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第40話

「何も起きないね」

 つまらなそうな調子でケヴィンが言い、レスターは小さく頷いた。もう少し待つようにとレスターが彼に言うと、彼は肩をすくめ、息をつく。レスターが時計を見ると、検査開始から一時間半が過ぎたところだった。

「これって耳も覆ってるけどさ、何か意味があるわけ?」

 ケヴィンが間延びした調子で医師に質問した。モニター画面に見入っていた男は目を上げ、ケヴィンの指差す方を見て、ああ、と声を出す。

「特殊なパターンの音を彼女に聞かせているんですよ。脳の記憶を司る部分に働きかけて覚醒を促すんです。ですから、もしも声や音楽でヒントになるようなものがあれば、音声情報としても送信できますよ。何か心当たりはありますか?」

 二人に同時に振り返られ、レスターは思い当たるものを探した。そんなものが何かあっただろうか? マーシャが移動機で時空移動する際にクラシック音楽を聞かせてその他の音を遮断していたはずだが、それが何の曲だったか、そんなところまで彼は把握していない。

「さあ、特には――」と、レスターは何気なくモニターを見て、そこにちょうど映った荒野の赤茶色の岩を見て、ふと思い当たった。

「――風!」

 厳密に言うと風の音ではない。風にそっくりな音を出す、マイクロ・ブラックホールの音だ。

「風の音ですか? どんな風な?」

 レスターは冷静に問い返した医師を見て、うわずった声をあげた。

「ハリケーンみたいな強風じゃない。ちょうど、この荒野に吹くような風だ」

 レスターが言っている最中に彼はすぐに風の音を検索し、レスターに実際の音を聞かせてみせた。

「こんな感じの?」

「ああ、それでいい」


 マーシャの耳部分にある帽子のボタンが緑色に点滅した。レスターとケヴィンはモニターをあわてて観察する。特に変わったものは、出ない。あいかわらず、三点の映像が流れるだけだ。それを三サイクルほど見続ける。

「――え? あ、はい」

 突然聞こえてきた不審そうな声の響きに、レスターは視線をあげた。彼と目が合うと、医師が神経質そうな目を若干細め、耳の連絡装置をいじりながら、口を開いた。

「タコマ医師からで、脳波と心拍に若干の乱れが見られるそうです」

「つまり、風の音に反応してるってことか?」

「考えられます。ただ、それが本当に関連要素かどうかはわかりません。イメージが出ていませんし、要素としては弱いようですね」

 レスターは男に続いてモニターの映像を見た。特に変化はない。

「そうだな・・・・・・恐怖を思い出しているだけかもしれない」

 レスターは天井を仰ぎ見た。完全に煮詰まった状態となり、他にヒントなど思い当たらない。

「レスター、なんで風の音を?」

「え?」

 さっきでなくてなぜ今頃、と、間の抜けた質問をするケヴィンに半ばあきれながら、それでもレスターは答えた。

「風というか、あれが発生するときの音だ。彼女はその空間を通り抜けて戻ってきたんだ、いやでも耳についていたんじゃないかと思ってね」


 レスターは医師がモニター付属の装置を調整する様子をぼんやりと眺めながら、マーシャが自宅の部屋に出現した当時を頭に思い描いていた。あの時の衝撃と恐怖は彼にとっても忘れられるものではない。リビングに彼女を何とか運び、それがマーシャだと判明した時の衝撃も相当なものだった。

「――“雨”?」

 急に、レスターの口に言葉がついて出た。ケヴィンが不思議そうな顔をして振り返り、レスターは自分が無意識に放った言葉の意味をあらためて反芻する。急速にレスターの記憶が甦ってきた。

 あの時、焦点の合わない瞳で天上を見上げ、マーシャは何かをつぶやいた。彼はそれを聞き取れなかったのだが、その音の塊がいきなり、なぜか今、意味を成す言葉に変わって彼の耳に届いたのだ。そのあと、彼女はパニックにでも陥った症状になり、「死にたくない」と叫んだ。今でもまだ、マーシャにしがみつかれた時の、彼女の腕の触感まではっきりと覚えている――。

 レスターは確信を持ち、彼の指示を待っていた医師に告げた。

「雨の音を流してくれ。雨とわかれば何でもいい」

 医師は無言で頷き、装置に向かう。レスターは、急激に心臓の鼓動が早まり、音が大きくなるのを自覚した。

 マーシャの頭にある装置のボタンには青白い点滅の後にオレンジ色の光が入ってきた。その直後、医師がレスターに振り返って、言った。

「彼女の心拍が大きく上がったそうです」

 タコマ医師からの報告を伝えられるまでもなく、レスターはマーシャが顔をしかめる様子を見て、彼の言った言葉、その要素が、彼女に大きく影響しているとわかっていた。

「見て!」

 ケヴィンが叫び、レスターはモニターに視線を走らせる。モニター画面が二つに分割され、右の画面に彼女の頭にあるというイメージが映し出された。ただし、画面は真っ黒だ。

「これ、イメージを作っている途中なのかな?」

「いいえ、これ自体がイメージです。夜とか暗闇とか・・・・・・」

 三人が息を飲んで画面に注目していると、暗闇の色が段々と薄くなっていき、中央に白く差し込む光のようなものが現れた。丸い小さな光は徐々に大きくなっていく。そして、目も眩むような光で画面が覆われた直後、分厚い雨雲が漂う灰色の空に一気に切り替わった。

「う・・・・・・」

 マーシャから呻き声がして、レスターは彼女を気にして振り返った。彼女の口が細く開いている。

「レスター、見て!」

 切迫したケヴィンの声に引き戻されてレスターが画面に視線を戻すと、そこには、画面いっぱいに黒髪の若い男の姿が現れたところだった。アジアか中米系統の顔だ。自信に満ち溢れた表情をしている。けれどもその画像は一秒も続かず、画面は元の真っ暗闇にと切り変わった。

「レスター、今のって・・・・・・?」

 レスターは茫然としたケヴィンを一瞥し、医師を振り返った。

「この映像、後でも見られるよな?」

「もちろんです」

 レスターは口を押さえて長いため息をついた。マーシャを見てみると、唇を噛み締めているようにも見える。レスターの中で、小さな胸騒ぎが起き始めた。

「嘘だ、嘘みたいだ、こんなの・・・・・・」

 ケヴィンが何度もつぶやき、落ち着かない様子で何度も瞬きをしていた。それを目にしたレスターは、彼とは逆に興奮がすっと冷めていく。

 少し冷静になると、レスターは室内の空気が若干冷たくなっていることに不意に気づかされた。次に何が起きようとしているのか、感覚的にもう知っている。彼は部屋の隅にそっと歩み寄り、そこに用意しておいた抑制剤を手に取った。

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