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第28話

 マーシャたちがレスターの車に合流してから二十分後、何の前触れもなく、トンネル内の照明と対向車線にある青い車のライトが一斉に復活した。

「電気がついた!?」

 青い車の方から複数のどよめきがあがり、レスターたちの車内もにわかに活気づいた。

「レスター、エンジンを!」

「わかってる!」

 彼は落としておいた電源のスイッチを切り替え――それが通常どおりに起動されるのを見て、思わず手を握り締めた。「やった、ついたぞ!」

「ああ、よかった、これで助かったわね!」

 彼が大喜びで後部座席を振り返ってみると、興奮した父親に肩を揺さぶられながら、マーシャがどうにも浮かぬ顔を笑顔に作り変えようとしているところだった。


 白い霧にまぎれて見えなかったトンネルの出口を示す赤い半円の輪が、フロントガラスの向こうにくっきりと現れた。きらりと光る赤い輪の白い空間から、黄色やオレンジの丸い光の数々がレスターたちを眩しく照らしている。

「なんだ、あの光?」

「あれは多分、救助隊ですよ。オブライエンさん、念のため、この車で一緒にトンネルの外に出ましょう」

 車は自動運転で既に前へ進み出していた。ジェフリーもマーシャも、レスターの提案に反対する気はなかった。

 レスターの車に続き、Uターンしてきた青い車がトンネルの外に出た。


 出口から約五十メートル離れた地点に警察車両と救助車両が数台ずつライトを点灯させて待機しており、レスターたち二台の車はその手前の路肩に停車させられた。車両の奥は通行止めのバリケードが道いっぱいに張られていて、投光機が両側から道路を明るく照らしている。

 過去の忌まわしい事故で何度も目にした、紺とシルバー色の制服を着た科学警察隊とオレンジと白の科学救助隊のメンバーを見てしまったレスターは、後頭部が鈍く重くなるように感じ、下腹にかすかな痛みを感じた。

 レスターが祖母に手を貸して車から降ろしてやると、彼女は溜息をついて車体に寄りかかり、疲労をにじませた顔でレスターに力なく微笑んだ。四人全員が彼の車から外に出たところに、責任者と思われる警察隊員が歩み寄ってきた。

「皆さん、ご無事ですか?」

 全員を見渡し、彼はマーシャを少しだけ長く見た後、最後にジェフリーに目を留めてそう訊ねた。

「ええ、大丈夫です。私たちの車だけはあっちに置いてきてしまいましたがね」

 ジェフリーと一緒に男がトンネルの方を見やった。

「そうですか、よかった。構内はもう問題ないと思いますが、車は、私たちが行って取ってきましょう。皆さん、本当にどこも・・・・・・お嬢さん? 顔色が良くありませんが、大丈夫ですか?」

 レスターの隣のマーシャは精気のない顔で男にこくんと頷いた。ジェフリーが彼女の頭を抱き寄せて何かを囁くと、彼女は、大丈夫、とぞんざいな口調で彼に言い放った。


 同じ被害にあった青い車から口々に文句を言いながら数人が車外に出てきて、レスターはその騒々しさに注意を引かれた。二十代とみられる若い女たちがキンキンする高い声でしゃべっている。

 彼女たちに視線を投げたレスターは、彼女たちの仲間らしい若い男にあからさまに怒った目で睨みつけられ、さりげなく視線を他にそらした。

 青い車の右側にはトンネル建設メーカーの名前が入った車が二台止まっていて、周囲で複数の警察隊員と作業着の技術員が通信機器を手に話しこんでいる。その彼らの背後に、大型の特殊警察車両が一台、駐車されていた。ウイルスなどの特殊な科学的駆除が必要な事態に担ぎ出される車両。その周りでは、三人の駆除隊の防護スーツをまとったメンバーたちが忙しそうに動いている。

 科学警察の駆除隊?

 レスターはここでの特殊車両の必要性に混乱し、車を注視しながら、警察の男に訊いた。

「俺たちがあそこに閉じ込められたのは、時間調整の単純エラーです?」

 隣のマーシャが自分を仰ぎ見た気配に気がついたが、レスターは彼女に振り向かなかった。

 質問された男は意外そうに彼を見返し、彼の視線の先を追って、彼に再び視線を戻した。

「いいえ。実はですね、今回の原因は、ワープ機能の調整エラーとは違うんです。通常のエラーですと、機能復興までに数時間を費やす場合がほとんどで、トンネル内に閉じ込められたら何時間も外に出てこられません。今回の事故は、一時的にワープが機能しなくなってしまったために起こりました。今から三十分前にそこの出口の脇にマイクロ・ブラックホールが出現して、そのせいでワープがきかなくなったんです」

「マイクロ・ブラックホールですって!?」

 “マイクロ・ブラックホール”

 祖母は恐怖で叫んでいたが、レスターは危険から逃れられたという安心感より先に、その単語を聞くことに嫌悪を感じ、うんざりした。

 オブライエンが自宅アパート内に放出された時、テックで現場検証に臨んでいた時、そして、今回で三度目。

「でも、ご心配なく、ブラックホールはこちらできちんと駆除しましたからね」

 警察隊員が皆を安心させるようにと、すっきりとした笑顔でそう付け加えた。


 不意にマーシャの肩が揺れてレスターの腕に触れた。

 彼が何気なく彼女を見ると、彼女が瞳をうるませ、心細そうに彼を見上げた。彼女からそんな表情を向けられる事には若干の抵抗を感じたが、彼女の今の心境を察し、レスターは彼女にそうさせておくことをあえて選んだ。彼とは違う意味で、マイクロ・ブラックホールに恐怖を感じているのだろう。

 薄く開いていた彼女の唇が閉ざされて、レスターはますます落ち着かない気分になった。父親がいなければ、発作的に手を伸ばして抱きしめてやっていたとも限らない。

 だが、彼女の瞳がたたえる不安の影を見つめていると、ふと、ある事実に行き着いて、戸惑いを感じた。

 ――三回とも、彼女と一緒にいる時にマイクロ・ブラックホールに遭遇している。

 偶然かもしれないが、偶然というには短期間に彼らの周りに多発している。

 その事実を反芻すればするほどに困惑し、彼はつい、マーシャを凝視してしまった。

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