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第5話

レスターとロバートソン教授は大学病院へ緊急に搬送された。数々の検査を受け、何度も同じ質問に答えさせられたレスターは、日曜日になってようやく異状なしと認定された。事故によるケガも脳への影響も特に認められないとのこと。

彼は無事に退院の運びとなったが、一緒に事故に遭った教授は心筋梗塞を起こす可能性があるとかで、さらに入院することになった。

学院側の独自の判断によって、レスターの身がしばらく、表向きは“入院中”とされるそうだ。彼は自宅謹慎の処置を受けた。世間では大騒ぎだろうし、彼もむやみに外出して面倒に巻き込まれたくないので、それもちょうどいい。彼の受け持つクラスの試験教科は他のスタッフが監督を務めるので問題はないが、どうやら、彼の離任まで生徒たちとクラスで対面する機会も限られそうだ。

この事故で当面の間は時空移動体験が禁止になり、教授も責任をとってどこかへ飛ばされてしまうだろう。俺の今後も、どうなってしまうんだろうか。

彼が病院を出て学校側の用意した車に乗ったとき、教授の娘が病院の廊下をうつろに歩いている姿が見えた。隣には、高校生ぐらいの娘も寄り添っていた。


何事もなければ来年早々に新しい職場へ移動できる予定だった。長年望んできたことだったのに。

事故の件で連絡を取ってきた彼の新しい職場からは、彼の責任を咎める言葉は直接には聞かれなかった。ただ、事故の検分が完了して責任の所在が明確になるまで、彼の就任は延期されると穏やかに伝えられた。当然に予期していた内容だ。彼は納得し、彼らの配慮に礼を述べた。

XR-2に指示しておいた引っ越し荷物の整理はきちんと完了しており、部屋は随分とすっきりとした印象になっていた。彼は広々とした空間を見つめるのが苦痛で、バスルームに直行した。

シャワーで気分爽快となった彼は、留守電メッセージを聞くことにした。事件を知ったキャルや他の女たち、同僚、弟・妹家族からの安否確認、トップ・インダストリー社の秘書の連絡に加え、学院から、退院と同時に校内の安全委員会で事情説明せよという呼び出しがかかっていた。

彼はまず、明朝顔を出すことを学院に連絡し、その後にトップ・インダストリー社に伝言を残した。キャルや女たちには電話でなくメッセージを送り、妹と弟には携帯で連絡をとった。弟・妹のどちらかが連絡をつけるだろうと思って、母には連絡しなかった。


その夜は、意図的に豪華な食事をXR-2に用意させた。きのことハムのゼラチン和え、仔牛のスペアリブに季節野菜のハーブソテー、焼き立てのライ麦パンとガーリックバター、赤ワインとピスタチオのアイスまでデザートにつけさせた。一人でその味に酔いしれながら、ワインボトルを1本空ける。

ワイングラスとアイスを手にリビングに移動した彼は、丸2日間見ていなかったテレビを見ることにした。死人を出してしまった有名な学校での試験中の事故は、大きな見出しで取り上げられているにちがいない。彼は事故後の状況を客観的に見たかった。

いくつかの局を飛ばした後、彼はそのニュースをやっている番組をついに見つけた。カメラは校舎を遠めにとらえ、スタジオには彼の知らない時空学専門家が座っていた。「時空のミステリー」と大題たるタイトルがついている。

「・・・ええ、近くにいたスタッフたちに大きな負傷がないのはラッキーでした。通常であれば、そんな大事故にあって周囲も無事で済むわけはないんです。」

専門家が司会者に答え、もっともらしい意見を吐く。

「ええ、機体の写真を見ましたが、ひどい状態でしたねえ。こういった事故は、学校側で想定できなかったんでしょうか?」

「100年ほどの単純移動でしたらまず考えられません・・・でも、移動距離が延びれば機体に負荷がかかり、爆発を含む大事故もないわけではないんです。まあ、学校側では100年移動に設定したと発表していましたがね、設定エラーか、何かのはずみで設定を変更したか、器機が狂っていたのかもしれませんねえ。」

「まあ、恐ろしい!」

・・・恐ろしいと言いたいのはこちら側だ!

状況を知らない専門家とやらが無責任な発言をするのを聞いてレスターは憤慨した。

エラーも何もなかったのに、あの事故をどうやって防げるというんだ?

だが、次のアンカーの言葉に彼は耳を疑った。

「けれど謎なのは、搭乗者の行方ですね。機体の損傷ぶりからすれば、搭乗者もとても無事とは考えられません。ですが、レスキュー隊員が機体を壊した時には機内に誰もいなかったとか?椅子のプロテクターはかかったままで、中から扉を開けた形跡もないそうですね。」

「ええ、そうなんです。学校側が詳細を公表しないために状況が確認できないんですが、それこそ本当に謎ですよ。人間と機体が別々にタイムスリップしてしまったとしか、考えようもない。」

「そんなことが可能なのですか?」

「前例はありません。人間だけが何の装置もなく時空異動できるとは考えにくい。ですが・・・時空学は今だ解明できていない部分が多く、できるという説を唱える人がいることは確かです。」

テレビでのやり取りを一通り聞いたレスターは眉をひそめ、今聞いた意味を反芻した。

――あのコが・・・・消えた?

そして、彼が最後に見た事故機の様子を思い出そうとした。下半分が黒焦げの機体、もうもうとあがる白い蒸気、くもった窓、無数の細い引っ掻き傷。それを見たとたん、彼はマーシャの生還を諦めたのだ。

内側から扉を開けた形跡がない?といっても、例え機内から移動中に脱出を試みたとしたら、彼女は時空間の屑と消えているはずだ。あの彼女が、そんな短絡的な行動をとるはずもない。では、彼女だけ別世界に移動してしまったのか?

興味深く不可解な出来事で、追及したい気持ちにかられていたが、さっきの専門家の意見以外、彼には何の考えも浮かんでこなかった。


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