜索は政府下の捜索隊に任されるそうだ。警察による捜査以外に、校内では原因解明チームが発足され、レスターは退職後もその一員として協力を求められている。彼は言われなくてもそうするつもりだった、就職まで時間もあることだし――少なくとも、彼の転職先は、事故を起こしたレスターの採用を取り消しにするとは言ってきていない。


帰宅したレスターは留守電メッセージのランプに気づいた。伝言を残しておいたトップ・インダストリー社か、弟・妹から事情を聞いた母親からのどちらかにちがいない。彼は再生ボタンを押した。

「レスター?私よ。いるんでしょ?そこに行っていいかしら?」

入っていたのは彼が半年ほどあとくされのない関係を続けている既婚女性だった。夫がまたどこか海外へ出張中で、彼女はヒマをもてあましているのだ。メッセージが残されていたのは1時間ほど前だった。

「1時までなら家に電話して。待ってるわよ。」

レスターが時計を見ると、12時半。彼女の言うとおりに時間がたくさんある彼は、迷いもせず、彼女の自宅に電話をかけた。

今朝の学内での委員会はレスターにとって散々な体験だったが、その日の午後は素晴らしい時間を過ごした。

事故や被害者への罪悪感はもってはいるが、あれは不可抗力の事故だ。

昼間からビールを飲み、ジャクジーで彼女と戯れ、そのまま寝室でお互いを激しくむさぼりあう。彼女は年の離れた夫との夫婦生活に満足しておらず、しかも今日は夕方までに帰宅しなければならないと時間制限がある分、さらに求め方が激しい。

ああ、謹慎も悪くない。

二度の昇天の後、さすがに疲れ切った彼がベッドに横たわっている隣で、彼よりも年上の彼女はいつのまにか手早く身支度をしていた。リビングに脱ぎっぱなしになっていたワンピースを拾いに行って彼の枕元に戻ってくると、上品な薄い赤色の口紅をきっちりと塗った唇を彼のほほにつけ、最高だったわ、と囁いた。彼が笑みを浮かべて彼女の腕を触ると、彼女は笑いながらその腕をたたいた。そしてすぐ、満面の笑みを浮かべて彼の元から足早に去っていった。


その夜7時頃にXR-2が彼を起こしに一度寝室へやって来たが、幸福な倦怠感に身を任せたかった彼はそれを拒んで寝ていることを選んだ。一時的でも事故やその気まずい体験を忘れたかった彼は深い深い眠りに落ち、目覚めたのは次の日の10時になろうという時間だった。彼の起床に気づいたXR−2がホットケーキを作る準備を始めていた。


火曜日は平和な1日で、学校・教育関係者にメールの返事を書いているうちに、あっという間に夜になった。夕飯中に母から電話が来たが、居留守を使って無視した。窓から見える夜空はどんよりとしていて、ニュースの天気予報でもそう言っていたが、明日より天気がくずれるらしい。雪にでもなるのだろうか。

南部育ちの彼は北部に越してきて何年もたつが、いつになっても雪のある冬景色に違和感を覚えてしまう。空調や温度調節がしっかりしている都市部では雪の積もった地面に触る機会はあまりないが、田舎で雪と女の子と遊ぶのはとても魅力的だ。雪を背景にするといやでもロマンチックな雰囲気になるところも、実は気に入っている。毎シーズン、彼は違う女性と雪の積もった土地へ旅行をしてきたことを覚えている。

その夜、彼は寝室のベッド横にある縦長の窓をあえてブラインドを閉じずに置いた。外側から室内は見えない構造となっているので覗かれる心配もない。雪が降ったらいつでも確認できるように、彼はそう願いながら静かなその1日を終えた。


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