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第25話

 祖母が用意した豪勢な鴨料理とチョコレートデザートを心ゆくまで堪能した後、明日は仕事で帰宅しなければならないという叔父夫婦は、名残惜しそうにレスターを抱きしめた。

 祖母も叔父夫妻も彼らの双子の娘たちも、レスターの現在の状況を尋ねはしたものの、その答えを知って、彼を憐れんだり好奇の目で彼を見たりはしなかった。生きていくって大変だよね、と人生を悟ったような軽々しい発言もない。他人の介入を嫌うレスターにはそれが何よりもありがたかった。

 レスターの双子の従姉妹ダニエラとニコルは祖母宅に泊まっていきたいと言って祖母にせがんだが、彼女は、二人には大学の授業があるという理由で孫娘たちの頼みをあっさりと却下した。二人は高音の二重奏で一斉に不満を言い立てて祖母への抵抗を試みていたが、彼女はにこやかな笑顔を見せ続けるだけだ。ダニエラとニコルの賑やかな黄色い声は十分間も続いたのに、祖母は笑顔で、子どもはさっさとお帰り、と彼女たちをぴしゃりとはねつけた。レスターは二人が居残ることを少しだけ期待していたので、祖母の最後通告を聞くと同時に、たぶん、落胆した表情をしたのだろう、彼に振り向いた祖母の顔があきれたように変わるのに彼は気づいた。


 玄関前の廊下で双子の従姉妹たちがレスターの首に交互に手を伸ばし、名残惜しそうに頬にキスをする。二人の体からはそれぞれ、甘い花の香りと爽やかな柑橘類の匂いがした。挨拶の言葉を発すレスターに返される二人の目には興奮したような熱情が込められている。レスターに腕をからめてべったりと抱きついている光景を傍から見れば、一時も離れていたくない恋人同士のように見えるかもしれない。ニコルの肩越しに祖母と目が合ったレスターは、彼女がしたり顔でウインクしてきたので、急に恥ずかしくなってニコルの体から腕を外した。

 レスターの叔父が祖母に帰りの挨拶を言っている時、家の電話が鳴り、リビングの天井がピンク色に点滅した。

「おや、電話だわ」

 祖母がリビングに振り返り、帰ろうとする叔父家族たちに再び向けられた。じゃあ、と叔父が彼女の背を抱きしめ、彼女は両手をあげて一家に別れを告げた。ダニエラとニコルはレスターに潤んだ瞳を何度も振り向けながら、玄関の扉をすり抜けていった。

「またね、レスター」「レスター、じゃあね」

 長い別れの挨拶の後に叔父家族が去り、祖母がレスターの前を通り過ぎてリビングの壁面にある電話を取った。


 レスターがリビングで見かけた祖母は電話の主と低い声で深刻そうにぼそぼそと会話していた。邪魔しないようにと部屋に戻った彼は、しかし、ぱたぱたと廊下を走ってくる靴音で廊下に顔を出した。

「どうかした?」

 ドアの前に駆けてきた祖母の顔は青いというより真っ白で、涙のにじんだ目で彼を見上げた。

「レスター、おまえ、車の運転はできる? 私の友だちが危ないんだって!」

 レスターはガレージに保管してあった古い祖父の車を出すと、彼女の友人が収容されたという、山の中腹にある病院へと車を発車させた。


 病院が山中にある理由は、一般患者と隔離する必要のある感染症患者を収容する専門病院だからだそうだ。

 二人を乗せた車は病院に到着するまでに二つのワープ・トンネルを抜けたため、かなりの時間短縮を果たした。バラの垣根を両側に見ながら警備の厳しい正門をくぐると、丸い大皿を両手で支えるような形状の屋根をたたえた、薄いピンク色の四角い建物が出現した。入口らしき広い玄関の他には開口部が見られないため、階数が判断できない。駐車場に降り立ったレスターが病院の入口を見ると、患者用とは別途に、見舞い客専用の入口が棟の左端に設けられていた。

 専用通路を抜け、危篤患者の運ばれる部屋をガラス越しにのぞける専用の「対面室」に入ったレスターは、彼らとガラス一枚を隔てた部屋に複数の患者が並べられているのにびっくりした。

 細い簡易ベッドの上に顔の正面がレスターたちから見えるように横たえられた男女は七人、全員がおそらく七十代以上。顔色が皆、黄色い。指先には心拍をチェックするコードがつき、口元を覆うように透明なマスクがついているが、特別な処置をされているふうでもない。部屋の左の方に水色の制服・透明なフルマスクを身に着けた看護士二人がいたが、彼らは壁に埋め込まれた機械の数字を眺めているだけだ。

 患者たちの裸足の指に青いタグのようなものがはめられていて、白文字で名前が書かれている。シュナイダー、ペイゼラ、キャントン、モンテレー、オブライエン・・・・・・。

 レスターの目は「オブライエン」と名札がつけられた老人男性に戻った。髪は濃い茶色をしていたが、顔はマーシャに似てはいるわけではない。

 海外のこんな片田舎であの子を思い出すとは! 

 レスターは重く湿った息を吐き、目を手で覆った。

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